閑話 第三王子の方針
「ラビウス侯爵令嬢が砦へと居を移すことには反対ですか?」
準備のために街へ戻ると挨拶に来たフェリシアの姿が扉の向こうへと消えた後、十分に距離が離れたと判断したところでハーヴィーが口を開く。
「いや、別に反対というわけではないよ。
彼女がそう決めたというのであれば、その決断を尊重するさ」
「そうですか?
その割には随分と複雑な顔をされているように見えますが」
否定の言葉を返したフィリップに対し、ハーヴィーが疑問を呈す。
フェリシアは気づくことがなかったが、付き合いの長い彼にはフィリップがフェリシアの決断に対して複雑な思いを抱いていることに気づいていた。
「まあ、ラビウス侯爵から打診があったころから乗り気ではなかったことは知っていますし、彼女の年齢を考えれば殿下の気持ちもわからないではないですが。
とはいえ、殿下のおっしゃる通り、彼女自身が決断したことなのですから、今更思い悩む必要もないのではないですか?
実際、彼女の従魔や護衛のことを考えれば、安全面に関しては特に問題があるとも思えませんし」
「別に気にしていないと言っているじゃないか。
……ただ、前線の危険地帯と後方の安全地帯であれば、後方の安全地帯の方を選択すると思っていただけだよ」
「まあ、確かに普通のご令嬢であればそちらを選んでいたでしょうね」
言い訳じみた言葉ではあるが、これに関してはハーヴィーとしてもうなずくほかない。
危険な前線ということに加え、周囲に何もない砦での生活を選ぶ貴族令嬢が存在するとは思っていなかったのだから。
もちろん、騎士の家系などで幼いころから訓練を積んでいたような人物であればその可能性も考えられたが、フェリシアに関しては特にそんな経歴の持ち主ではなかった。
母親こそ元冒険者であったが、辺境に放置されるまではラビウス侯爵領の領都の屋敷で普通に育てられたと聞いていたのだから。
「ですが、こちらに来てからの行動を考えれば、特に問題はないのではないですか?
この短い期間で既に街近くの魔の森の異変を発見していますし、薬草畑の候補地についてもすぐさま確認に向かうなど、かなり意欲的に行動されているのですから。
年齢さえ考えなければ、彼女は殿下が望まれていた“王国西部の復興において共に並び立って貢献できる女性”だと思いますよ」
「その年齢が問題なんじゃないか……」
「それは確かにそうですが、年齢を理由にするのであれば、打診された段階ではっきりと断っておけばよかったのです。
それをせずに受け入れることを決めたのですから、彼女のことに関してはしっかりと対応すべきです。
というより、彼女を危険にさらしたくないのであれば、最初から彼女に対して正直に伝えておけばよかったのです。
安全な後方でおとなしくしておいてくれ、と」
「ぐぅっ……」
ハーヴィーの指摘にフィリップが言葉を詰まらせる。
フィリップとしても、フェリシアの行動力について想定が甘かったという認識はある。
そもそも、彼が想定していたフェリシア像というのは、父親であるラビウス侯爵に命じられてやってきた体のいいお飾りの少女というものだった。
だからこそ、薬草畑の候補地として後方の安全地帯にある場所を用意すれば、勝手にそちらを選んでくれるものだと考えていたのだが。
「ひとまず、殿下の罪悪感や諸々の感情は置いておきましょう。
そんなことより、まずは彼女に対してどう対応するのかの方針を出してください。
このまま砦で協力してもらうのか、それとも頭を下げて街に引き上げてもらっておとなしくしておいてもらうのか。
まあ、現状を考えると、私としてはこちらで協力してもらえた方が助かりますが」
微妙な沈黙の後、仕切り直すようにハーヴィーが口を開く。
彼としても、フェリシアを前線の砦に滞在させることに思うところがないわけではない。
ただ、そんな自分の思いよりも、主であるフィリップの意思を優先すべきだと考えているだけだ。
ついでに、人手が不足している復興の一助になってくれればという思いもあるが。
「……さっきも言ったように、砦に滞在して協力してくれるという彼女の意思を尊重するよ。
もちろん、十分な成果を上げられないようであれば、この地から去ってもらうつもりではあるが」
「なるほど、ひとまずは様子見ということですね。
まあ、成果に関しては魔道具も用意しているようですから、よほどのことがない限りは問題ないと思いますが。
ちなみに、殿下自身はどう対応するつもりなのですか?」
「どう、とは?」
「もちろん、ラビウス侯爵令嬢との接し方についてですよ。
まさか、昨夜の晩餐のような上辺だけの付き合いを続けるおつもりですか?」
「上辺だけとは失礼だな。
適度な距離を保ったご令嬢との適切な付き合い方じゃないか」
ハーヴィーの咎めるような言葉に、フィリップが心外とばかりに反論する。
だが、そんな反論も付き合いの長いハーヴィー相手には通用しない。
「いや、その付き合い方は学生時代のアレなご令嬢方に対して接するときに覚えたものですよね。
仮初とはいえ、婚約者相手にとる態度ではないですよ。
というより、いい加減に殿下は周囲の人間との接し方を見直してください。
今まで、殿下の周囲に碌な相手がいなかったというのは知っていますし、そのための処世術だというのも理解していますが、今後のことを考えると上辺だけの付き合いだけというわけにはいかないのですから」
「……善処するよ」
「善処するのではなく、すぐに改めてください。
具体的には、ラビウス侯爵令嬢に対する接し方から改める感じですね。
そもそも、最初から彼女に対して協力者として歩み寄る姿勢を見せていれば、今のような複雑な思いを抱えずに済んだのですから」
そう言いつつ、ハーヴィーとしても、フェリシアに対する態度については、彼女のことを見極めるために仕方のないことだったと思っているが。
とはいえ、側近として、相手を見極める力とその相手との適切な付き合い方を身に着けてほしいというのは本心からの願いではある。
「……わかったよ。
まずはフェリシア嬢の付き合い方から考えてみるよ」
ハーヴィーの真剣な眼差しに押され、フィリップが渋々という感じで承諾した。
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