1-3 【遊び人】レベルアップとマナゴールド
「おっしゃーーーーー!!!」
レベルが上がったことに歓喜するカイト。
希少職もとい不遇職でもレベルアップすることが確認された瞬間だった。
もちろんカイトが知らないだけで他の例も存在するかも知れないが。
そしてカイトにとって、二回目のアナウンス。
初回はもちろん【遊び人】を得たときのもの。
「マナゴールドが26増えてるし、26匹倒したらレベルアップか。中途半端だし、最初の頃は経験値が入ってないんだろうなぁ。」
マナゴールドとはこの世界の通貨で、貨幣は存在していない。モンスターを倒すことで、そのモンスターに応じた金額が、倒した者のパーソナルカードに加算される。そして、パーソナルカードを通じて取引に用いられる。
カイトにとっては電子マネーのようなものであるが、この世界はそうやって成り立っている。
カイトからしてみれば、モンスターから際限なく通貨が手に入るのであれば、インフレーションを引き起こしても不思議ではないのだが、どうもそうはならないらしい。
土地所有者は、ダンジョンを維持するためにマナゴールドを必要とするし、一部のアイテムやスキルにマナゴールドを必要とするからだ。
ダンジョンに侵入することで、その維持するマナゴールドが減ると言われている。
そのため、この世界では【戦闘職】は重要視されているし、それを支える【生産職】も必要不可欠となっている。
もちろんランクが高いモンスターほど得られるマナゴールドも多いので、ダンジョンに潜るデメリットはあまりない。生命の危険があることくらいか。
ちなみに最低ランクの食事が一回5マナゴールド、宿泊が20マナゴールド程度で、一人が生きていくためには最低一日30マナゴールドほどである。上を見ればキリがない。
少なくとも26マナゴールドを稼いだカイトは、最低限であれば生計を立てていける目処が立ったと言える。
もちろん最低限であるし、怪我や病気、その他急な入り用があった場合に破綻してしまうので、あくまで目処でしかないが。
「とりあえずレベルアップは確認できたし、あと半年のうちに何とか生活できるようになればいいか。とりあえず今日のところは帰らないと、マザーたちに心配をかけちゃう。」
カイトはそう言って帰途につくのだった。
ー▼ー▼ー▼ー
孤児院には、子供たちの世話をする役目として、何人かの大人がいる。その中でも代表者として、自身を「マザー」と呼ばせているカトレアという女性がいる。
カトレアのジョブは上級職と呼ばれる3次職で、【交渉人】である。人とのやりとりをする際有効なスキルを持つと言われている。
他には【料理人】である男性のフレッド、【軽戦士】である男性のリード、【回復魔法士】である女性のシンシア、【育成士】である女性のサリナがいる。
基本職2種からそれぞれ派生した中級職3種、そして合計6種ある中級職から、3種ずつ派生した職業が上級職と言われている。別の言い方をすれば3次職と言えるだろう。
それら以外にも『専門職』と言われているジョブもあるが、とりあえずは割愛しておく。
復路にも3時間かけて帰宅したカイトを待っていたのは、マザーカトレアであった。
「遅かったですね。心配したんですよ?」
「すいません。ただいまです。でも遅くなっただけの成果は「その話は院長室でしましょう。」」
カトレアはカイトの言葉を遮って翻り、孤児院内へと入っていく。
カイトは不思議に思いながらも、カトレアについて行った。
院長室へたどり着くと、カトレアはカイトに向き直る。
「まずはおかえりなさい。無事に帰ってきて嬉しいわ。」
カイトが【遊び人】という希少職であることを知っている人間は孤児院の大人しかいない。
同い年や年下の孤児達は、カイトだけは別の仕事をしていると思っている。
「改めてただいまです。どうしてここまで来たんですか?」
「貴方の顔を見たら何か進展があったのが分かりましたからね。誰の耳があるか分からないところで話す話題じゃないと思ったのですよ」
「なるほど。改めて報告すると、【遊び人】のレベルを上げることに成功しました。」
「っ・・・。やはりそうだったのですね。今までになくいい顔をしてましたから予想はしてましたが・・・。希少職のレベルが上がるなんて実例は少なくとも私は知りません。」
「やはり大事(おおごと)になるでしょうか・・・?」
「今はカイトが【遊び人】であることは広まってませんから、とりあえずは大丈夫だとは思いますが・・・。いつまで隠しておけるかは何とも言えませんね・・・。」
「そもそも隠しておくべきですか?」
「隠すべきと考えていなければここまで連れてきてませんよ。この言い方は嫌いですが、不遇職ですからね。不遇職に対して優越感を持っている方々には喜ばしいことではないでしょう。」
「このままレベルを上げても大丈夫ですかね・・・?」
「カイトが生きていくためには、レベルを上げることは必要だとは思います。ちなみにレベルが上がる条件が何だったのかわかりますか?」
「えーっと、ベビースライムを26匹倒した時点であがりました。中途半端なので、単純にモンスターを倒すことが条件ではないと思ってます。多分だけど・・・楽しんで戦うことじゃないかなと。」
「楽しんで・・・ですか。【遊び人】だからということでしょうか?ベビースライムを倒すのであれば基本職なら50体で最初のレベルアップをすることが分かっているので、それより大分早いですが・・・。それでも確かに26体というのは中途半端ですね。」
「なるほど・・・。」
「もしかしたらモンスターの討伐経験値ではなく、戦闘経験そのものが影響してるかも知れませんね。【生産職】は戦闘以外でレベルを上げることがありますし。」
モンスターを倒せば【経験値】というものが得られ、それをためることでレベルアップすることが分かっている。それでも【生産職】など戦闘が苦手なジョブにおいては、それぞれのジョブに合ったことをすればレベルアップすることも分かっている。
希少職のレベルアップがこれまで確認されていない以上、モンスターの討伐経験値は期待できないかも知れない。それくらいのことは今まででもやっているだろうからだ。
つまり【遊び人】のレベルが上がった以上『戦闘』自体は必要だと考えられるが、『討伐』が必要とは限らないと言える。
「うーん、そう考えると確かに討伐経験値ではないかも知れません。あとは条件を満たした場合のみ討伐経験値が入るとかですかね?」
「それは今後分かってくるかと思います。酷なことを言うようですが、これからも同じようにレベルが上がるとも限りませんから。」
「それは確かに。俺としては少なくとも生きていけるだけの目途が立ったことは喜ばしいんですけど・・・。」
「それはもちろんです。カイトのような希少職でも、弱いモンスターを討伐して日銭を稼いでいる人もいますから。ところでカイト、ベビースライム討伐に危険はないのですね?」
「それは大丈夫です。もう慣れましたし、一度二度攻撃されただけで直ちに危険ってことはないです。今後もベビースライムだけで成長できるかはわかりませんが。」
「まずは身の安全が第一ですよ。希少職が生きていくためには多少の無茶も仕方ないとは思いますが・・・。」
孤児院の大人たちは希少職を不遇職として扱わず、本当に親身になってカイトに接していた。もちろん特別扱いはできないため、16歳になれば孤児院を出てもらわなければならず、非常に不安に感じていたが。そのため、【遊び人】を成長させるための試行錯誤はずっと見守っていたし、ダンジョンへ行くことは本当に心配していたが、いつかはやってみなければならないことだと、心苦しくも容認した。
「そうですね・・・。そう言えばベビースライムのドロップはどうしたのですか?」
「あー、もちろんありますよ。『具現化』しても荷物にもなりますし、使い道もないですし、売るにしても時間が遅かったですから。」
ダンジョン内のドロップは、パーソナルカードに吸収され、リスト化される。一度具現化してしまうとカード内には戻せないため、その場で具現化することは滅多にない。また、リスト状態にあるドロップは、カードを介してそのまま取引できる。マナゴールドも同様だ。
「少量の『スライムゼリー』では買い取ってくれるところもないでしょうし、管理局で引き取ってもらう場合はパーソナルカードの開示が必要になります。そうすると【遊び人】であることが発覚してしまいます。幸い、スライムゼリーであれば孤児院でも使い道はあるので、私が換金してあげましょう。」
ベビースライムのドロップはスライムゼリーという名称の素材が1mlである。モンスターによってドロップする種類や量は異なっている。スライムゼリーは生産に使われる接着剤の原料の1つである他、料理にも使われるため、孤児院でも使い道があるのだろう。
『管理局』というのは『ダンジョン管理局』の略称で、ダンジョンに関わるほとんどの業務をこなす事務局である。
ダンジョンはこの世界の経済に大きく関わっている。
ダンジョンに潜り生計を立てる者を『ダンジョン攻略者』あるいは単に『攻略者』と呼んでいるが、その攻略者はダンジョンからマナゴールドだけでなく、モンスターのドロップやダンジョンの採取品を素材として集めてくるのだ。
そう言ったダンジョンからの産出物を取引する際、トラブルを避けるために作られたのが管理局である。管理局は攻略者から産出物を買い取り、『生産者』に販売することで物価の安定を図り、生産者が必要な産出物を求めた場合、それを依頼として適切な攻略者へと割り振るなど、攻略者と生産者の仲介をすることを主な目的としている。
「それは助かります。まだここを出る目途が立たないので、安くていいですよ。」
「そうですね。10mlで1マナゴールドが管理局の買取額なので、5mlで1マナゴールドでどうでしょう?」
実際管理局からスライムゼリーを購入すると1mlで1マナゴールドといったところなので、カイトにとっても孤児院にとっても両者両得な値段設定である。
管理局の販売価格が買取価格の10倍というのは解せない気持ちだ。
「それは本当に助かります!今渡しますか?」
「まだ在庫があるはずですから大丈夫ですよ。ある程度集まったらまとめて取引をしましょう。」
「わかりました!これからも頑張ります!」
「楽しむことが条件かも知れないのであれば、もっと気軽にいきましょう?カイト、貴方が今やるべきことはお金を稼ぐことではなく、【遊び人】のレベルをあげることです。もちろん、現状では他人に知られることは望ましくないので、慎重にはなるべきですが。」
「そうですね・・・。とりあえず明日からも同じようにダンジョンへ行ってきたいと思ってます。」
「それがいいでしょう。とりあえず今日は遅いですから、御飯を食べたらゆっくり休みなさい。」
「ありがとうございました!」
カイトはカトレアの優しさを身に染みて感じながら、【遊び人】の一歩を踏み出した日を終えた。
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