第79話 対面(2)

 事件についての話が終わり、ケルヴィンさんたちが退室していく。

 それを見送ってから少し間をおき、口をつけたカップを戻したところでラビウス侯爵が口を開いた。


「さて、次にフェリシアのこれからについてだ」


 その言葉を聞いて、こちらも姿勢を正して真剣に聞く態度を取る。

 正直、父である彼がどういう思惑を持っているのかわからなかったけれど、それがようやくわかることになる。


「フェリシア、お前はどうしたい?」


「は?」


 命令形で何か言われると身構えていたにもかかわらず、聞こえてきたのは私の意志を問う質問。

 思わず、マヌケな返事を返してしまった。


「意外か?まあ、意外かもしれんな。

 確かに、侯爵家として考えるのであれば、フェリシアには殿下の婚約者として西部の復興に協力してもらうのが一番だろう。

 とはいえ、無理に西部に行かせても良い結果にはならないだろうからな」


「……無理やり第三王子様の婚約者にするつもりはない、と?」


「そうだ。

 その様子では、殿下から出された条件については聞いていないか。

 殿下は“王国西部の復興において共に並び立って貢献できる女性”を婚約者に望んでおられる。

 つまり、積極的に復興に協力し、成果を上げるような女性だな」


“王国西部の復興において共に並び立って貢献できる女性”


 なんというか、割と抽象的な条件に思える。

 というよりも、この条件を満たす満たさないは第三王子のさじ加減次第な気がするのだけれど。


「無理やり婚約者に仕立て上げても、条件を満たせないから意味がないということですか?」


「そういうことになる。

 もちろん、フェリシアが殿下の婚約者になることを望むのであれば、侯爵家として家を上げて支援するつもりだがな」


 いや、さすがに望んでそういう立場になりたいとは思わないよ。

 ひとまず、自分で選んでもいいというのであれば、今までどおり辺境の町の屋敷で暮らすことを望むかな。


「こちらの希望を告げておくのであれば、今言ったように殿下の婚約者として西部の復興に協力してもらうのが一番になる。

 次の希望としては、領都の屋敷で暮らしてもらうことだな。

 できれば、辺境の町の屋敷での生活は避けてもらいたい」


「えっ、あの屋敷はダメなのですか?」


「望ましくはないな。

 さっきも言ったように、帝国の息がかかった商会に関しては処罰できなかったからな。

 あちらの出方がわからない以上、目の届かない場所に置きたくはない。

 あの町の最高戦力であったケルヴィン殿たちも西部へと移動してしまうしな」


 くっ、確かにあの商会のことを考えると安全性は微妙かもしれない。

 屋敷の結界から出なければ問題はないのだろうけれど、さすがに完全に引きこもって生活することは不可能だろうし。


「でも、それなら西部に行くのも危険なのではないですか?

 あちらのほうが復興作業のために色々な立場の人が集まっているように思えるのですが」


「確かに、西部にも危険がないとは言えない。

 だが、そちらに関してであれば、侯爵家から十分な人員を出すことが可能なのだ」


 なるほど、西部の復興に人手が必要な状況で、私1人のために辺境の町に人手を割くことはしたくないということか。

 まあ、事件のことを考えると1人っきりで放置するわけにもいかないだろうし、かといってテキトーな人員を手配するわけにもいかないだろうしね。

 とはいえ、希望を聞いてくれるというのであれば、言うだけ言ってみよう。


「え、えーっと、私の希望としては辺境の町の屋敷で今までどおり暮らすことだったのですが……」


「やはり、そうか……。

 だが、今説明した通り、できれば他の選択肢を選んで欲しい。

 殿下の婚約者はイヤということだが、何が不満だ?

 生活の安定は保証されたようなものだぞ?」


 いやまあ、確かに生活の安定は保証されるのでしょうけれど。

 それに付随してくる色々な責任というか、貴族的なアレコレがそのメリットにつりあっていないように感じられるのよね。

 あの屋敷で生活する前であればともかく、今となってはそれに耐えられる気がしない。


「いえ、そもそも第三王子様の婚約者という立場がちょっと……」


「ふむ、殿下の婚約者という立場が不満か。

 では、期間限定でその立場を引き受けるというのはどうだ?

 実を言うと、殿下は西部の復興を一番に考えておられて、現時点で婚約者を決めることを望まれていない。

 だが、後見となった我がラビウス侯爵家としては、いつまでも殿下の婚約者を不在のままとするわけにもいかない。

 なので、殿下が真の婚約者を決める気になるまでのつなぎとして、仮の婚約者の立場で西部の復興に協力してくれないか?」


 つなぎ役か。

 第三王子と結婚することなく、西部の復興に協力するだけならまだなくはないのかな?

 いや、それでも私側にメリットがなさ過ぎる気がするけれど。


 どうしたものか。

 子供という今の私の立場を考えると、譲歩してもらっているこの条件は検討に値するものなのだろうか?



「そうだな、もし引き受けてくれるというのであれば、その報酬として辺境の町の屋敷をフェリシアに与えよう。

 我が家の管理となっている周囲の森も含めて」


 少し考え込んでいたこちらの様子を乗り気ではないととらえたのか、つなぎの婚約者役を引き受けることに対して報酬が提示された。

 正直、これに関しては魅力的ではある。

 オニキスはともかく、スノウたちが自由に暮らせる環境というのは貴重だと思うから。


「……つなぎ役をやるとして、どれくらいの期間になるのですか?

 そもそも、第三王子様がそれを認めてくださるのですか?」


「そうだな、殿下には事前に話を通しておくつもりだが、おそらくは受けてくださるだろう。

 殿下とて、いつまでも婚約者不在のままとするわけにはいかないことを理解されているだろうからな。

 ただ、期間については、まだハッキリと答えることは出来ない。

 殿下が婚約者として認めてくださる女性が見つかればそこで終了となるが、見つからなければ西部の復興が一段落するまで続けてもらうことになるだろう」


 こちらが興味を見せたためか、侯爵が勢い良く返してくる。

 でもちょっと待って欲しい。

 期間が未定というのもそうだけれど、今の言い方だともしかすると第三王子の婚約者としてパーティーなどに出席しないといけなかったりするのでは?


「その婚約者役にはパーティーなどへの出席も含まれるのですか?」


「そうだな、日中に開かれるものや王家が主催のものなど、断れないものについては出席してもらうことになるだろうな。

 だが、年齢的なことを理由に、夜に開かれるものについては基本的に出席せずに済むようにするつもりだ」


 夜のパーティーだけ免除か。

 侯爵の言葉を信じるのであれば、第三王子は復興作業を優先するみたいだから日中のパーティーに出席する回数も少ないとは思うけれど。

 でも、そもそもパーティーに出席するという行為自体がイヤなのだけれどね。


「ふむ、パーティーへの出席はイヤか。

 であれば、殿下と相談して、できる限り出席しないように取り計らってもらおう。

 さすがに、王家主催のパーティーに出席しないというわけにはいかないだろうが、体調が優れないなどの理由ですぐに退席すればいいだろう」


 こちらの意思が断る方向に傾いたのを察したのか、すぐさまそんな提案をしてくる。

 さすがに王家主催のものは断れないみたいだけれど、それ以外については出席しないで済ませられるのかもしれない。

 まあ、所詮はつなぎの婚約者なのだし、私の評判が多少下がったところで問題はないのだろう。


「……」


 ここまで配慮されるのであれば受けてもいいのだろうか?


 辺境の町の屋敷で自由気ままな生活を続けたいという思いはあるけれど、同時にお母様のように冒険者として色々なところに行ってみたいという思いもある。

 私が冒険者登録できるようになるまで約4年。

 その期間の一部を西部の復興協力に使うのもアリなのかもしれない。

 屋敷で暮らすことを選んだ場合、あの屋敷は侯爵家の持ち物のままになるけれど、この話を受ければ報酬として屋敷を手に入れることができるのだし。


 そう考えると悪くなさそうに思えるのだけれど、どうしようか?

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