第77話 つかの間の平穏

 辺境の町で、ケルヴィンさんたちに護衛される生活を送るようになって3日目。

 ついに領都からラビウス侯爵家の人間がやってきたらしい。



「お久しぶりです、フェリシア様。

 事件に巻き込まれたと聞きましたが、お元気そうで何よりです」


「久しぶりね、エリー。

 貴女も元気そうで何よりだわ」


 ケルヴィンさんたちに見守られる中、ギルドの一室でやって来たエリーと対面する。

 あの日、領都の屋敷を出て以来なので、おおよそ半年振りの再会になる。


「護衛のお2人もありがとうございます。

 旦那様からは、領都の屋敷へお連れするまで引き続き護衛依頼を出していると聞いていますが、間違いないですか?」


「ああ、それで間違いない。

 領都に移動するのは侯爵家側の受け入れ態勢が整ってからだと聞いているが、それまではどうするつもりだ?

 引き続きこの町に滞在するのか、それとも森の屋敷に移動するのか?」


「こちらとしては、滞在場所を屋敷へと移すことを考えています」


「あら?屋敷に移動するの?

 この町に滞在していた方が、ラビウス侯爵家とも連絡が取りやすいのではなくて?」


 エリーの言葉にリリーさんが疑問を挟む。

 これに関しては私も同感だ。

 てっきり、このまま領都に向かう日までこの町に留められると思っていたから。


「お恥ずかしい話ですが、侯爵家としても現在の屋敷の状況がはっきりと確認できていません。

 ですので、フェリシア様がどのような環境で過ごされていたのかという確認も兼ねて、屋敷での滞在を希望します」


「でも、それなら嬢ちゃんが向かう必要はないんじゃないか?

 侯爵家からはあんた以外の人間も来てるんだから、確認するだけなら他の誰かを派遣すればいいだけだろ」


「それはその通りではあるのですが、今回の件には帝国の商会が関わっているという話もあります。

 ですので、1級冒険者のリリー様、2級冒険者のケルヴィン様のお2人が護衛として付いてくださるのであれば、周囲に人が居ない森の中の屋敷の方が安全だろうという判断です。

 ですが、もしお2人がこの町に滞在した方が安全だとおっしゃるのであれば、その判断に従います」


「……まあ、単純な安全性としてはあの屋敷の方が上でしょうね。

 護衛がいなかったとしても、屋敷に張られた結界内にいるだけで基本的に手を出すことはできなくなるでしょうし」


「確かに、あの結界だったら外部からちょっかいをかけられることはないだろうな。

 まあ、内部の人間の行動については防ぎようがないだろうが」


「それについては、問題ありません。

 今回、同行した人間は侯爵家が素性や素行に問題がないことを確認しています」


 ケルヴィンさんからの皮肉に対し、エリーが即座に返す。

 まあ、さすがに今回も問題のある人間を派遣してきていたら、ラビウス侯爵家の信用がガタ落ちするような気がするしね。

 もし私が要らない子なのだとしても、このタイミングで雑な切り捨て方はしないだろうし。


「……まあいい。

 すぐに移動するのか?こちらとしてはいつでも行動できるが」


「いえ、すぐではありません。

 ギルドとも協議することがありますし、屋敷への移動は午後になってからの予定です」


 そんな会話があり、私たちは午後になってから屋敷へと移動することになった。






「……これは酷いですね」


 一通り屋敷を見回った後、エリーが小さくつぶやく。

 さすがに汚屋敷というほどの汚さではないから許容範囲だと思っていたけれど、残念ながらエリー的には許容出来なかったらしい。

 まあ、基本的に自分が使う場所以外は放置したままになっていたから、侍女であるエリーがそういう評価を下すのも仕方ないのかもしれないけれど。


「フェリシア様、しばらくケルヴィン様たちと外でお過ごしください。

 今から、屋敷内を片付けますので」


「あっ、はい」


 とはいえ、その後に続けられたエリーの口調は少し予想外だった。

 ケルヴィンさんたちすら引くくらい、静かな怒りがにじみ出ていたから。



「しかし、あそこまで切れるほどの惨状ではなかったと思うんだがなぁ」


 エリーによって屋敷の外へと追い出され、アクア、アッシュと遊んでいると、ケルヴィンさんがそんなことを口にした。

 その言葉に少し安心する。

 エリーが予想以上に怒っていたので、もしかしたら人様に見せてはいけないレベルに達していたのではないかと不安だったから。


「別に、部屋の汚さに怒っていたわけではないと思うわよ。

 たぶん、放置されていた屋敷の状況が予想以上に悪かったんでしょ。

 実際、中途半端に改装の手が入った水周りとか、主寝室以外に手の入っていない2階の各部屋とかを見るたびに機嫌が悪くなっていたようだし」


「ああ、なるほどな。

 確かにそういう視点で見ると酷かったな」


 木の枝を咥えて戻ってきたアクアの頭を撫で、再度放り投げながら2人の会話を聞く。

 捨てられたものだと思っていたから気にしていなかったけれど、自分の認識以上に酷い状況だったのかもしれない。



 結局、エリーたちによる屋敷の片付けは夕方になっても終わらなかったようで、悔しそうな顔をしたエリーが私たちを呼びに来た。

 ちなみに、そのときに森からスノウが獲物を咥えて帰ってきたのだけれど、彼女は特に気にすることなく、スノウにお礼を言って持っていってしまった。

 もう少し取り乱すかと思ったけれど、よくよく考えてみると、お母様が元気だった頃は屋敷の庭でたびたびトリやらウサギやらをさばいていたことを思い出した。


 ケルヴィンさんたちも少し意外そうにしていたことを考えると、やっぱりあの環境は特殊だったのだと思う。






 その後は、特に何事もなく、屋敷で平穏に過ごすことになった。

 残念ながら、ケルヴィンさんたちが護衛についた状態でも森に入ることは許してもらえなかったので、屋敷の敷地内しか自由に動けない籠の鳥状態だったけれど。


 ただ、代わりにリリーさんから色々な魔法を見せてもらえたのは良かったかもしれない。

 リリーさんはエルフのイメージどおり風の魔法が得意だったので、いくつかの風の魔法が使えるようになったし。

 まあ、教わったのは戦闘に使うような魔法ばかりだったので、使うことがないのが一番なのだけれどね。


 ちなみに、リリーさんから魔法を教わった以外にも色々なことをやっていたりする。

 例の事件で消費した結界の魔法陣を補充したり、エリーから忘れかけている礼儀作法について注意されて覚え直させられたり。


 とはいえ、アクア、アッシュと遊んでいた時間が一番多かったかもしれない。

 なんだかんだで、薬草畑や野菜畑のお世話、家事などの仕事をエリーたちに取られてしまったから、予想以上に暇だったのよね。

 護衛のリリーさんにずっと魔法を教わるわけにもいかなかったし、暇が出来るとあの子たちと遊んできた気がする。

 ちなみに、スノウは一緒に遊ぶような歳ではないのか、あるいは屋敷の敷地が狭かったのか、私たちが遊んでいるのを静かに見守っていることが多かった。


 あと、オニキスに関してはケルヴィンさんが屋敷の外に走りに連れ出してくれていた。

 私が屋敷の外に出ることを止められていたから、ケルヴィンさんにお願いしたのだけれど、オニキスが走りやすそうにしていたのが悔しい。

 私としては普通に乗れていると思っていたのだけれど、残念ながらオニキスに気を遣われていただけだったみたいだ。




 で、そんな平穏な日々だけれど、ついに終わりを迎えることになるらしい。

 エリーの元にラビウス侯爵家から連絡が入ったようで、領都へと移動することが決まったと伝えられたから。

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