第59話 もしものための準備を考える

 その後もしばらく話をした後、ケルヴィンさんたちは夕方になる前に町へと帰っていった。


 ないとは思っていたけれど、夕食を準備しないといけなくなったらどうしようと少し心配していたので安心した。

 さすがに、お茶を用意する程度ならともかく、お客様を迎えて夕食を振る舞うような準備はしていなかったので。




「それにしても、今更になってラビウス侯爵家に呼び戻されることなんてあるのかしら?」


 夕食を食べ、落ち着いたところで1人つぶやく。

 なんとなく疑問系にしてみたけれど、ケルヴィンさんたちの話を聞く限り、呼び戻される可能性の方が高そうなのが悲しい。


「呼び戻される目的としては、やっぱり政略結婚の道具としてかしら?

 それとも、復興のためにオニキスやスノウたちを取り上げるオマケとして?」


 ケルヴィンさんたちとも話したけれど、呼び戻される目的としてはこの2つが有力だと思う。


 今の西部では、溢れの影響で激減した人材を確保するために人を集めているらしいから、集まってきた有能な人材と縁をつなぐために政略結婚を、という可能性は充分に考えられる。

 実際、何かしらの功績をあげれば領地や爵位を与えるという話もあるらしいので、そういう相手であればラビウス侯爵家としてもつながりを深めることを考えても不思議ではない。


 もう一方の復興の戦力としてオニキスやスノウたちを求めるというのは、もっとわかりやすい。

 汚染された領地を人の領域に戻すためには時間がかかるみたいだし、取り戻そうとする土地はかなり広い。

 そうなるとスノウのような強い従魔は魅力的だろうし、オニキスも伝令などで活躍すると思う。


「まあ、結局のところは実際に話を聞いてみないことには判断できないのだけれどね。

 目的がどちらであれ、どういう扱いになるかで素直に従うかどうかを判断することになるだろうし」


 政略結婚の場合は、オニキスたちと一緒にちゃんとした扱いを受けられるというのであれば受けても良いと思う。

 オニキスたちを無理やり取り上げるとか、私の自由が一切ないような扱いになるというのであれば逃げることを考える。


 オニキスやスノウたちを復興の戦力とする場合も似たようなものだ。

 契約した以上はオニキスたちを望まない状況に追いやるようなことはしたくないし、そういう条件の場合は逃げることを選ぶと思う。

 ただ、オニキスたちが望むのであれば、別れることを選んで送り出すことも考える必要があるかもしれない。

 私としては、これからもオニキスたちと一緒にいたいけれど、どういう生活になるかはわからないからね。


「問題なのは、話を聞くことを選んだ場合は逃げるのが難しくなることよね」


 おそらく、話を聞くことを選ぶのであればラビウス侯爵家へと行くことになると思う。

 そうなると、話を聞いて逃げようとした場合、まずラビウス侯爵家から逃げることが必要になる。


「それを考えると、何らかの準備をしておかないといけないのよね。

 とはいえ、ラビウス侯爵家から逃げられるような方法なんて簡単には思いつかないのだけれど」


 話を聞いた後に屋敷に帰る機会がもらえればどうにかなるのだけれど、さすがにそれを期待するのは楽観的過ぎる気がする。

 相手は侯爵家なのだから、要求に従って当然くらいに思っているだろうし。


「そうなると、可能性があるのは西部へと移動するタイミングになるのかな。

 ただ、それに関しても西部に移動するのがいつになるかがわからないのよね」


 復興の戦力として利用する場合はすぐに移動する可能性が高いけれど、政略結婚目的の場合はいつになるかわからない。

 政略結婚の相手次第だけれど、一から礼儀作法を叩き込むために領都の屋敷で教育を受ける可能性もあるし。


「あー、考えれば考えるほど、すぐに逃げ出すのが正解な気がしてきた」


 でも、その場合は身分をどうするかという問題が出てきて、最悪まともな生活を送れないということになりそうなのよね。

 まあ、身分に関しては話を聞いてから逃げても同じことだと思うけれど。




「とりあえず、できる準備をするくらいしかできることはなさそうね」


 しばらく考えてみたものの、これといった名案は浮かんでくれなかった。

 というよりも、ラビウス侯爵家の出方次第すぎるので対策の立てようがなかった。

 なので、今できることを考えて、いざというときの準備だけしておくことになると思う。


「優先するべきなのは、やっぱり金策になるのかな?

 後は、逃げるための何かと身分をどうにかする方法も必要よね。

 どうすれば良いのかまったくわからないけれど」


 正直、あまり好きな方法ではないけれど、お金を渡すことで便宜を図ってもらうというのはこの世界ではよくある手段になる。

 というわけで、逃げた後のことを考えるのであれば、ある程度まとまったお金を用意しておくというのが一番現実的な準備になると思う。

 ただまあ、私のような年齢で賄賂を渡してどうこうということが出来るのかという問題はあるけれど。


「逃げるための手段については、空間魔法の空間転移が使えれば良いのだけれどね……。

 逃げるときにオニキスやスノウたちとの合流もしやすくなるでしょうし。

 まあ、使えたら使えたで別の理由で追われることになりそうだから、使えない方が良いのかもしれないけれど」


 一応、空間魔法については以前から訓練、研究を進めていたりする。

 ただ、一切進展がないので、空間魔法を逃げるための手段として考えるのはやめたほうがいい気がする。

 空間魔法の中で比較的簡単だとされているアイテムボックスすら使えるようになっていないのだから。

 とりあえず、逃げるための手段としては姿を隠す魔道具みたいなものを探した方が良いのかもしれない。


「最後に残った身分に関しては、正直どうしようもないのよね。

 いわゆる裏社会から他人の身分を買うか、他国に行って一からやり直すくらいしか方法を思いつかないし。

 一応、人間社会から離れたサバイバル生活という手もあるけれど、そんな生活はしたくないしね」


 結局、逃げるとなると問題になるのは身分ということになりそう。

 せめて、冒険者登録が出来るくらいの年齢であれば、もう少し選択肢があったと思うのに。



「とりあえず、お金を貯めて、空間魔法の訓練をしつつ姿を隠すような魔道具を探す感じかな?

 後は、一応オニキスたちの意思も確認しておこうかな。

 オニキスはともかく、スノウたちは西部で魔物を狩る生活というのもアリだと思うかもしれないし」


 ひととおり考えたところで、改めての結論を出す。

 色々と考えたけれど、逃げるときに使えそうな魔道具を探す以外は今までと同じような生活になる気がする。

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