閑話 フェリシアの評価

 フェリシアのドレスに関する打ち合わせから数日後、砦内の一室で第三王子フィリップと第一王女コーデリアの2人が昼食を共にしていた。


「それで?

 結局、貴方はフェリシアさんのことをどう考えているの?」


「どう、とは?」


「もちろん、婚約者としてどう考えているのかという話よ。

 私も彼女がつなぎの婚約者だということは聞いているけれど、本当にこのまま仮初めの婚約者で終わらせるつもりなの?」


「それはまあ、ラビウス侯爵とはそういう条件で話を進めていますからね。

 ……姉上はそのことに反対なのですか?」


 コーデリアの言葉に対し、フィリップが不思議そうに質問を返す。

 フェリシアが時間稼ぎのためのつなぎ役であることを知っていたのであれば、予定通りに婚約を解消しようと考えているフィリップに対して確認する理由がわからなかったためだ。


 とはいえ、フィリップ自身、フェリシア個人に対して特段の不満を感じているわけではない。

 ただ、フェリシアの年齢やこれまでの境遇による貴族教育の不足などの事情を鑑みて、彼女を正式な婚約者に据えることは難しいだろうと考えているだけだ。


「別に反対というわけではないわ。

 けれど、貴方を取り巻く環境を考えれば、フェリシアさん以上の相手が見つからないのではないかと思っているだけよ」


「……フェリシア嬢のことを悪く言うつもりはありませんが、彼女以上の相手がいないというのはさすがに買いかぶりすぎではないですか?

 年齢のことを筆頭に、条件として色々と問題があるのは事実だと思いますよ?」


「そうね。

 確かにデメリットとなる条件も多いわ。

 けれど、それ以上のメリットがあると思っているのよ」


「メリット、ですか?」


 デメリット以上のメリットと言われても、フィリップには思い当たるところがなかった。

 確かに、西部に来てからの行動力については好ましいものを感じていたが、それだけで年齢などのデメリットを上回っているとは思えない。


「彼女の魔力量よ。

 その様子だと気づいていないみたいだけれど、彼女は私と同等の魔力量を持っているわ」


「……それは事実なのですか?

 フェリシア嬢の魔力量は3級の上位だと聞いていたのですが」


 告げられた言葉に対し、フィリップが不審げに問い返す。

 確かにコーデリアの魔力量は王族として最低レベルと噂されるほどに少ないが、それでも高位貴族として考えれば十分な魔力量を持っている。

 そのため、実際にフェリシアがそれだけの魔力量を持つのであれば、確かにフィリップの相手としてこれ以上ないメリットにはなる。

 だが、そうであるなら婚約者の選定時にラビウス侯爵がそのことを偽っていた理由がわからない。


「私も魔力量は3級だと聞いていたわ。

 けれど、実際に確認してみたら私と同等の魔力量を持っていたのよ。

 一応、気づかれないように魔法でこっそり確認したとはいえ、比較対象となる私の魔力量とほぼ変わりない魔力量だったから、確認時の誤差ということもないと思うわ」


「……であれば、ラビウス侯爵から誤った情報を伝えられていたのでしょうか」


「おそらく、侯爵も知らないのではないかしら。

 魔力量を多く偽るならともかく、少なく偽る理由はないもの。

 だから、魔力量については、フェリシアさん自身も気づいていないか、気づいていて意図的に隠しているかのどちらかでしょうね。

 まあ、フェリシアさんは貴族社会に興味がないみたいだから、意図的に隠しているのだと思うけれど」


「……」


 コーデリアの言葉を聞いて、フィリップが言葉を失う。

 彼にとって、いや貴族にとって、魔力量の多さは誇ることはあっても隠すようなものではないのだから。


「調べてみると、彼女の母親も冒険者になってから大幅に魔力量を増やしていたみたいだから、そのあたりの才能を遺伝で引き継いでいたのでしょうね。

 とはいえ、彼女の年齢的に2、3年で急激に魔力量を伸ばしたことになるから、それについては驚きではあるけれど」


 フィリップの様子を気にすることなく、自身の推測を語るコーデリア。

 魔力量の多寡については色々と苦しんだ経験はあるものの、そのことについては既に区切りが付けられているので、目の前で口を閉ざしたフィリップほど思うところはない。

 その様子を見て、落ち着きを取り戻したフィリップが言葉を返す。


「……確かに、フェリシア嬢の魔力量が本当に姉上と同等であるのであれば、婚約者としてはかなりの好条件ではあると思います。

 ですが、やはりそれだけでは彼女を婚約者として据え続けるというのは厳しいと思いますよ。

 西部の状況的に、私の後継ぎとなる存在については早々に求められることになると思いますし」


「まあ、西部の復興が落ち着けば、そういう話もすぐに出てくることになるでしょうね。

 けれど、その場合でも、子供ができにくい魔力量が少ない女性より、魔力量が多いフェリシアさんの方が相応しいのではなくて?」


「彼女の年齢を考えると、婚姻が可能になるまで後7年はかかります。

 そうなると、復興が落ち着いてから数年間は婚約者の立場のまま。

 そんな状況が続けば、すぐにでも後継ぎを作ることができる相手を第二夫人に、などと言ってくるバカが出てくるでしょう。

 それを考えれば、多少魔力量が少なかろうと、すぐに婚姻を結ぶことができる女性を用意してもらった方が周囲も静かになるはずです」


 今後予想される後継ぎの問題について、そんな風に答えるフィリップ。

 とはいえ、魔力量に差がありすぎる男女間での子供の生まれにくさを考えると、それも表面的なアピールにしかならない。

 なので、そのことについて、実際にコーデリアからツッコミが入る。


「……結局、その場合も子供ができなければ数年程度しか効果がないと思うけれど?」


「ええ、わかっています。

 なので、その数年の間にしっかりとした立場を得ることで、周囲からの余計な口出しを許さないようにするつもりです。

 それに、子供ができない前提で話をされていますが、問題なく後継ぎに恵まれることも考えられますよ?

 ラビウス侯爵も可能な限り魔力量が多い女性を探してくれるでしょうし、確率が低いというだけで可能性がゼロというわけではありませんから」


「余程の幸運に恵まれない限り、現状、侯爵が見つけられる女性相手だとほぼ可能性がないと思うけれどね。

 そのことを知らないわけでもないでしょうに」


「ハハハ。

 まあ、子供ができなければできないで別に構わないのですよ。

 その場合は、兄上たちの子供を養子に迎えるなりすればいいのですから」


 結局のところ、フィリップの考えはこれになる。

 最悪、西部を統治する後継者は自分の子供でなくても構わないと思っているのだ。

 むしろ、ろくな役職に就くことができない王族のためにポストが増やせるので、それはそれでアリだと考えていたりするくらいだ。


「……そういう考え方はどうかと思うけれどね。

 まあ、いいわ。

 貴方がそう望むのであれば、私から特にアレコレ言うつもりはありません。

 そもそも、フェリシアさんが貴族社会に身を置くことを望んでいないのであれば、無理に推し進めても良い結果になるとは限らないでしょうから」


「そうですね。

 実際、彼女はあまり貴族社会に向いているとは思えませんし。

 まあ、頭は悪くないようですので、そういう立場に置かれれば、それなりに振る舞うことは出来るとは思いますが」


「でしょうね。

 西部に来たことにしても、今回のドレスの問題にしても、冷静に対応しているように見えたし、普通にそのあたりも悪くないとは思うのだけれどね。

 まあ、少し周囲に流されやすそうなところが、家を預かる貴族家の妻として不安要素ではあるけれど」


 フェリシアの評価については、前世の記憶がある分、同世代の少女たちに比べて大人びて見えるのは当然の話だ。

 というより、今回の件については、コーデリアが言うようにほぼほぼ状況に流されていただけなので、貴族的な素質があるかどうかについては、むしろ疑問符が付くのではないだろうか。


「まあ、いいわ。

 貴方とフェリシアさんの婚約について、私からどうこうというつもりは元からなかったから。

 ただ、フィリップ。

 フェリシアさんとの付き合い方については、少し改めた方が良いわよ」


「どういうことですか?」


「貴方、西部に来たフェリシアさんとほとんど交流できていないそうね。

 いくら、一時の婚約関係だとはいえ、今のように放置し続けているというのは外聞が悪いと言っているのよ」


「……」


 フィリップが自身のこれまでの対応を思い返して言葉に詰まる。

 これまでのフェリシアとの交流を思い返せば、砦に到着してすぐに食事を共にしたくらいしかない。

 一応、新年のパーティーのためのアクセサリーを贈るというイベントもあったが、アレについてはむしろ面倒ごとを押し付けた形になっているのでカウントすべきではないだろう。


「はたから見ると、貴方がやっているのは、溢れで壊滅した西部の前線に婚約者を呼びつけて、そこで復興の手伝いをさせるだけさせて放置している最低の行為よ?

 一応、状況などをきちんと確認すれば仕方のないことだとはわかるでしょうけれど、悪意を持つ相手からすればいくらでも悪評をばらまけるような状況になっているわ。

 そのあたり、脇が甘すぎるのではなくて?」


「……」


 コーデリアからさらなる追撃を受け、再び沈黙で返すフィリップ。

 どうやら、彼も少しは自身が置かれている微妙な状況に気づいたらしい。


「どうすればよいのでしょうか?」


「そんなことは自分で考えなさい。

 ……と言いたいところだけれど、普通にフェリシアさんとの交流を増やすしかないのではなくて?

 後は、一般的には贈り物などを贈ることで誠意を見せるという考え方もあるけれど、彼女はあまりそういうものでは喜ばない気はするわね。

 一応、対外的な言い訳としては使えるかもしれないけれど」


「そうですね。

 もう少し、彼女との付き合い方を考えてみることにします」


 最後にコーデリアから厳しい批判を受け、今後のフェリシアとの付き合い方を見直すことになったフィリップだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る