第30話 魔法陣の改良
ドレスの問題が私の手から離れて10日ほど経った。
予定外にコーデリア様とのお茶会という名の講習会が追加されてしまったけれど、それ以外は意外と平穏に過ごせている。
まあ、平穏といいつつ、フィリップ殿下との昼食会があったり、その後に王都から取り寄せたお菓子が贈られてくるというイベントがあったりしたけれど。
とはいえ、昼食会はともかく、王都のお菓子というのは素直にうれしかったのであまり気にしていない。
王都のお菓子みたいな嗜好品は、未だに西部だと手に入りにくい状況だったりするから。
ちなみに、お菓子についてはドレス関連の不手際や放置してしまっていることに対するお詫びということらしい。
ちゃんと一番の被害者であるエリーやその部下である他の侍女たちの分まで含まれていたし、前回の行き違いに関しては向こうもそれなりに気にしていたのかもしれない。
正直、フィリップ殿下との付き合いについては、今まで通りの放置でも問題なかったのだけれどね。
ただまあ、あちらが付き合い方を改めるというのであれば、素直に受け入れようとは思っている。
一応、以前にもそんなことを考えたことがあったし、ひとまずは第三王子、第一王女呼びから脱却するところからかな。
コーデリア様ともそれなりに長い付き合いになることが決まったし、万が一にも変な呼び方をしてしまったら気まずいからね。
とまあ、そんな風に予定外のことがあったわけだけれど、さすがにそれらだけですべての予定が埋まるというほどではなかった。
なので、それ以外の余った時間を使って、以前から考えていた魔法陣の改良をコツコツと進めていたりする。
「……これで完成かな」
描き終わった魔法陣を前に、1人つぶやく。
少し前から魔法陣の改良に手を付け始めていたけれど、ようやくそれを形にすることができた。
今回の改良では、結界の魔法陣に対して手を加えている。
以前の騒動のときに結界を破壊されてしまうということがあったので、結界の強度をより強くしようという試みだ。
実を言えば、西部に来る前の段階では、改良だけでなく新しく魔法陣の種類を増やすことも考えていたりした。
けれど、思ったよりも自由になる時間が少なくなりそうなこともあって、新しい魔法陣については諦めることになった。
まあ、そもそもの話として、魔法陣の必要性が低くなってきているという事情もあるのだけれど。
何せ、西部に来る前にリリーさんから魔法を教わったこともあって、魔法でできることも色々と増えていたりするから。
なので、魔法陣については、いざというときの防御や足止めのために使うものとして割り切ることにして、既存の魔法陣の気になるところを改良するだけにしようという形になった。
「で、色々と手こずったものの、どうにか2種類の魔法陣を形にすることができたのよね」
そう言って、机の上に置かれた2つの魔法陣へと目を向ける。
1つが結界の強度を強化したもの、もう1つが足止め効果を高めるために結界の範囲を広げたものになる。
足止め用の改良については当初の予定になかったけれど、強度を改良するために考えた方法で応用できそうだったので副産物として作ってみた。
「それにしても、最初に考えていた方法が上手くいかなかったときは焦ったよね。
新しく思い付いた方法でどうにかなったからよかったけれど、あのときは本当に改良するのを諦めようかと思ったくらいだし」
今回の改良にあたり、当初は魔法と同じようなアプローチで改良をしようと考えていた。
魔法の場合、込める魔力量を増やすか、強度を強くするイメージを追加することで結界の強度を強くすることができるので、そのやり方を魔法陣に反映させる形だ。
けれど、実際にそれを試してみると、悲しいくらいに上手くいかなかった。
いやまあ、まったく効果がなかったわけではないのだけれどね。
ただ、かけた労力に対して効果が釣り合っていないというか、誤差みたいな効果なら無理に作りなおす必要もないかなという感じだったので。
「まあ、魔法陣の改良を片手間で済ませようと考えたのが間違いだったのだとは思うけれどね。
……いやまあ、上手くいった方法も所詮は小手先の改良だったりするけれど」
魔力量を増やすために魔法陣のラインを太くした場合は大して強度が上がらず、強度を強くするイメージを追加するために魔法陣の内部に変更を加えたときも同じように大して効果が出ない。
そんなことを何度か繰り返した結果、この方法では期待するような改良をすることができないという結論に至ったのだ。
まあ、魔法陣の内部に変更を加える方法については、時間をかけて調整を続ければどうにかなったかもしれないけれどね。
で、別のアプローチを考えて思いついたのが、今の結界を複数枚重ねて発動すれば強度を補うことができるのではないかというものだった。
正直、この方法であれば、今ある魔法陣を同時に使うことでも対応できると思えたのだけれど、残念ながら同時に使おうとした場合は同じ場所に発動する形になって2つ目以降の発動が阻害される形になってしまった。
なので、1枚の魔法陣で少しずつズレた位置に複数の結界を発動させるという形に改良することになった。
「なんというか、既存の魔法陣に連続発動の魔法陣を外付けする形で改良したら、拍子抜けするくらいあっさりと成功したのよね。
いやまあ、魔素異常の対策のときにも、同じような改良を加えて上手くいった経験はあったけれど」
とはいえ、なんとなく納得いかないという気持ちもあったりする。
一応、魔法陣の内部に手を加えるときにも、以前の改良時と同じくらいには資料で勉強していたのだから。
まあ、結果から考えて、その程度の勉強では魔法陣の内部に手を加えるには全然足りていなかったということなのだと思うけれど。
「どちらにせよ、次からは魔法陣を改良するのはナシかな。
今回は運よく形にすることができたけれど、次からも上手くいく保証はないわけだし」
おそらく、今回のように既存の魔法陣を組み合わせるような形の改良であればできなくはないとは思う。
けれど、内部に手を加えるような細かい調整が必要になる改良になると、時間をかけてきちんと魔法陣に関する勉強をしなければいけない気がする。
「まあ、魔法陣も便利だとは思うけれどね。
ただ、将来的には魔法を主体にしたいと思っているし、魔法陣に対して多大な時間をかけようとは思えないのよね」
とはいえ、今すぐに魔法陣を手放すのは難しいし、いざというときの保険として持っておくのは普通にアリだと思っているけれど。
まあ、とりあえずは魔法陣に頼らずに済むようになることが目標になるのかな。
地味に魔法陣を用意するのも大変だったりするし。
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