4-11 ノースビーストリムに立ち込める暗雲
カイトの【スキルテイカー】をレベル30に上げた日の夕方。
4人の姿は風鳴り亭の部屋にあった。
その日のレベル上げでは【リクルーター】などのメインジョブがレベル35、【サードジョブ】が【魔法士】を終えて【斥候】になっている。
カイトの内心では【商人】を優先したいのだが、【契約士】や【使役士】の情報や、そのスキルについての考察を黙っている以上、それを省いて説明するに足る、通用する理屈がない。
それに【魔法士】を終えたことで、【サードジョブ】に【魔法士】、【職業体験】に【攻撃魔法士】を設定することで、【ものまね:マジックボール】を使わずに各属性の【マジックボール】を放てるようになったのは戦略上大きい。
ちなみに【サードジョブ】に【攻撃魔法士】、【職業体験】に【攻撃魔法士】という設定も一応出来た。使用可能スキルに無駄が出るのであまりやりたくはないが。
そんなこんなで、周回後の休憩中、カイト達の部屋を訪れた者がいた。
「アルレアさん、どうしたんです?」
アルレアとは、この宿の女将のことで、本人が「女将さん」呼びを嫌がったため、名前呼びとなっている。
「ああ、良かった。この部屋の人たちは無事ね。」
「どういうことです?」
「余りにも攻略者の帰還率が低いから、出来得る限りの生存確認をしてほしいっていう管理局からの要請があってね。」
「俺達は管理局に登録してませんが・・・。そうですか。何があったのかとか分かりますか?」
「それが何も分からないんだよねぇ。ちょっと前から攻略者が減ってるって話はあったんだけど、ここ数日は急にその数が増えたみたいなんだよ。」
焼き鳥屋の主人が言っていたことと一致する。
他のダンジョンに向かっているのではないかという話だったが・・・。
「以前聞いた話では、ここを拠点とするクランメンバーは変わってないという話でしたが、それは?」
「トップパーティは聞かないけど末端とか中堅パーティには少し未帰還がいるって話さ。あとトップパーティが言うにはダンジョンで少し異変が起きているかもって話らしいよ。」
「異変・・・ですか?」
カイト達も潜っているが特に何も感じたことはない。
「なんでも山地エリアのハーピィを全然見かけないらしい。移動が楽だから助かるけどって言ってたわねぇ。」
「・・・そうですか。そこまで深くは潜らないので大丈夫そうですね。」
予想外の情報に一瞬呆気に取られたがなんとか無難に返す。
「あんたらがそんなとこ行ったらあっという間に殺されちゃうわよ!」
「行きませんから大丈夫ですよ。」
「まぁ無謀だしねぇ。でも上のおねぇちゃんはこの情報聞いたらすっ飛んでったわねぇ。確認の必要があるって。」
「上の・・・ですか。ピンク色の髪をした?」
「そうそう。若いのに相当強いみたいだから大丈夫だとは思うけどねぇ・・・。」
アルマリアがカイト達の仕業の噂を聞いて現地へ向かったそうだ。
「色々と情報ありがとうございます。とりあえず未帰還の件は、何かに巻き込まれないように気をつけますね。」
「どういたしまして。あらやだ。話し込んじゃったわ。確認の続きしてくるわね。」
もうちょっと詳しく聞きたかったのだが、接点があると思われるのはまずいので、話を切り上げた。
ー▼ー▼ー▼ー
「ハーピィの話って当然私たちよね?」
「まぁ間違い無いだろうな。」
「それでそれを聞いてアルマリアが向かった・・・?」
「何の調査をしてるんだろうな?ダンジョンの異変って何かあるのか?」
カイトが思いつくのはスタンピードと呼ばれる、ダンジョンからモンスターが溢れ暴走する現象である。
ただ、この世界ではスタンピードは確認されていない。
未攻略ダンジョンの外にいる魔物はそれに近いとも言えるが。
「そうね。ダンジョンの異変と言えば何らかの理由でモンスターが集まる『モンスターハウス』とか、たまにしか遭遇しないレアなボスがそのまま残ってしまって倒せなくなる『アンタッチャブル』とかかしら?」
「そのモンスターハウスって俺ら作ってるよな?」
「・・・そうね?」
ただの状況確認だが、後ろめたさは拭えない。
「ハーピィがいないってことはモンスターハウスを疑う状況だろうけど、それって個人が調査するようなものじゃないよな?」
「そうよね。何を調査してるのかしら?」
「うーん・・・。現地へ行ってみるのも手だな。」
「でも私たちが周回してても何も無いわよね?見つられるの?」
「それも問題だよなぁ。見つけたところで何してるか分かりそうもないし。」
ちなみにハーピィを相手にすることに関しては心配していない。【従者】と【軽戦士】の2職持ちで、防御力に不安はないからだ。遠距離攻撃手段に乏しいので倒すのは苦労するだろうが、逃げるには問題ないだろう。
「うん、整理しよう。まず・・・フェリアはどうしたいんだ?アルマリアに見つかったらまずいのは分かってるだろ?」
フェリアがもやもやとしたものを抱えているのは分かっている。
だからこそこの街に留まって、アルマリアの動向を探っていたのだ。
とは言ってもそればかりに注力していたわけではないので、目的などは分かっていないのだが。
「それは、うん、分かってる。」
「会えるわけではない、恨んでいるわけでもない。でも・・・会いたい気持ちはある?」
「っ・・それは!・・・あるわ。」
「つまりそれは会って、言いたいことやしたいことがあるってことかな?」
「それが何なのか分からないけど、そんな感じでもやもやしてる。」
「そのもやもやは・・・、【従者】の詳細を聞いてから強くなった?」
「確かに・・そうかも知れない。」
フェリアの中で『奴隷契約』や『使役関係』に関することが大きいのかも知れない。
奴隷契約や使役関係がどこまでその人物に影響を及ぼせるのか、それは分かっていない。
【従者】は主人に対する忠誠を失うと、そのジョブを失う。
【奴隷】は契約や使役に依っての強制転職でしかなることが出来ず、【奴隷】を脱するには契約時の条件を満たすか、主人に対して信頼を持つことが必要である。
奴隷契約において条件を満たした場合、【奉仕者】へ転職するが、その時主人への信頼感が無ければ、直ちに【奉仕者】を失うことになるだろう。
使役関係においては、主人への信頼を持つこと以外に【奴隷】を脱することはない。つまり【奉仕者】になっても、そもそもの転職条件が信頼を持つことと同意であるので、直ちに【奉仕者】を失うことはない。
どちらにしても【奴隷】は大事に扱われることになる。
カイトの前世において、有名な実験がある。
『スタンフォード監獄実験』というものだ。
一般人の被験者が『看守役』と『囚人役』に分かれて、実際の監獄を模した建物の中で、その役割通りに生活をするという実験だ。
実験の目的は、『地位や立場が人の性格を形作るかどうかを調べること』だった。
結果としては、看守役はより残忍に、囚人役はより卑屈になっていくというものだった。
余りにも変容が強かったため、実験は残り期間を残して終了するほどだった。
カイトはこれを知っているので、どのように【奴隷】になり、どのように過ごしてきたかはあまり気にしていない。
立場が人を作ることを知っているのだ。
どれだけの時間かは分からないが、【奴隷】として、【従者】として過ごしてきているアルマリアは、よほどのことがない限り、【奴隷】のままである。
これはルナとレナにも当てはまる。
最近では冗談や調子に乗って話すことも増えてきたが、ずっと『二人で一人前』というものを演じてきていたのだ。
今は二人の出来ることを認めて接するカイトとフェリアがいるので徐々に改善しつつはあるのだが。
カイトはルナとレナのことを除いてフェリアにそう言った趣旨のことを説明した。
「立場が人を作る・・・か。そうかもね。私もカイトと出会って変わった気がするわ。人の顔色を気にしなくなったもの。」
フォレストリア家の娘という立場が無くなったからだろう。友人と言える存在がいなかったこともあるかも知れない。
「そう・・・ね。もやもやはそのままだけど、全てひっくり返せるくらいの力を持つまでは、それは抱えたままにするわ。」
そうフェリアは決意した。
恐らくそれはそこまで遠いことでもないかも知れない。
フェリアはすでに現在では前人未到の4次職なのだから。
ーーーその時、ノースビーストリムの街に魔物の襲来を知らせる鐘が鳴り響いたのだった。
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