閑話 異変の発覚
「うん?」
それに最初に気づいたのは門番の1人だった。
夕暮れが迫り、暗くなり始めた中をフラフラと揺れながら町に向かってくる黒い何か。
彼はすぐさま魔物の襲撃を疑い、隣にいる同僚とともに警戒を強めた。
黒い何かが近づいてくるにつれて、その様子がはっきりわかるようになってくる。
フラフラと揺れている原因が、おそらくは怪我によるものであろうことも。
そして、さらに町までの距離が近くなったころで、いつもフェリシアの相手をしている門番が気付く。
「!?
嬢ちゃんの馬かっ!」
そう叫び、隣に立つ同僚に目配せしてから門を離れた。
そばまで近づいたことで、黒い何かがフェリシアの馬――オニキスであることがはっきりとした。
だが、その近くにフェリシアの姿はない。
そのことに疑問を抱いて足を速める。
駆け寄る門番の足音に気付き、オニキスが顔を上げる。
そして、門番の姿を認めた瞬間、崩れるように倒れた。
「おいっ、一体何があったんだ!
嬢ちゃんはどうしたっ!」
そう叫びながら近づく門番に向かってオニキスが顔を上げようとするものの上手くいかない。
そもそも門番とオニキスとでは従魔契約を結んでいないため、顔を上げたところで意思の疎通はできなかっただろうが。
「無理するなっ!
今、ポーションを使ってやる!」
側に寄ったことでオニキスがケガをしていることに気づいた門番がポーションを取り出す。
そして、オニキスの脚に刺さっていた矢を抜き、中身を振りかけた。
「……矢か。
嬢ちゃんは無事なのか?」
オニキスの様子を気にしつつ、明らかな事件の気配を感じて門番がこぼす。
だが、すぐさま頭を振って詰所へと向かい、ギルドに連絡を入れるように指示を出した。
「フェリシアさんが襲われたというのは本当なのですかっ!?」
詰所に飛び込むなり、ティナが叫ぶ。
門番がオニキスを見つけてからしばらくした後、無事に連絡が通ったらしく、ギルドからティナを先頭にした一団がやって来た。
その中には、ギルドマスターの姿と偶然居合わせたケルヴィンとリリーの姿もある。
「まだわからん。
まだわからんが、嬢ちゃんの馬が毒の塗られた矢を射られた状態でこの町までやってきたことは事実だ。
で、今日の昼に馬に乗って嬢ちゃんが町を出たのは確認できているから、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高い」
「毒の塗られた矢?
ただの矢ではなく、毒が塗られていたの?」
門番が答えた言葉に対し、後ろにいたリリーが疑問を口にする。
「ああ。
それも一般的な矢ではなく、クロスボウに使われるようなボルトが刺さっていたよ。
毒のこともあるし、サイズ的にも暗器なんかに使われるタイプに見えたな」
「その矢はあるの?」
「ああ、そっちにある」
リリーの言葉に答えるように、部屋の壁際に置かれた机を示す。
そちらに向かったリリーと入れ替わるように、今度はケルヴィンが口を開いた。
「で、嬢ちゃんの捜索は始めているのか?
もうすぐ夜になって暗くなるし、遅くなると捜索が厳しくなるぞ」
「まだ捜索は始められていない。
最悪、魔の森を捜索することになりかねない以上、ギルドの協力を求める必要があったからな」
「だったら、捜索に出す人員を決めてすぐに出るべきだろ。
ギルマス、人員をさっさと決めろっ!」
その後、ギルドマスターと門番、ケルヴィンたちで捜索に出るメンバーが決められ、フェリシアが住む屋敷へと向かうことになった。
「一応、争ったような痕跡はあったな」
フェリシアが住む屋敷の門の前でケルヴィンが口を開く。
「そうね。
でも、今の状況だからこそ怪しいと思う程度のものしか見つけられていないわ。
いくらなんでも、この程度の手がかりだけであの子の行方を探すのは厳しいのではないかしら」
「……」
それに答えるようにリリーが返し、周囲に沈黙が落ちる。
少し前にフェリシアが住む屋敷へと到着し、周囲を調べた結果を報告しあっているのが今になる。
実際にフェリシアはこの場で連れ去られたわけではあるが、ほぼ無抵抗だったので明確な痕跡などは残されていなかった。
一応、オニキスと犯人たちが争った痕跡はかすかに残っていたものの、その痕跡からは犯人たちの行方を追うことは難しい。
彼らはフェリシアを森の外の馬車まで馬で運んでいるが、このあたりにはフェリシアがオニキスに乗って出かけたときについた蹄の跡も残されている。
魔物化したオニキスと犯人たちが乗る普通の馬とであれば、詳しく確認すれば大きさなどで違いを見つけることはできるだろうが、夜の森という今の状況がそれを困難にさせていた。
「どうする?
状況的にはおそらくここで何かあって嬢ちゃんがそれに巻き込まれたんだろうとは思うが、リリーが言ったように追跡するための手がかりがないぞ」
「一応、屋敷の確認が出来ればまた何か変わるのかもしれないけど、屋敷に入ることは出来ないのでしょう?」
沈黙の後、ケルヴィンが口を開き、リリーがそれに続く。
残念ながら彼らは屋敷の結界に阻まれ、その敷地内に入ることが出来ていなかった。
門に備え付けられた魔道具によって、屋敷へと来客の通知はできているはずではあるが、当然のようにそちらへの反応はない。
「屋敷の敷地内に入るためにはラビウス侯爵家が管理している魔道具を使うか、屋敷の結界に魔力を登録する必要があります。
フェリシアさん以外に屋敷の結界に魔力を登録している人は居ないはずですので、おそらくラビウス侯爵家に連絡をとって、そこから人が来るのを待つ必要があると思います。
……お2人の力でどうにか出来ませんか?」
「ギルド職員の言葉としてどうなのかはおいておくとしても、この結界を壊すのは無理よ。
さすがに侯爵家の屋敷なだけあって、かなりの強度よ。
もしかしたら溢れで出る深層奥の魔物にすら耐えられるかもしれないくらいに」
「だな。
それよりは、侯爵家にさっさと連絡するか、最近このあたりで怪しい動きを見せた奴がいなかったかを調べた方が有意義だと思うぞ。
どちらにしろ、この暗闇じゃ何の手がかりもなく捜索するのは不可能だ」
「そんな、どうにもならないというのですか……」
周囲に再び沈黙が落ち、重苦しい空気に包まれる。
フェリシアに起きたであろう異変を調べに来たものの、彼らは屋敷の前でなすすべなく立ち尽くすことになってしまった。
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