第58話 ケルヴィンたちとの雑談

「さて、フレッドも帰ったようだし、少し話をさせてもらってもいいかしら?」


 フレッドさんを見送り、まったりとした空気が流れ出したところでリリーさんからそう声をかけられる。

 今日の目的は果たしたので問題はないのだけれど、何の話なのだろうか?


「ええ、大丈夫ですよ。

 あまり片付いていないですが、屋敷の中に行きますか?」


「そうね、悪いけど頼めるかしら。

 そんなに長くはならないと思うけど、ゆっくりと座って話をしたいわ」


 一応、礼儀かと思って確認したところ、肯定されたので屋敷へと案内することにする。

 念のために屋敷の応接室を掃除しておいて良かった。

 今まで来客とは縁がなかったから、思った以上に埃が溜まっていたのよね。






「それで話なんだけど、さっきケルヴィンが口にしたように私たちは王国西部の旧ガルディア辺境伯領に行くことになったわ。

 あちらの復興に協力するために」


 屋敷の応接室へと案内し、お茶を用意して席に着いたところでリリーさんが口を開く。


「おう、それでなんだがな、嬢ちゃんはラビウス侯爵家から何か連絡を受けていないか?」


「ラビウス侯爵家からですか?

 特に何の連絡も受けていないですが……」


 途中から話に入ってきたケルヴィンさんの質問に、思わず“?”マークが浮かぶ。

 なぜ、ケルヴィンさんたちが西部に行くことで、私にラビウス侯爵家から連絡があるという話になるのだろう?


「そう、何の連絡もないのね。

 旧ガルディア辺境伯領の復興についてだけど、あそこの復興は第三王子が指揮することになったそうよ。

 で、その後見をラビウス侯爵家が行うことになったらしいわ」


「そうそう。

 そういう状況なんで、嬢ちゃんにも何らかの話が入っているかと思ったんだよ。

 今回の溢れに関しては、嬢ちゃんが用意してくれた薬草に随分助けられたからな」


 ああ、そういう話か。


「理由はわかりましたが、特に連絡はないですね。

 そもそも私が薬草を卸していたことをラビウス侯爵家は把握しているのですか?」


「ギルドからは特に報告していないはずですね。

 ただ、別に隠しているわけではありませんので、あちらで調べていればフェリシアさんが薬草を提供していたことはわかると思います」


 私の疑問にティナさんが答えてくれる。

 薬草不足は深刻だったみたいだけれど、流石にその提供者までは確認していないのではないだろうか。

 各ギルドの保有数くらいは確認しているかもしれないけれど。


「連絡がなかったのであれば、これから連絡があるかもね。

 旧ガルディア辺境伯領の復興に関しては大規模なものになるでしょうし、溢れの被害で向こうの人手不足は深刻だと思うから。

 そうなると、第三王子周辺だけではなく、後見のラビウス侯爵家からも人材を出すことになるでしょうから」


「でも、私はラビウス侯爵家からは縁を切られていますよ?

 それに、薬草については屋敷に生えていたものをギルドに買い取ってもらっただけなので、復興のための人材になるとも思えないのですが」


「まあ、薬草に関してはそうかもね。

 でも、あのオオカミたちを従魔にしたことを知られたら、十分に復興のための戦力として数えられると思うわよ。

 後、こんな屋敷に住んでいて完全に縁が切れたと考えるのはどうかと思うわ。

 貴族なんて利用できるものは何でも利用するものよ。

 もし関わりたくないのであれば、この屋敷を捨てることを考えるべきね」


「……」


 手切れ金代わりだと思っていたけれど、確かにこの屋敷に住んでいる限りはラビウス侯爵家と完全に縁が切れたとはいえないかもしれない。

 とはいえ、今更この屋敷から出て行くというのも辛い。


 少しずつ充実してきた野菜畑からは野菜を確保できるようになってきたし、お肉はスノウたちが森で狩ってきてくれる。

 そろそろ小麦にも手を出そうとしているし、まだ育ちきっていないけれど薬草畑という収入源もある。

 引っ越してきてすぐの頃であればともかく、ようやく理想としていた引きこもり生活に近づいてきた今のタイミングでそれはないんじゃないかなぁ。


「……仮にこの屋敷から離れるとして、スノウたちと暮らしていくことはできるのでしょうか?」


 スノウたちが戦力として見られてしまうとしても、従魔登録をして共に暮らすことを決めた以上、出来るだけ手放すようなことはしたくない。

 とはいえ、そもそも私が屋敷を離れて生活していくことはできるのだろうか?

 スノウやオニキスたち従魔は頼りになる存在ではあるけれど、生活していく上では枷ともなりうる。

 色々と自由に出来るこの屋敷だから今の生活が成り立っているのであって、屋敷を捨てて別の町に行ったときに今と同じような生活をするのは難しい気がする。


「そうですね、すでに従魔登録も済んでいますし、お金さえ用意できるのであれば町中で暮らすことも可能だとは思います。

 町の中でも外れのほうであれば、それなりに広さのある家もありますから」


「でも、今の貴女にそれは無理なんじゃない?

 まだ冒険者登録ができる年齢ではないのでしょう?」


「!?」


 失念していたけれど、そういう問題もあった。

 屋敷を出て暮らしていく場合、どういう身分を名乗るかという問題が出てきてしまう。


「確か、今の貴女はまだラビウス侯爵家の身分を名乗れているのよね?

 でも、屋敷を捨てた場合は流石にその身分を名乗ることはできないでしょうし、別の身分が必要になるわ。

 一番手っ取り早いのは冒険者という身分だけど、その登録が出来ないんじゃ厳しいんじゃない?」


「……年齢を偽ればどうにか」


「さすがにそれは無理だと思いますよ。

 いくら事情を知っているとはいえ、この町のギルドで虚偽の申告で登録を受けるわけにはいきませんし。

 他の町に行く場合は、そもそも町に入るための審査で調べられると思います」


「そこは田舎から出てきたといってどうにか……」


「すでに従魔登録が終わっている魔物を連れて、ですか?」


「……」


 ダメだ。

 屋敷を捨てて出て行った場合に、まともに生きていくための方法が思いつかない。

 真っ当じゃない方法であればどうにかなるかもしれないけれど、流石に違法なことをしてまでどうにかしたいとは思わないし。

 まあ、そもそも年齢を偽って冒険者登録しようとするのもどうなのかという話なのだけれど。


「つーか、そんなにラビウス侯爵家に戻るのが嫌とか、この屋敷に来るまではそんなに酷い生活だったのか?」


「………………あれ?

 もしかして、そこまでしてラビウス侯爵家を避ける必要はない?」


 ケルヴィンさんの言葉にハッとする。

 なぜこんなにもラビウス侯爵家を避けようとしているのだろうか?

 今の自由な生活を捨てたくないという思いはあるけれど、何が何でもラビウス侯爵家から逃げたいという程ではない気がする。

 というか、逃げようとした場合は余計に自由な生活から遠ざかるような気がするし。


 だったら、なぜ避けようとしているのだろうか?

 勝手に生きろといって捨てたにも関わらず、勝手な都合で呼び戻そうとしているから?

 まあ、確かにそれに関しては思うところがないわけではないけれど。


 とはいえ、この屋敷に来ることになったときには、侯爵家の娘として家に利用されることも覚悟していたはず。

 それを考えると、オニキスやスノウたちとの生活を続けられるのであれば、ラビウス侯爵家に戻っても構わない気がする。

 まあ、一度自由な生活を知ってしまったことで、精神的に耐えられるのかという問題が出てくるかもしれないけれど。


「よく考えてみると、別に何が何でもラビウス家に戻りたくないというわけではない気がします。

 なので、もしラビウス家から連絡が来た場合は、ひとまず話を聞いてみようかと思います」


「そう?

 まあ、貴族と敵対してもいいことはないし、戻ってもいいと思えるならそれが一番良いと思うわ。

 もしふざけたことを言ってくるのであれば、そのときに逃げ出せばいいんだし」


「そうですね。

 そもそも、まだラビウス侯爵家から連絡があるかもわからないですしね」


 リリーさんの言うとおり、連絡があったらそのときに考えることにしよう。

 まあ、そのときになっていきなり逃げるというのは難しいと思うし、もしものときのために準備くらいはしておく必要がありそうだけれど。

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