第3話 顔合わせ
「本日はお招きいただきありがとうございます」
晩餐の席に指定された部屋へと向かうと、既に第三王子が席について待っていた。
「よく来てくれたね。
到着したその日くらいはゆっくりしてもらいたかったんだが、あいにくと色々とやることが立て込んでいてね」
「いえ、フィリップ殿下がお忙しいことは承知しております。
こちらこそ、無理にお時間を取っていただくことになり、申し訳ありません」
「いや、フェリシア嬢が気にすることではないさ。
ラビウス侯爵には私も世話になっているからね。
むしろ、その大切なご令嬢であるフェリシア嬢の歓待に時間が取れないことを申し訳なく思うくらいだよ」
そんな会話を交わし、勧められるままに第三王子の対面の席に着く。
というか、少し前までの私の置かれた状況くらい把握しているだろうに、そのことをおくびにも出さずに大切なご令嬢だなどと言い切るなんて、さすがは王子様というところなのだろうか。
演技なのだろうけれど、本当に申し訳なさそうに見えるし、付け焼刃で作り笑顔を貼り付けているだけの私とは年季が違うらしい。
「さて、そろそろ今後の話をさせてもらってもいいだろうか?」
食事も一段落し、和やかに話していた食事中の態度から一転して真剣な表情で第三王子が切り出してくる。
「はい、お願いします」
一瞬、その雰囲気に飲まれそうになるものの、気を取り直して第三王子からの次の言葉を待つ。
食事中の雰囲気から少し気を抜いてしまっていたけれど、ここからが今日の本番だ。
「では、最初に確認しておきたいのだが、フェリシア嬢はどこまで話を聞いている?」
「話ですか?
私が父であるラビウス侯爵から聞いているのは、この地でフィリップ殿下が指揮される復興作業に協力することと仮の婚約者として振舞うことになります」
「おや、仮の婚約者で満足なのかい?」
「えっ?」
しまった。
いきなりのことに、つい素で返してしまった。
「あっ、いえ、私は最近まであまりきちんとした貴族教育を受けていなかったものですから。
なので、フィリップ殿下の婚約者という立場が務まるとは思っていません」
「くくっ、いや、無理に取り繕わなくても構わないよ。
フェリシア嬢としても10歳以上も歳の離れた男が相手では乗り気になれないだろうからね」
一瞬やらかしたかと思ったけれど、どうやら第三王子的には特に問題ない反応だったらしい。
というよりも、どちらかというとこちらが婚約者の立場を望んでいないことに喜んでいるような?
「すまない。
いや、私が学園に通っていた頃は、立場も考えずに付きまとってくる相手が多くてね。
だから、フェリシア嬢の態度は新鮮だったのだよ」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。
つい最近までそういったこととは無縁の立場だったものですから、色々と至らないことばかりで」
どうやら、第三王子としても婚約者に関する問題についてはあまり良い感情がないらしい。
まあ、学園に通っていた頃は周囲に群がる貴族たちが余りに酷過ぎて、卒業と同時にそういった貴族たちを一掃することになったそうだから仕方ないのかもしれないけれど。
「気にすることはないよ。
こちらとしても、しばらくは復興作業に注力したいと考えているから、婚約者をねじ込もうとしてくる奴らの相手をしないで済むのは助かるからね。
まあ、そのあたりのことはラビウス侯爵にほとんど丸投げしていたけどね」
「は、はぁ」
いや、そんな黒い笑顔で丸投げしていたと聞かされても反応に困るのだけれど。
でもまあ、第三王子にもきちんと仮の婚約者という話が通っていることがわかったのは良かったかな。
ここまでの態度を見ている限り、私に対して特別な関心を持っているということもなさそうだし、後は父であるラビウス侯爵がつつがなく正式な婚約者を選定してくれるのを信じて待つだけだね。
……何となく不安だから、ちゃんと婚約者の選定を進めるように催促くらいは入れるようにしようかな。
「まあ、婚約の話については置いておこう。
いくつかのパーティーには付き合ってもらう必要はあるだろうが、それ以外は要望どおりフェリシア嬢の手を煩わせることのないようにするつもりだからね。
それよりも、復興作業の協力についての話だ」
第三王子がそう言って話題を切り替え、目の前に用意されていたお茶に手をつける。
というか、気付かないうちに食後のお茶が用意されているとか、さすがは第三王子付きの人たちだね。
そんなことを考えつつ、こちらも目の前のお茶に手を伸ばす。
「それで、フェリシア嬢は我々の復興作業に協力してくれるそうだけど、どういう形で協力してくれるのかな?」
「そうですね、私としては薬草の栽培や採取をすることで復興作業の協力をさせていただこうと考えています」
一息ついてから問い掛けられた言葉に、特に考えることなく素直に答える。
このあたりのことは、ラビウス侯爵領の領都で行った話し合いでも話しているし、第三王子にも既に伝わっていると思っていたのだけれど。
「そうなのかい?
ずいぶんと立派な従魔を連れていたから、魔物討伐のほうで協力してもらえるのかと思っていたよ」
「あー、あの子たちについては魔物の討伐に出ることもあるとは思いますが、私が協力するのは薬草関係のことになります」
「ふむ、そうか。
具体的にどうするのかは決めているのかな?」
「具体的と言えるかはわかりませんが、こちらで薬草を栽培する土地をお借りして、そこで薬草を育てようかと。
もし、そういった土地が用意してもらえないときは、魔の森で薬草を採取することを考えていました」
「土地か……。
それは農地でなければいけないのかな?
残念ながら、まともな場所はもう残っていないのだが」
「いえ、農地であればありがたいですが、最悪、ただの空き地でも構いません。
さすがに、植物が育たないような土地だと困りますが」
申し訳なさそうに第三王子が伝えてくるけれど、一応、そのあたりのことを考えていないわけではない。
余っている農地を使わせてもらうのが一番良かったのだけれど、魔物の領域に飲まれてしまった場所の農地だとか、最悪、周辺の草原なり荒地なりを一から耕すことも可能性としては考えていたし。
「そうか。
こちらがフェリシア嬢に提供できるのは、おそらく休耕地でもないただの空き地になると思う。
完全に魔物の領域に飲まれてしまった開拓村の農地であれば残っているが、さすがにそんな場所を使わせるわけにもいかないからね」
「わかりました。
薬草栽培に使用しても問題ない場所を、後で連絡していただけますか?」
「ああ、後で確認して伝えさせるように手配しておくよ」
そんな形で、ひとまず、初めての顔合わせは終了となった。
正直、もっとあからさまに拒否されるような状況を想像していたので、事務的とはいえ、比較的和やかな雰囲気だったのは少し意外だったかもしれない。
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