第2話 完璧な帰宅

 何か異変が見つかるまでしばらく歩こう。左手をポッケの左左下に入れ、右手でスマホを掴む。特に、自分をこんな目に合わせたやつには今後のためにもお灸をすえたい。裾をピッと伸ばし、靴紐を硬く結ぶ。あわよくば、消し去ってやる、そも魑魅魍魎だか何だか知らないが、普通彼岸で過ごすものを浅ましくも此岸にこびりつくとは。自分なら恥ずかしくて首をくくるだろう。


 アルにはこの場を脱する勝算があるわけではなく、果たして相手を正確に理解しているわけでもないが、どうしてか事態を楽観的に捉えていた。それには、アルの習性が関係しており、彼女には自身の想定を大きく外れたものにはまるで見えていないかのように無視をする傾向がある。しかし、世の全てを盲目で通しきれるわけでもないので、重要性が高いものに限っては自身の認知に立ち入ることを良しとするのだ。


 しかし、これはアルにとっての超法規的措置とでもいうべきもので普段働かせない部位を無理に動かすことになる。すると、そこで滞りなく物事が進むというのはまずありえなく、錆び付いた歯車がごとく最高のパフォーマンスを発揮することなどできやしない。そして、帳尻を合わせた結果としてアルは計れないものを甘めに見積もるようになる。すると、アルの目には危険なことなど何もないように映るのだ。この楽観の極地とでもいうべき態度はアルをたびたび不利益へと陥れてきた。


 とはいえ、デメリットばかりではない。この甘目に見る行為が現在アルの中にある恐怖というブレーキを覆い隠し探索をスムーズなものにしているのだ。


 そして、探索に役立つという点ではアルの手に収まっているスマホも役に立っている。


 「相手はどうしてくるだろう。ぱっと思いつく限りだと、この路地が私の餓死するまで伸び続ける、とか」とアルが予測を立てると「兵糧攻めでございますか、仮にそうなれば打つ手はないでしょう」ポンとスマホから返事が飛び出す。


 何もアルにとってスマホは最初から良きパートナーであったわけでは無い。石の上にも三年、アルはソファからの立ち退きを命じられた時にそう返した、相手はこの説法に納得しなかった。そこで本来ならば争いが起こるはずだった、アルは今にも相手の膝を曲がらない方向に蹴ってやろうと力を溜めていた。


 しかし、その場で実際にあったことと言えば、何やらスマホを手渡されついでに「自分の言った言葉の意味をそれで調べてみろカス」と嫌味を言われただけであった。


 アルは一旦受け取りはしたが、使う気はしなかったのでポッケに突っ込んでそのまま放置した。その頃は、自宅にいることに体が拒否反応を示したりはしなかったので、定位置をひたすらに固辞し続けた。アルはその日の役目を果たし終えるとゆったりと微睡に沈んでいく、タイミングでバイブレーションと着信音が鳴り響いた。


 その瞬間、アルは原因を粉砕しようとポッケの外へと掴みだしていた。もし、身近にスマホ以上の硬度をもつ物体があれば迷わずそこへぶつけていただろう。しかし、なかったので、次なる方針として二つ折りにしようと手をかけた時に「おはようございます。アル様、私を見る際には部屋は明るくしてくれませんか?目を悪くしてしまいます」


 これが、パートナーとなるスマホに搭載されているAIとのファーストコンタクトだった。


 


 


 


 


 

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