第1話 西部へ

 辺境の町の屋敷へ戻ってきてから、1週間ほど経った。

 そもそもこの屋敷へと戻ってきた理由は、屋敷の管理の引継ぎと西部での復興協力の準備のためだったりする。

 で、その作業もこの1週間でどうにか終えることが出来た。



「では、不在の間の屋敷をお願いします」


「はい、お任せください。

 フェリシアお嬢様もお気をつけて」


 屋敷の管理を任せるライラとその夫であるトーマスに見送られ、屋敷を出発する。

 まずは領都のラビウス侯爵家の屋敷へと向かい、そこで最終調整のために1日ほど滞在し、そこから王都経由で西部を目指すことになる。

 日程的には、およそ20日程度で西部の旧ガルディア辺境伯領の領都へと到着する予定だ。




「はぁ、憂鬱だわ」


「まだ辺境の町を通過したばかりですよ?

 旦那様との最終調整のための打ち合わせもありますし、先は長いのですから諦めて今の内に覚悟を決めてください。

 西部の復興の進捗次第では数年はかかる可能性もあるのですから」


 馬車の窓から見える景色を眺めながらこぼした私の愚痴に対し、エリーが容赦のない言葉を投げかけてくる。

 一応、私もわかっているつもりではあるのだけれど。

 ただ、しばらくあの屋敷で過ごしたことで、領都の話し合いで固めたはずの覚悟がどこかに行ってしまった気がするのよね。


「わかっているわ。

 でも、憂鬱なものは憂鬱なのよ……」


「まあ、侯爵がちゃんと第三王子に話をつけてくれているのであれば、向こうに着いても同じような生活が出来るはずだから、侯爵の交渉能力に期待しておくことね。

 薬草栽培という形で復興協力するのであれば、場所が変わるだけであの屋敷でやっていたこととあまり変わらないのでしょう?」


「それはそうですけれど……。

 正直、西部の状況がよく分からないので、不安ばかりが大きくなってしまって」


 確かにリリーさんの言うとおり、理想的な状況になるのであれば、場所が変わるくらいで大きく生活が変わることはないと思う。

 とはいえ、魔物の溢れで壊滅した地域の復興の最前線でそんなのんびりした生活が送れるのかという疑問は付きまとってくるけれど。


「向こうの状況もそこまで酷くはないと思うわよ?

 既に第三王子が現地入りしているみたいだから、少なくともそういう立場の人間が現地に入れる程度には前線の整備ができているということでしょうし。

 ……まあ、第三王子が度を越した現場主義とかで壊滅状態の前線でも気にせずに立ち入る人間でなければの話だけど」


「えぇ……」


 リリーさんが最後に付け加えた言葉を聞いて、不安の声が漏れる。

 復興協力のために魔の森の近くに行くことくらいは覚悟しているけれど、さすがに魔の森の中で生活するような状況は勘弁して欲しい。


「心配されなくても、第三王子殿下はそのような方ではありません。

 それに、復興の前線拠点となる国境砦については、既に活動の拠点として使用できるだけの整備が済んでいると聞いています。

 リリー様もフェリシア様の不安を煽るようなことを言わないでください」


 と思ったものの、どうやらエリーによると既にあちらの前線拠点の整備は終わっているらしい。

 まあ、よくよく考えてみると、魔物の溢れが終結してから既に2ヶ月近く経っている。

 であれば、復興作業の拠点となる場所の整備くらいは、ある程度終わっていてもおかしくないのかもしれない。






 その後の移動は、比較的順調に進んだと思う。

 領都や王都に滞在したときに、ラビウス侯爵や夫人たち、腹違いの兄や姉との晩餐やお茶会に参加させられるという私にとってのアクシデントはあったけれど。


 まあ、これに関しての本当の不幸は、領都で参加した晩餐でのマナーに納得しなかったエリーによって道中でのマナー講習が組み込まれてしまったことだと思う。

 いやまあ、移動中は暇を持て余していたし、西部に到着してからの第三王子との付き合いを考えれば必要なことだとはわかっているのだけれどね。


 とにかく、道中でマナー講習と受けるという苦労はあったものの、どうにか西部の旧ガルディア辺境伯領の領都へと到着することができた。




「ひとまず、ここでお別れね」


「そうですね。

 リリーさん、ケルヴィンさん、ここまでありがとうございました」


 かつての辺境伯の屋敷に到着したところで、馬車から降りてリリーさん、ケルヴィンさんと向き合う。

 残念ながら、あの騒動以来ずっと護衛してもらっていた2人とはここでお別れになる。

 ここから先は、ラビウス侯爵領の領都で合流していたラビウス侯爵が手配した護衛たちだけになる予定だ。


「まあ、俺たちは前線での魔物討伐に組み込まれると思うが、何かあれば連絡してくれればいい。

 嬢ちゃんにもそれなりの数の人員が付けられているみたいだし、前線まで伝令を走らせる余裕くらいはあるだろう」


「そうね。

 状況によってはすぐに動けないかもしれないけど、できるだけ力になるわ」


「はい。

 もしものときはよろしくお願いします」


 そんな会話を交わし、立ち去っていくケルヴィンさんたちを見送る。



「では、行きましょうか」


 彼らの姿が見えなくなったところで、隣に控えるエリーへと声をかける。

 辺境の町から考えるとずいぶんとかかったけれど、ついに第三王子との対面だ。

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