第70話 脱出(3)

「おいっ、倒れるぞ!

 馬車を止めろ!!」


 前方から警戒役の声が聞こえ、馬車がゆっくりと勢いを失っていく。



「何があった?」


 馬車が停止したところで、右後方にいた警戒役が声をかけながら御者役たちのもとへ向かっていく。


(今の内に!)


 その隙を逃さず、静かに馬車から脱出して近くの木の陰へと身を潜める。

 すぐにでも逃げ出したいところではあるけれど、念のためにその場にとどまって犯人たちの次の行動を確認しておく。



「ああ、森の木が倒れてきたんだよ」


「襲撃か?」


「いや、溢れのときにこの辺りで戦闘があったんだろう。

 そのときについた傷がもとで根本から腐って、運悪くこのタイミングで倒れてきたみたいだ」


 そう答えながら、木を確認していた警戒役の男が道に倒れた木の折れた部分をランタンの光で照らす。

 そこには、魔法や魔物につけられたと思しき傷があり、折れた部分は腐ったようにボロボロになっていた。


「はあ、面倒だな。

 木をどけるのか?それとも迂回するのか?」


「大したサイズの木でもないし、どけよう。

 3人がかりならすぐに終わるだろう。

 おいっ、小娘はおとなしくしているか?」


「ああ、麻袋の中でおとなしくしているよ。

 途中で目覚めたみたいで一時は暴れていたが、無駄な抵抗だと諦めたのか、今はおとなしいもんだ」


「なら、さっさと木をどかすぞ。

 お前も手伝え!」


「へいへい、わかったよ」


 そんな言葉と共に御者役も警戒役たちのもとへと向かい、道に倒れこんだ木をどける作業に加わる。

 その後、無事に木を片付け終えた犯人たちは馬車や馬へと戻り、道の先へと走り去っていった。






「ひとまず、上手くいったみたいね」


 馬車や馬の姿が見えなくなったところで、木の陰から出てきてつぶやく。


 もう既にわかっているだろうけれど、ボロボロになっていた木を道側に倒れるようにしたのは私だ。

 あの最後に未練たらしく全力で魔法をかけたときにこの場所を見つけ、どうにか馬車が通るタイミングで木が倒れるように魔法で細工した。


 正直、最初にこの場所を見つけたときは、どういう場所なのかよく分かっていなかった。

 道のそばに妙に木がまばらになっている場所がある、くらいにしか思わなかったから。


 けれど、馬車から強引に逃げ出すことを考えるくらいには追い込まれていたので、この妙な場所を詳しく調べることにした。

 ここ以外に目ぼしい場所がなかったから、本当に藁にもすがる思いだったね。

 結果、おそらくは溢れのときの戦闘で荒らされた場所なのだろうことがわかった。

 森の中に、見回りの兵たちによって片付けられたのであろう倒木も並べられていたから。


 そこからは時間との勝負だった。

 全力で調べる範囲を広げていたからある程度の距離はあったのだけれど、馬車で移動していることを考えるとそこまで余裕がある訳でもなかったから。

 なので、急いで道沿いに生えている木を調べて、倒すことが出来そうなものがないかと調べていった。


 けれど、2、3本調べたところで、倒木が森の中に並べられて片付けられている以上は、見回りの兵たちの手によって、すぐに倒れそうな木は処理されているだろうと気付いた。

 なので、今生えている木を倒すことを諦め、森の中に並べられていた倒木を馬車が通る直前に倒すことにした。


 単純に道に倒木を放り出すだけでも目的を果たせるかもしれないとは思ったのだけれど、その場合は止まることなく迂回される可能性があったから。

 とはいえ、倒木を直前に倒すのも、折れた部分が根元と合わなかったり、折れてから日が経っているのがバレてしまう可能性があったのだけれど。


 幸いなことに、犯人たちの中に木に詳しい人がいなかったのか、折れた原因が単純に腐っていたからだとされたみたいだけれどね。




「さて、いつまでもここにいるわけにはいかないよね」


 犯人たちは走り去っていったけれど、まだ完全に逃げ切ることが出来たわけではない。

 目的地である合流地点に到着したり、夜営する際に確認されれば、私が逃げたことはすぐにバレるだろうから。

 なので、再び捕らえに来るであろう犯人たちに見つかる前に安全な場所まで逃げ切らなくてはいけない。


「正直、屋敷や町に逃げ込むのが正解なのかはわからないのだけれどね」


 私のことを調べているのであれば、逃げ込むことができる場所が屋敷かあの辺境の町しかないことは既に知られているはず。

 なので、犯人側の動き次第では、屋敷や町にたどり着いたとしても、他の仲間による待ち伏せにあう可能性がある。


 それに、犯人たちの背後にいるのがラビウス侯爵家である場合、屋敷や町はある意味あちら側の手の内だと考えることも出来る。

 そう考えると、本当に屋敷や町に逃げ込んでいいものかと不安になってくる。


「とはいえ、オニキスたちのことを放っておくわけにはいかないからね」


 逃げるときに矢を射られてしまったかもしれないオニキスを放って私だけが逃げるわけにはいかない。

 それに、屋敷で待ち伏せされていた以上、スノウたちも無事でいるかはわからない。

 スノウだけであれば特に心配は要らないと思うけれど、アクアとアッシュに関してはさすがに襲われてしまうと危険だと思うし。


「とりあえず、できる限り早く屋敷へと帰ることにしましょう」


 正直、夜も遅い時間になっているし、無理な体勢で馬車に揺られていたことや慣れない魔法の隠蔽を使ったことでかなり疲れている。

 けれど、今は泣き言をいっていられるような状況ではない。


 疲れた身体に鞭打ち、馬車が走り去っていった方向とは逆に向かって移動を始めた。

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