閑話 逃走の発覚
魔の森のそばにある廃村、そこに1台の馬車と2頭の馬が走りこんでくる。
「ようやく休めるのか。
さすがに、夜に何時間も馬車を走らせ続けるのは堪える」
御者役の男が馬車を止め、伸びをするように腕を伸ばしながらこぼす。
「まったくだな。
だが、これで一仕事終えたわけだし、後は金さえもらえばしばらくゆっくりすることが出来るはずだ」
「まあ、貴族の娘を誘拐しろと依頼されたときは面倒だと思ったが、終わってみればそこまで大した仕事でもなかったな」
警戒役の男たちも口々にそんなことを言いながら合流し、廃村の中でもひと際大きな家へと向かっていく。
「ご苦労だったな」
彼らが家の前にたどり着くと、その中からラビウス侯爵家で働くオリヴィア付きの使用人――オーウェンが姿を現した。
「さっそくだが、アレを持ってきてくれ」
犯人たちの前に立ったオーウェンが告げる。
彼の後ろには恰幅の良い商人のような男とその護衛らしき男が2人立っていた。
「あいよ」
そう答え、警戒役だった男が馬車の荷台へと入っていく。
「予定よりも遅い時間ですが、どうやら無事に商品を受け取れるみたいですね」
「ええ、もちろんです。
たかが平民のガキ1人、荒事になれた冒険者たちの手にかかればどうということはないでしょう」
商人の言葉にオーウェンが自慢げに返す。
それを見て商人の後ろに立つ護衛たちが蔑むような視線を向けるが、彼は気づかない。
だが、彼のそんな態度も馬車から聞こえてきた声によって崩れ去ることになる。
「おいっ、ガキがいねぇぞ!」
その声が聞こえた瞬間、商人の鋭い視線がオーウェンを射抜く。
「おや、ガキ1人くらいどうということはないのではなかったのですか?」
「えっ、いやこれは……。
おいっ、どういうことだ」
商人の問い掛けに、オーウェンはしどろもどろになり、近くにいた御者役を問い詰める。
「いや、待ってくれ。
確かにガキは馬車に積んでいたはずだ。
あんたから受け取った手枷もつけていたし、猿轡までして麻袋に入れていたんだ。
逃げられるはずねえよ」
「だが現に逃げられているんだろうがっ!!」
御者役の言い訳に対し、オーウェンが大声で詰め寄る。
そこに商人の声が割り入った。
「おやおや、もしやお貸しした手枷まで失くしてしまわれたのでしょうか。
商品が届かなかっただけであればともかく、それはさすがに私どもも見過ごすことは出来ないのですが?」
その声にオーウェンの動きが止まる。
彼としても商人の機嫌を損ねるわけにはいかない。
彼は身分至上主義のきらいがあるため、子爵家の三男という立場である自分の方が、誘拐を依頼した冒険者たちやフェリシアよりも上位の存在だと信じている。
だが、そんな彼をしても、帝国の強い影響下にある商会で相応の立場にある商人に対しては下手に出ざるを得ない。
内心で平民出身の商人風情と見下していたとしても、たかが子爵家出身というだけの使用人がどうこうできる相手ではないとわかっているのだ。
まあ、フェリシアを売り飛ばすために、ラビウス侯爵家でも簡単に手を出すことが出来ない相手を選んでいる以上、当たり前の話ではあるのだが。
「それで、どうなのでしょう?
失くなったのは商品だけですか?それともお貸しした手枷も一緒に失くなったのですか?」
「おっ、おい、どうなんだ?
手枷は残されているのか?」
商人の言葉に、オーウェンが慌てて馬車へと駆け寄り問い掛ける。
「……いや、麻袋には代わりに詰め込まれていた小麦の袋しか残っていなかった。
あと、積んでいたはずのマジックバッグも消えている」
「なっ!?」
「ふむ。
さすがにこれでは、単に商談に失敗したとして皆さんとお別れするわけにはいきませんね」
「い、いや、待ってくれ!
手枷を回収すれば問題ないんだろう?」
「ええ、もちろんです。
なんでしたら商品も回収できた場合、それもお約束どおり買い取りましょう。
ですが、私どもとしてもあまりゴタゴタに巻き込まれたくはありませんから、いつまでもお待ちすることは出来ませんよ。
貴方がラビウス侯爵家を裏切ったことは既にバレているのでしょう?」
「いや、まだバレていない。
今回の件も侯爵家にはガキを迎えに行くとしか伝えていないからな」
「そうですか。
ですが、どちらにしても私もそこまで暇ではありませんからね。
あまり貴方にばかり付き合ってもいられないのですよ」
そう言うと、商人は後ろを振り返る。
「アイン、彼らに同行して回収のお手伝いをして下さい」
「かしこまりました」
護衛の1人がそう返し、商人は残ったもう1人の護衛とともに自らが乗ってきた馬車へと向かう。
「では、あとのことはアインに任せますので。
皆さんが無事に手枷や商品を回収できることをお祈りしていますよ」
そう告げると、馬車に乗ってその場を去っていった。
「おいっ、何か心当たりはないのかっ!」
しばらく呆然と見送っていたものの、残ったアインの視線に気付き、オーウェンが犯人たちに問い掛ける。
「いや、心当たりと言われてもな……。
途中で目覚めたことには気付いたが、麻袋の中でおとなしくしているようにしか見えなかったぞ」
「思い出せっ!
どこかで逃げ出すことが出来るような隙を見せたはずだろっ!!」
「いや、そんなことを言われてもな……」
焦りから必死になっているオーウェンとは違い、誘拐役の犯人たちの反応は鈍い。
彼らは商人がどこの誰だかわかっていないので、オーウェンほどの危機感がないのだ。
実際には、オーウェンを含め、彼らを人知れず亡き者にすることくらいは簡単に出来るだけの力を持っているのだが。
「……そういえば、途中で一度馬車から目を離したことがあったな。
倒木を退かしたときは、さすがに馬車のことを見ていなかったはずだ」
しばらく、皆で心当たりを思い出そうとしていると、警戒役を務めていた男が口を開いた。
「そういやあったな、そんなことも。
道に倒れてきた倒木をさっさと退かすことしか考えてなかったし、あのときであれば逃げ出されても気付かなかったかもしれん」
「道に倒れてきた?」
「ああ、馬車が通る直前に運悪く森の木が道に倒れてきたんだよ」
口を挟んできたアインの疑問に御者役だった男が答える。
「直前に倒れてきたのであれば、故意に倒されたのではありませんか?」
「……」
アインの言葉に誰も返すことが出来ず、彼らは木が倒れてきた場所へと戻ってフェリシアを捜索することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます