閑話 第三王子の婚約者事情(2)

「お帰りなさいませ、旦那様」


 屋敷に戻ったラビウス侯爵を家令であるクラウスが迎える。


「ようやく、殿下が婚約者を据えることを認めてくれた。

 候補を検討するからお前も協力してくれ」


「かしこまりました。

 では、準備をしてから執務室へと向かいます」


 クラウスはそう答えると、ラビウス侯爵を一緒に出迎えていた侍女に任せて屋敷の奥へと向かう。

 それを見送った侯爵も、一度着替えるために自室へと向かった。




「フィリップ殿下の婚約者にはどなたをお選びになるのですか?」


 しばらく後、ラビウス侯爵の執務室で侯爵とクラウスが向かい合って座っていた。

 クラウスの手元には準備してきたのであろう資料も置かれている。


「まだ決めていない。

 殿下から面倒な条件を出されてしまったからな。

 まずは、条件を満たす候補を探さなくてはならない」


「面倒な条件でございますか……。

 もしや無理難題を押し付けられたということでしょうか?」


「無理難題か……。

 どうだろうな、条件自体は真っ当な要望ではあるからな。

 だが、殿下の婚約者として仕立てるのは手間かもしれん」


 クラウスの問いに少し悩んでから侯爵が答える。


「手間がかかる、ですか。

 具体的な条件をお聞かせいただけますか?」


「ああ、もちろんだ。

 殿下から出された婚約者の条件は、“王国西部の復興において共に並び立って貢献できる女性”とのことだ」


「……共に並び立って貢献できる女性とは、どこまでのことを求められているのでしょうか?

 まさか、共に魔物を討伐することを求められているのですか?」


 侯爵が告げた条件に対し、クラウスがありえないという表情で言葉を返す。

 貴族の娘であれば高い魔力を持つ者は少なくないが、高い魔力を持つことと戦えるということはイコールではない。

 フェリシアが日々訓練しているように、戦闘時に魔法を使うためには高い魔力を持つことよりも経験や慣れが必要になる。

 訓練なしでいきなり魔法を使って戦える者など、本物の天才か頭のネジが外れた者くらいだ。


「さすがにそういうことを求められたわけではない。

 まあ、否定もされていないがな。

 ――求められたのは、殿下と共に前線で行動すること、そして復興において何らかの貢献をすることだ。

 この貢献についてだが、社交で他所から支援を引き出すということでは殿下はお認めにならんだろう。

 物資などの支援については、私が調整するように命じられてしまったからな」


「……それは、婚約者を決めるつもりがないという殿下の意思表示なのではありませんか?」


「そんなことはわかっている。

 だが、この条件であれば婚約者を認めると仰ったことも事実だ。

 だからこそ、今からお前と候補を検討しようとしているのだ」


「……お言葉ですが、素直に復興が一段落するのをお待ちになってから婚約者を決めた方が良いのではないですか?

 殿下は復興が落ち着けば婚約者を決めると仰られていたと思うのですが」


 侯爵の言葉を聞いて、クラウスが難しい顔をする。

 社交という貢献の仕方を封じられている以上、貴族令嬢が西部で貢献できそうなことは多くない。

 先に挙げた魔物の討伐を除けば、負傷者の治療や炊き出し、拠点の整備などだろうか。


 貴族令嬢であらば、孤児院の慰問などを経験している可能性はある。

 だが、それは基本的に周囲のお膳立てがあってのことだ。

 第三王子がこの条件を口実に婚約者を拒否しようとしている以上、周囲に任せきりでは貢献していると認められないだろう。


「もちろん、どうしようもなければそうする。

 だが、復興が落ち着くまで婚約者不在というのは周囲がうるさいだろうからな。

 それを避けるためにも、せめて婚約者候補くらいは認めてもらう必要がある」


「不在のままにすると、周囲からの横槍が入ると?

 あのフィリップ殿下に対して、そのようなことをする家がありますか?」


「確かに殿下は卒業前に周囲に群がっていたバカ貴族どもを一掃した。

 だが、あれは学園に通う子どもがいた家が中心だったからな、当時学園と関わりがなかった家の中にバカな家がないとも限らんだろう。

 それに、ああいうバカは潰したと思っても気付いたらわいて出ているものだ」


「まあ、否定できませんな」


 侯爵の言葉をクラウスがため息と共に肯定する。




 第三王子であるフィリップは、その微妙な立場ゆえに周囲の人間に恵まれていたとはいえない。

 それ故に、自身を利用しようとする人間や周囲の足を引っ張ろうとする人間を嫌う。


 今回のことも、そんな面倒な人間が寄ってくることを警戒してのことであろう。

 婚約者として選ばれた相手が優秀であれば納得するのであろうが、そういう相手がいないからこそ今になって婚約者の選定という話になっているのだ。

 納得できるような婚約者が用意できないのであれば、せめて王国西部の復興の邪魔にならないように周囲を抑えていろ。

 要はそういうことを望んでいるのであろう。


 そういった調整も含めて、後見となった貴族が担うべきものではある。

 だが、今回のように面倒な条件を出している以上、フィリップは未だにラビウス侯爵のことを信頼していないのかもしれない。


 どちらにせよ、第三王子の出した条件によってラビウス侯爵はクラウスとともに頭を悩ませる日々を送ることとなった。

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