第68話 脱出(1)

 手枷を外した後、続けて猿轡と麻袋を収納して自由を手に入れた。

 今は、アイテムボックスから取り出した隠蔽のマントを被り、荷台の隅で周囲の様子をうかがっている。


 ちなみに、自由を手に入れた瞬間に御者台と繋がる小窓が目に入ったのでかなり焦った。

 どうにか御者役に気付かれずに済んだから良かったけれど、少し不注意が過ぎたかもしれない。

 代わりに小麦の袋を詰め込んだ麻袋を転がしておいたので、今なら御者役に確認されても問題はないと思うけれど。



(さて、どうしようかな)


 小窓を通して見える景色から、既に完全に夜といえる時間になっていることはわかっている。

 なので、できればすぐにでも逃げ出したいと思うのだけれど、そのきっかけがない。


(マジックバッグも回収できたから、いつでも逃げ出せる状態なのだけれど)


 麻袋の工作をした後、荷台の中を確認しているときに無造作に置かれたマジックバッグを見つけて回収している。

 荷台には他にも木箱が積まれていたけれど、そちらの確認はできていない。

 下手に手を出して、その様子を御者役に見咎められてもいけないから。


 そういう意味ではマジックバッグを回収したのも微妙ではあるのだけれど、こちらには今日の買出しで買い込んだ諸々が入ったままなので回収せざるを得なかった。

 一応、小窓から確認しにくい位置に置かれていたから大丈夫だとは思うのだけれど。



(いつまでも待つわけにはいかないし、諦めてこちらから動くことにしましょうか)


 荷台の隅で周囲の様子をうかがっていたけれど、しばらく経っても状況が変化することはなかった。

 なので、諦めてこちらから状況を動かすことにする。


 とはいえ、なにも強行突破して逃げ出そうと考えているわけではない。

 考えているのは、魔法を使って馬車から注意をそらすことだ。


(幸い、犯人たちは魔法使いではないみたいだしね)


 周囲の様子をうかがっている最中に、自由に使えるようになった魔力で改めて周囲を確認しなおしている。

 その結果、犯人たちがおそらく魔法使いではないだろうということがわかった。


 だからどうしたと思うかもしれないけれど、周囲の犯人が魔法使いではないということは大きい。

 何故なら、魔法使いでないのであれば魔法に対する感知能力が低いから。

 つまり、バレにくいちょっとした魔法であれば、犯人たちに気づかれずに使えるということになる。


(まあ、最初に魔法で調べたときも魔法の痕跡を隠蔽するイメージで使ってはいたんだけどね)


 一応、魔法に関しても痕跡を隠蔽するという技術がある。

 技術というより、隠蔽の魔法を重ねがけするという方が正しいかもしれないけれど。


 以前はイメージが固まっていなかったために魔法による隠蔽が上手く使えなかったけれど、隠蔽のマントを見つけたことでどうにか使えるようになった。

 なので、最初に調べたときも上手く魔法を隠蔽できていると思っていたのだけれど、単純に犯人たちの魔法感知能力が低かっただけかもしれない。

 手枷が付いた状態では魔力に余裕がなかったということもあるし。



 何にせよ、魔法による小細工ができるようになったおかげで、犯人たちに気づかれずに馬車から脱出できる可能性を高めることができる。

 最初は、魔の森にいる魔物でも引き寄せようかと思ったのだけれど、残念ながら私の魔法が届く範囲に魔物がいなかった。

 魔物である必要はないかと思って普通の動物なども探してみたけれど、そちらも見つからなかった。


(だから、馬車の前方に障害物でも出そうかと思ったのだけれどね)


 さすがに、この案は不自然すぎるのでダメだと判断した。

 巨大な岩などであれば多少は不自然さが抑えられるのかもしれないけれど、あいにくと岩を出すような魔法は訓練していないので使うのが難しい。

 しかも、いくら夜とはいえ目視で見えない距離に作り出す必要があるので、より難易度が上がってしまう。

 一応、普段から使っているアイスウォールで作り出す氷の壁であれば可能性はあるけれど、さすがに不自然すぎるので使えない。


 まあ、魔力によるゴリ押しをすれば使えないことはないだろうけれど、さすがにそういう魔法の使い方になるといくら犯人たちの感知能力が低くてもバレる気がする。


(やるのであれば馬車への小細工かな?)


 とはいえ、馬車が壊れるほどの小細工になってしまうと、修理のためにこの場で夜営するなんてことになりかねない。

 なので、考えているのは馬車の車輪の前に障害物を出して一時的に馬車を止めさせること。

 すぐ近くに石で段差を作り出すくらいであれば、慣れていなくてもどうにかなるだろうしね。


 という訳で、最後にもう一度周囲の確認をしてから行動に移すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る