第60話 隠蔽のマントとアイテムボックスの魔法(1)

 スノウたちの従魔登録から10日ほど経った。

 あの日以来、ラビウス侯爵家からの連絡を警戒しつつ、いざというときに逃げられるように準備を進めている。

 とはいえ、正直逃げるための準備に関してはお金を貯めるくらいしか出来ることはないと思っていた。

 空間転移の魔法や身を隠す魔道具、新しい身分なんてものは、そう簡単に用意できるようなものではないからね。


 けれど、数日前に屋敷の中で見つけてしまったのだ。

 隠蔽のマントを。


 いやまあ、望んでいたとはいえ本当に見つかるとは思っていなかったから驚いたよね。

 だって、隠蔽のマントなんて相当な貴重品だよ?

 いくら侯爵家の屋敷だからって、本当にあるとは思わないよ。



「まあ、いざというときの逃走手段が出来たのは良かったのだけれどね。

 これがなければ、最悪の場合は力ずくで強引に逃げ出すなんて事態になっていたかもしれないのだから」


 日々の訓練で鍛えているとはいえ、私の力なんてたかがしれている。

 屋敷の侍女くらいであればどうにかなるだろうけれど、本職の警備兵たちを相手にできるほどではないと思う。

 一応、魔力のごり押しで強力な魔法を使えば話は別だろうけれど、街中の屋敷でそんなものを使いたいとは思わないし。


「とはいえ、隠蔽のマントがあっても、人目のないタイミングを見計らってこっそりと逃げ出すことには変わりないだろうけれどね」


 隠蔽のマントを見つけた後、オニキスやスノウたちに協力してもらって性能確認は済ませている。

 それでわかったのは、当たり前だけれど居るとわかっている状態から使っても効果は薄いということ。

 オニキスたちの目の前でマントを使った場合、マントを使いながらこっそり動いても位置がバレてしまっていた。

 隠蔽のマントは、姿を隠すだけでなく魔力や物音、匂いなんかも隠してくれるはずなのに。


 気になったので確認してみたのだけれど、何となく気配でわかったらしい。

 正直、気配イコール魔力みたいな認識だったので、魔力を隠してくれる隠蔽のマントであれば問題ないと思っていたのだけれど。


 ただ、気配でわかるとはいえ、オニキスやスノウたちのような魔物であっても、かなり注意していないと気づくことはできないというのが救いではあるかもしれない。

 離れた位置から隠蔽のマントを使ってこっそり近づいたときは、気付かれることなく近づくことが出来たから。



「後は、この隠蔽のマントをどうやって手元に置いておくかが問題だったのよね」


 隠蔽のマントはフードつきの真っ黒なマントだった。

 幸い、サイズの自動調整機能が付いていたのでブカブカな状態で使用するということにはなっていない。

 けれど、未使用時は一般的な大人サイズの状態なのでそれなりにかさばることになる。

 さすがに、隠蔽のマントを常に身にまとっておくというのは不自然過ぎるので、どうにかして常に手元に置いておく方法が必要だった。


「真っ先に考えたのは、お母様から贈って貰ったブレスレット型のアイテムボックスだったのだけれど……」


 貴族令嬢のたしなみとして、化粧品やアクセサリーなどの小物を収納するためのアクセサリー型のアイテムボックスを身につけるというものがある。

 で、私もお母様から贈って貰ったブレスレット型のアイテムボックスを持っていたのでそれを利用しようと考えた。


 けれど、所詮は小物を収納するためのものでしかなかったのでサイズ的に無理だった。

 一応、隠蔽のマントを収納すること自体はできたのだけれど、容量がほぼそれだけで埋まってしまった。

 隠蔽のマントは逃亡生活において便利ではあるけれど、それだけでどうにかなるとも思えない。

 さすがに、逃げ出した先で怪盗になるような生活はごめんだしね。


「次の候補は、無難にマジックバッグだったのだけれど、これに関しては常に手元に置いておけるかというのが不安だったのよね」


 まあ、別に常に手元にある必要はなくて、逃げ出すときに手元にあればそれで良いのだけれど。

 ただ、状況次第ではマジックバッグを回収できないかもしれないので、そこが怖いところではある。

 逃げ出すと決めたとしても、手元にマジックバッグがないのであれば、せっかくの隠蔽のマントが使えないということになるのだから。


「でも、アイテムボックスの魔法が使えるようになった今となっては関係ないことよね。

 魔法の発動を安定させる必要はあるけれど、不安に思っていた問題が解決できたわけだし」


 そう、隠蔽のマントを手元に置くための方法を考えた結果、たどり着いたのがアイテムボックスの魔法だった。

 まあ、当初から使えたら良いなぁと思ってはいたものの、正直、実現は無理だと諦めていたのだけれどね。


 ただ、現実に隠蔽のマントの持ち運びという問題が出たことで、アイテムボックスの魔法に真剣に向き合うことになった。

 その結果、見事にアイテムボックスの魔法が使えるようになったのだから、私も捨てたものではないのかもしれない。

 まあ、追い込まれて切羽詰っていたからこその火事場の馬鹿力的なものかもしれないけれど。


「やっぱり、私にはあのやり方が合っていなかったのよね。

 正直、魔法発動のために用意した媒体の内部空間を拡張するイメージといわれても……、という感じだったし」


 無事にアイテムボックスの魔法を使えるようになった訳だけれど、一応、それ以前からも魔法を習得するための訓練や研究自体は続けていた。

 まあ、屋敷の前住人が残した資料を読んで、それを試していただけだけれど。


 で、おそらくはこの屋敷に残っていた資料がダメだったのだと思う。

 正しくは、私との相性が良くなかった、かな?



 資料に書かれていたアイテムボックスの魔法は、魔法を発動させるための媒体を用意して、その媒体の内部空間を拡張するというものだった。

 おそらく、ダンジョンから産出されるアイテムボックスの魔道具やマジックバッグを再現しようというアプローチなのだと思う。


 けれど、この内部空間を拡張するというイメージが、私にはイマイチ理解できなかった。

 前世の知識が邪魔をするせいで、物体の内部空間を拡張するというイメージを明確にすることが出来なかったのだ。

 自分ではきちんとイメージしているつもりでも、どこかで疑問を感じていたのだと思う。

 結果、あやふやなイメージで魔法を発動させようとすることになってしまい、魔法が発動しなかった。


 一応、魔道具であれば、内部空間が謎に拡張されていても、そういうものだと受け入れることが出来るのだけれどね。



 そういう訳で、アイテムボックスの魔法が必要になったものの、魔法の習得に関しては手詰まりという状況だった。

 だからといって、アイテムボックスの魔法を諦めるのはあまりにも惜しい。

 ということで、アプローチの仕方を一から見直すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る