第69話 脱出(2)
ガタンッという大きな音を立てて馬車が大きく傾く。
「おいっ、どうした!」
馬車の異変に気付いた警戒役が振り向き、大きな声で馭者役へと問いかける。
「石か何かに乗り上げたらしい。
止めて確認するか?」
「……いや、いい。
予定よりも遅れているんだ、今日中に合流地点にたどり着きたいからな」
御者役からの返答に、少し悩んでから警戒役がそう答える。
結果、馬車は何事もなかったかのように走り続けることになった。
(いやまあ、後ろ暗いことをしている最中なんだから、石に乗り上げたくらいで止まったりしないよね……)
すぐに馬車から逃げ出せるように荷台の後部で待機していたけれど、残念ながら馬車からの脱出とはならなかった。
せめて右後方にいた警戒役が前に移動してくれれば飛び出すこともできたのだけれど。
(どうしよう?
さすがに立て続けに石で止めようとするのは怪しすぎるよね?)
というか、今の反応を見る限り、よほどのことがない限りは馬車を止めてくれない気がする。
石を使う場合は、それこそ馬車が転倒するくらいのことをしないと止まらないのではないだろうか。
けれど、さすがに転倒させてまで止めたいとは思っていない。
転倒させてしまうと脱出に手間取るかもしれないし、もし脱出できたとしてもすぐに私の不在がバレてしまうだろうから。
(とはいえ、馬車をしっかりと止めてしまうような小細工だとすぐにバレると思うのよね)
さっきも考えていたように、馬車の通行を妨害するほどの障害物を魔法で作り出すのは難しい。
出来なくはないだろうけれど、不自然過ぎてバレるか、無理に魔法を発動させようとする魔力の気配でバレると思う。
(いっそ、馬車を魔法で派手に吹っ飛ばして、その隙に逃げ出す?)
合流地点と言っていた以上、このまま目的地にたどり着いてしまうと犯人側の人数が増えることになってしまう。
それを考えると、今のうちに強引に逃げ出した方がマシかもしれない。
(でも、さっきの口ぶりだと目的地まではまだ距離がありそうではあったのよね)
それを信じるのであれば、目的地に着くまでにまだ時間があるとも考えられる。
我慢してもう少し機会をうかがうか、強引に逃げ出すか。
どちらが良い選択なのだろうか?
(……機会をうかがって、ダメだったからこそ自分で動こうと思ったのよね。
だったら、機会をうかがうのはただ時間を浪費するだけになるのではないかしら)
少し考えたところで気付く。
さっきも同じことを考えていたではないかと。
まあ、移動している以上、同じ場所というわけではないから可能性はゼロではないのだけれど。
とはいえ、ゼロではないだけで、やはり可能性は低いように思う。
(そう考えると、すぐにでも強引に逃げ出すのが正解な気がするのよね。
ただ、その場合は犯人たちの力量がわからないことが問題になってくるのだけれど)
正確には、力量というよりも魔力封じの手枷のような特別な何かが出てこないかという心配だろうか。
正直、力量に関してはオニキスを逃がすときに魔法陣で出した結界にてこずっていたことから、そこまでの実力者ではないと思っているし。
(手枷以上の何かを警戒するのであれば、犯人たちと対峙するようなマネはしたくないのよね)
そうなると、どうにかして犯人に気づかれることなくこっそりと脱出したいという考えになってしまう。
とはいえ、既に麻袋から脱出している以上、明日以降に逃げ出すという問題の先送りは出来ない。
目的地に到着するとしても、道中で夜営することになるとしても、私が拘束された状態から自由になっていることはバレてしまうだろうから。
そうなると、その時点で強制的に戦うことになるだろうし、もし捕まってしまえば二度と逃げ出す機会などなくなってしまうだろう。
(結局、魔物の襲撃があるのが一番良い気がするのよね)
魔物の襲撃があれば、犯人たちの注意はそちらに向くだろうし、馬車も一時的に止まることになるだろうから。
だというのに、こんなときに限って魔物の気配が一切見つからない。
まあ、私が魔物に遭遇したのなんて、あのクマの魔物とスノウたちくらいなのだけれど。
(……はぁ。
最後にもう一度だけ確認してみて、何もなければ強行突破してでも逃げ出すことにしましょう)
そう結論を出し、隠蔽できるギリギリまで魔力を使って前方の確認を行うことにした。
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