2-4 希少職の少女

 カイトがスライムダンジョンから出てきたとき、傍の木には膝を抱えて蹲る鮮やかな緑色の髪をした少女が凭れ掛かっていた。いや、少女と言うより女性と言った方が適切か。

 蹲っているため、はっきりとは分からないが、カイトと年の頃は同じだろう。


 カイトは困惑する。

 スライムダンジョンは非常に過疎で、カイト以外が来ているのを見たことがない。

 そうであるにも関わらず、こんなところにいるのだ。


 恐らく少女は泣いている。

 武装のようなものは見えない。

 ダンジョンのそばで魔物が出ることはまずないことだし、このまま放置した所で大きな問題は起きないだろう。

 ・・・少女がダンジョンに入らなければ。


 しかし、これだけ人の少ない場所では、カイト自身も怪しまれる可能性は高い。

 それに、カイトには自分の身の証を立てる方法がない。

 パーソナルカードを出してしまえば【フリーター】が露見するし、管理局に所属しているわけではないので、管理局の証明書もない。

 そして孤児院暮らしだ。

 そんな状況で手を差し伸べたところで、力になれるのかどうかも分からない。


 (かと言って放っておくわけにも行かないよなぁ・・・・。)


 ここに来る人は少ないのだ。

 怪しまれる覚悟で事情を聞いておくのも必要なことではないかと思える。

 そもそも武装もなしに外にいること自体が普通はありえないことなのだから。


 「あの・・・大丈夫・・?」


 カイトは意を決して話しかける。

 少女はビクッとするが、返答はない。

 カイトがいることには気づいていなかったようだ。


 「「・・・・。」」


 無言が重なる。


 (なんて声掛けたらいいのかわからねぇ・・・・。)


 こんな状況は初めてのカイトである。

 前世でもきっとなかったに違いない。


 カイトは普段持ち歩いている革の水筒を取り出し、【ものまね】の指定を【魔法士】の【生活魔法】にした上で、【ウォーター】を使用し、水筒を満たした。

 それを少女に差し出し、改めて声を掛ける。


 「見たところ何も持ってないようだし、良かったら水でもどうだ?俺が使ったやつだから嫌なら仕方ないけど。ここに置くから好きに使ってくれ。」


 不用意に近づかないよう気を付けながら、少女の傍に水筒を置く。


 「何かしら複雑な事情があるんだろ?話くらいは聞くし、聞いてほしくないなら立ち去る。5分くらいはここにいるから、落ち着いて検討してみてくれ。」


 カイトはそう言って、近くの別の木に凭れ掛かって座った。


 静寂がその場を包む。

 しばらくすると。


 「・・・ぐすっ・・・。」


 少女が涙を堪えきれず、嗚咽を漏らす。

 カイトは聞こえないふりをして、聞き流す。


 「うぅ・・・ぐすっ・・・・。」


 その泣き声は段々と大きく、はっきりしてきた。


 カイトは沈黙を保ったまま、その場に留まる。

 すでに5分は経過しているのだが。


 「・・んで・・うっ・・・なんで・・・。」


 少女が問いかけてくる。


 「ん?」


 「・・なんで・・・ぐすっ・・・わたしに・・うっ・・優しくしてくれるの・・・?」


 「なんでって言われても、こんなとこで武装もしてない女の子が一人で泣いてたら、とりあえずは放っておけないだろう?」


 「だって・・・誰も優しくしてくれなかった!・・・1週間前ジョブを得てから誰も!」


 少女は15歳になったばかりのようだ。


 「ジョブを得てからって・・・・まさか?」


 「希少職だったの・・・。そうしたらみんな汚いものを見るかのような目で見てきて・・・。こんなところまで連れてこられて・・・。」


 「そうなのか・・・。」


 通常、希少職であろうと16歳になるまでは保護をする義務がある。

 無事基本職を授かれば、誰かに師事して保護から外れることになるのだが。


 連れてこられて放置されたとなれば、保護放棄という立派な違法行為だ。


 「貴方も・・・私が希少職だって知って助ける気がなくなったでしょう・・・?」


 少女がそんなことを言う。


 「それはないな。」


 カイトは間髪入れずにそう答えた。


 「・・っ!」


 少女が驚いて顔を上げ、こちらを見る。


 非常に整った美しい顔だった。泣き顔で目の周りは腫れているが。


 「なんでっ!だって私は希少職なのよ!役立たずの穀潰しなのよ!」


 カイトはどう答えるか一瞬悩む。

 ここで自分も希少職であると明かすことは簡単だ。

 だからと言って、すぐ何もかもを話すほど迂闊でもない。


 「うーん、そうだな・・・。希少職でも最低限生きていけるだけの働きは出来る。そうすれば役立たずでも穀潰しでもない。人に迷惑をかけずに生きていくことは出来るはずだよ。」


 「そんなことっ!出来るわけないじゃない!!出来るならこんなとこに捨てられてないわ!」


 まぁ簡単ではないだろう。

 それよりもカイトには気になることがあった。


 「出来るさ。生きるだけならな。ところで捨てられたって言うけど、ここまでどうやって来たんだ?連れ去られたって言うなら馬車だろ?そもそもどこから来たんだ?」


 「・・・出身はフォレストリアよ。縛られて馬車に押し込められて、降ろされたのは森の中だったわ。・・・ここはどこなの?」


 フォレストリアはランク5ダンジョンのある国内で北都と呼ばれている大都市である。

 ちなみに、その北西にアクアリムがあり、ノースアクアリムはそのさらに北だ。

 現在地であるスライムダンジョンはノースアクアリムの北に6kmほど離れた場所にあり、更に5kmほど離れた場所には人類未到である『宵闇の森』が存在する。

 この少女の言う森はその宵闇の森だろう。

 『宵闇の森』は木々に覆われた深い森で、その中は常に夜のように暗い。


 「ここはノースアクアリムの北にあるスライムダンジョンだ。宵闇の森で降ろされてよく生きてここまで来られたな?」


 「・・・宵闇の森だなんて・・。生きて出られたのは・・・運よ。幸い魔物にも遭わなかったわ。」


 宵闇の森は魔物が溢れた森である。

 シルファリア王国の管理下になく、ダンジョンがどれだけあるかも分かっていない。

 そのため森に近づくものは誰もいないのだ。


 「それで・・・どうしたいんだ?このままここで留まったところで何にもならないだろ?」


 「どうしたらいいかなんて分からないわよ。武器もお金もない。帰るところもない。行く宛もない・・・。どうして・・うぅ・・・。」


 また泣き始めてしまった。

 気持ちは分からなくもないが。


 幸いカイトは希少職を得ても周りの態度は変わらなかった。

 隠しているのもあるが、マザーカトレアを始めとした孤児院の大人の面々は、それまで通りに接してくれている。


 ここで突き放すのは簡単だ。

 出来ればそれはしたくない。

 この少女の姿はカイトの姿でもあったかも知れないからだ。


 ただ手を差し伸べるにしても簡単ではない。

 孤児院を紹介するにしても15歳を過ぎている少女を保護する義務は孤児院にはない。

 カイトが保護するにしてもそこまでの甲斐性はカイトにはまだない。いや暮らすだけなら出来なくもないが。


 (うーん、どうしたものか。)


 お金を渡して急場を凌いだところで希少職が安定して生きていく道はない。

 いや、かなり美形の少女であるし、そういう需要はあるかも知れないが、望むところではないだろう。下手をすれば生きていくより辛い目に遭うかも知れない。希少職とはそういうものだ。


 「希少職とは言うけど、なんていうジョブなんだ?」


 カイトはもう少しだけ踏み込んでみることにした。成長条件さえ分かれば何とかなるかも知れないからだ。

 もちろんリスクはある。

 希少職の成長などカイトを除いて例がないのだ。


 「・・・ぐすっ・・。【感応士】ってジョブ・・・。うぅ・・・スキルは【感応】・・。・・・訳がわからないでしょ?」


 泣きながらも説明をしてくれる少女。

 

 確かに訳の分からないジョブ名称だ。

 【遊び人】は何となく予想がついた。結果としては間違っていたが。それでも縋りたくなるくらいの予想は出来た。

 【感応士】はそれも難しい。何に感応するのだろうか。


 (やっぱり【職業情報】の出番だよなぁ。ただパーソナルカードを出すのは雰囲気的に難しい・・・。)


 「うーん、確かに分からないな。希少職なんてそんなもんだけど・・・。」


 「そう・・・やっぱり役立たずよね。」


 「人の役に立てるかどうかよりも、自分がどうしたいかだと思うけどな。とりあえずいつまでもここにいても何にもならないし、しばらく面倒見るから、まずはノースアクアリムに帰ろう。」


 「・・・いいの?私は何の役にも立てないよ?」


 「出来ることを探すのも大事だろ。ただ俺は孤児院で暮らしてるから、しばらくは宿で生活してもらうことになるだろうけど。もちろん安全には配慮するけど。」


 最低限の宿屋では安全が確保されない。

 そういう配慮は必要だろう。


 「何が出来るか分からないけど・・・。希少職と聞いても普通に話してくれたのは貴方が初めてだから、少し信じてみる・・・。」


 「これからそういう人にもいっぱい会えるさ。とりあえず帰って孤児院に事情を話に行こう。」


 「分かったわ。・・・ところで貴方のお名前は?私は・・・フェリア、ただのフェリアよ。」


 「俺はカイト。生まれてすぐに孤児になってそれからずっと孤児院で世話になってる。フェリア、よろしくな。」


 「カイト・・・ね。ええ、よろしく、カイト」


 (ただの・・・ねぇ。服も安くはなさそうだし、良いところのお嬢様なんだろうな・・・。やっぱり希少職ってのはここまでされるほどのものなんだな。)


 そうして二人は連れ立ってノースアクアリムに向かって歩いていくのだった。

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