第76話 騒動を終えて(2)

「オニキス!

 無事だった?怪我はない?」


 厩舎でのんびりと飼い葉を食べているオニキスを見つけ、声をかけながら駆け寄る。

 ケルヴィンさんたちからは無事だと聞いていたけれど、実際にその姿を見るまでは不安が完全に解消されることはなかった。


 けれど、私の声に反応して顔を上げたオニキスを見て、本当に無事だったのだと心から安心することが出来た。


「良かったぁ。

 ありがとうね、助けを呼んでくれて」


 オニキスに抱きつき、感謝の言葉を伝える。

 オニキスは仕方ないなぁという風情で若干温度差を感じたけれど、抱きつく私にされるがままになってくれた。




 落ち着いたところで、背後からの視線に気付く。

 振り返ると、ケルヴィンさん、リリーさんに加え、門番の人たちも何人かこちらを見ていた。


「うぅっ」


「くくっ、別に恥ずかしがることじゃないだろ」


 ケルヴィンさんがそんな風に声をかけながら近づいてくる。

 別に私としても今の行動が恥ずかしいものだとは思っていない。

 けれど、その姿をあたたかい目で見守られているという状況に関しては恥ずかしさを覚える。


「まあ、あの子の無事も確認できたことだし、ギルドに顔を出しに行きましょう」


 ひとまず、私にとって微妙な空気から逃げ出すためにもリリーさんの言葉にうなずくことにした。






「おう、嬢ちゃんも戻ったか」


 ケルヴィンさんたちと共にギルドへ移動すると、3階にあるギルドマスター室へと通された。

 さすがに受付で対応されることはないだろうと思っていたけれど、ギルドマスター室に通されることになるとは……。

 改めて、事の大きさに不安になってくるよ。



「さて、改めて事件の事後処理に関して話をするか。

 ティナ、頼む」


 室内に置かれた応接セットへと移動し、各自が席に着いたところでギルドマスターが切り出す。

 ちなみに、ティナさんはお茶を用意するタイミングでこの場に合流してきている。


「はい。

 まずは犯人たちの扱いについてですが、こちらは既に領都へと連行されていきました。

 処罰などについては、領都に到着してからラビウス侯爵自身が下すとのことです」


「ふーん、もう連れて行かれたのか。

 それで、あいつはどうなったんだ?

 1人だけ場違いな奴がいただろ、商会の遣いだとか言っていた奴が」


 ティナさんの言葉に、ケルヴィンさんが質問を挟む。

 それに応えたのは、ティナさんではなくギルドマスターだった。


「あいつもまとめて領都に送られている。

 正直、同行させた奴らで抑えられるかは微妙なところではあったんだが、まあ、他の奴らと同様に枷はつけているし、強引に逃げ出すようなバカなマネはしないだろう。

 そんなマネをしなくても、商会の力でどうとでもなると考えていたようだしな。

 実際、今の状況じゃ侯爵家も強く出れんだろうし、おそらく商会に関しては大した処罰は出来んはずだ」


「そんなに力のある商会だったのか?」


「まあな。

 公表されているわけではないが、帝国直轄の商会だったはずだ。

 何を考えて今回の件に関わっていたのかまではわからんが、西部の復興に帝国からの物資が必要になる以上、侯爵家も強くは出れんだろう」


 あの妙に強そうな男は帝国の人間だったのか。

 だとすると、あの勘違い使用人の計画に乗ってきたのは、私の身柄を押さえることで西部の復興に介入しようとでも考えたのかな?

 イマイチ実感はないけれど、侯爵家としては私を第三王子の婚約者候補にしようとしていたみたいだし。



「次に、フェリシアさんについてです」


 しばらく物思いにふけっていたものの、ティナさんから聞こえたその言葉で意識を目の前の話し合いへと戻す。

 さすがに自分自身のことに関して聞き逃すわけにはいかない。


「フェリシアさんについては、ラビウス侯爵家での受け入れ態勢が整い次第、侯爵家から迎えの人間がやって来るとのことです。

 それまでは、引き続きこの町や屋敷で過ごしてもらうようにと伝えられています」


「ん?

 第三王子の婚約者候補とか言っていたのに、また1人で放置するつもりなの?」


「いえ、今回はちゃんと侯爵家からフェリシアさんのお世話をするための使用人がやってくるそうです。

 ですが、領都からこの町まで移動するのに2、3日はかかることになるので、その期間はギルドでフェリシアさんを保護しておいて欲しいそうですが」


 リリーさんの質問にティナさんが答える。

 どうやら、さすがに今回は屋敷に1人で放置ということにはならないらしい。

 というか、ギルドで保護というのは、もしかしてギルドで監視されるということなのだろうか。


「ちなみに、この件に関しては、侯爵家からケルヴィンさん、リリーさんに対してフェリシアさんの護衛依頼が出されています。

 領都にいるデニスさんからも出来れば引き受けて欲しいとの伝言がありましたが、どうされますか?

 もし断わられる場合は、ギルドから別の冒険者に護衛依頼を出すことになりますが」


「デニスからも言われているのか。

 だったら、なおさら引き受けたいとは思うが、期間はいつまでになるんだ?

 あいつらと合流して西部の復興協力に向かう必要もあるし、いつまでも嬢ちゃんに付いているわけにはいかないぞ」


「侯爵家からは1、2週間程度だと聞いています。

 長くても1ヶ月以内には終わらせるつもりだと。

 今回の件で、あの使用人以外にも横領などの罪に手を染めた人間が見つかっているらしく、屋敷から一掃したいみたいですね。

 加えて、この機会に例の第四夫人も王家に送り返すそうで、その関係で若干遅くなるかもということらしいです」


「あぁ、ついでにあの訳アリの元王女様を排除するつもりなのか。

 だったら、確かに嬢ちゃんはこの町にいたほうが良さそうではあるな。

 さすがに今回のこともあるし、護衛はつけるべきだろうが」


 どうやら、ラビウス侯爵は私と入れ替わりで領都の屋敷にやって来た元王女様を追い出したいらしい。

 まだ半年くらいしか経っていないはずだけれど、そんなに厄介な存在だったのか。

 いや、単にこの機に乗じてということなのかな?

 そもそもあの王女様を受け入れることになったのは、侯爵が不在の間に外堀を埋められて無理やりにという形だったと聞いた気がするし。


「そういう事情なのですが、フェリシアさんの護衛依頼についてどうされますか?」


「まあ、そういうことなら受けるさ。

 リリーも構わないだろう?」


「ええ、問題ないわ。

 西部に早く入ったところで、ろくに拠点も整備されていないでしょうし、落ち着いたころに入るくらいが丁度いいでしょうしね」


「なら、決まりだな。

 そういうわけで、しばらくよろしくな、嬢ちゃん」


「え、えーっと、よろしくお願いします?」


 気付けば、私が口を挟む間もなくケルヴィンさんたちに護衛されることが決まっていた。

 いやまあ、人選に関しては特に文句はないのだけれど、どう考えても侯爵家から逃げるのは不可能になったよね。


「あぁ、もし侯爵家から逃げるなら私たちが護衛依頼を終えてからにしてね。

 別に依頼の失敗くらいはそこまで気にしないけど、さすがにこの後西部の復興協力に向かうのに、逃げられましたは気まずいから」


「あー、確かに侯爵家から逃げ出すという話もしていたな。

 そうだな、俺からもそう願うよ。

 逃げ出すなら、終わってからにしてくれ」


「いや、お前らそんな話を俺の前でするなよ……」


 一瞬とはいえ、逃げ出すことを考えたことがリリーさんに気付かれたのか、そんな風にからかわれてしまう。

 それに乗ってきたケルヴィンさんはともかく、目の前でギルド的に気まずいやり取りをされたギルドマスターは微妙な顔だ。



 正直、状況に流されているような気がするけれど、さすがに今の状況で侯爵家から簡単に逃げ切れるとも思えない。

 ケルヴィンさんたちであれば、逃げ出すことを見逃してくれるかもしれないけれど、彼らに迷惑をかけてまで侯爵家から逃げることにこだわるべきなのかもわからないし。


 とりあえず、2、3日後には侯爵家の人間が来るみたいだし、そこで向こうの様子を聞いてから判断することにしましょう。

 それに、もしかしたら父である侯爵相手に交渉することも可能かもしれないしね。

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