第56話 名付け
ティナさんから魔物の溢れに関する話を聞き、お昼になったところでギルドを後にした。
予定ではマリーさんのところでお昼を食べつつ溢れの話でもと思っていたのだけれど、予想以上にお客さんが多かったので諦めた。
席がないほどではなかったけれど、あの数の商人たちの中に入っていって悪目立ちするのも憚られたので。
それに、あの状況ではのんびりとおしゃべりというわけにもいかなかっただろうし。
そういうわけで、お昼を広場の屋台で済ませると、必要な買い物だけ終わらせてすぐに屋敷へと帰ることにした。
溢れ前とは別種の活気で溢れる町に長居する気にもなれなかったから。
「という訳で、名付けの時間です」
屋敷に戻り、一息ついたところでオニキスとオオカミたちを集めて宣言する。
こういうことをするとオニキスから冷たい視線が飛んでくることがあるのだけれど、今日のコレは真っ当な理由だからかそういうことはないらしい。
やや離れた位置から遠目に見守ってくれるようだ。
「ちょっ」
ただ、オニキスは良くても仔オオカミたちはダメだったらしい。
私の宣言を合図にするかのように、左右から同時に飛びつかれて押し倒されてしまった。
「ちょっ、ちょっと待って!」
押し倒した後も私の顔をなめ続ける1頭をオオカミが口で咥えて遠ざけてくれる。
ほっとしたところで、魔法で水を出して顔を洗い、続けて顔に残った水分を飛ばす。
スッキリしたところで、改めて集めた面々を見回した。
オニキスはあいかわらず離れた位置で待機、オオカミは少し離れた位置で仔オオカミの1頭を咥えている。
もう1頭の仔オオカミはそばに残ったままだったので、その頭をなでてから改めて口を開く。
「改めて言うけれど、あなたたちに名前をつけます。
落ち着いたら森に帰すつもりだったから、今までは名前をつけてなかったけれど、これからも一緒にいるのであれば必要になるからね」
そう口に出したものの、そこで気付いた。
「あれっ?
何となく、望めば残ってくれると思っていたけれど、もしかしてあなたたちは森に帰りたかったりする?」
最近の仔オオカミの様子や特に帰るそぶりを見せないオオカミの様子から残ってくれるものだと思っていたけれど、よくよく考えてみるときちんと確認をしていない気がする。
実はそこまで長居する気はなかったとかないよね?
そんなことを考えながらオオカミを見つめると、咥えていた仔オオカミを開放した。
そのまま仔オオカミとともにこちらへと近寄り、私の顔をなめる。
「えっと、これからも一緒にいてくれるということでいいのかな?」
そうたずねると、オオカミたちが口をそろえてウォンと応えてくれた。
「では、気を取り直して名付けを行いたいと思います。
……そういえば、この子たちの安全のために従魔契約も結びたいのだけれど、大丈夫?」
名前をつける前に、もうひとつ忘れていたことをオオカミにたずねる。
一緒にいてくれるのであれば大丈夫だと思うけれど、念のためだ。
予想通り問題ないみたいなので、そのまま名付けへと移ることにする。
「じゃあ、お母さんであるあなたからね」
そう言ってオオカミへと目を向ける。
一応、オオカミたちのことは、ティナさんに相談した後に調べている。
それによると、オオカミたちは“グレーウルフ”という種族になるらしい。
「でも、グレーという割りにあなたの毛の色は白いのよね」
見た目的には、“グレー”ウルフというよりも“ホワイト”ウルフの方がふさわしい毛色をしている。
仔オオカミに関しては、見るからにグレーウルフというような灰色の毛色なのだけれど。
ちなみに、これについても調べていたりする。
まあ、引きこもっている期間は暇だったし、純粋に気になったからね。
で、調べた結果わかったのは、グレーウルフは成長するとその毛色が変化するということ。
魔物は進化することがあって、グレーウルフの場合はその進化先によって毛色が白か黒に変化するらしい。
なので、毛色がほぼ白くなっているこのオオカミは進化間近ということになるのだと思う。
「というわけで、あなたの名前はスノウよ!」
毛色が白くなった場合は、“スノーウルフ”という種族になるらしいので。
種族名そのままなのもどうかと思ったけれど、他に思いつかなかったのだから仕方ない。
私にネーミングセンスはないのだから。
幸い、オオカミ自身は不満に思うことなく受け入れてくれたので問題ないと思うことにする。
「じゃあ、次だね」
そう言ったところで、オオカミ――スノウの隣でおとなしくしていた仔オオカミが私に飛びついてきた。
どうやら次に名前をつけてほしいらしい。
チラッともう一頭も確認してみるけれど、特に不満というわけでもなさそうなので、そのままこの子に名前をつけることにする。
「じゃあ、君の名前はアッシュよ」
種族名そのままシリーズ第二弾です。
……いや、本当に私にネーミングセンスは期待しないでほしい。
ただまあ、こちらも満足しているようだから構わないでしょう。
この子が進化したらどうするのかという問題はあるけれど、“アッシュ”であればどうにか耐えている気がしないでもないし。
ちなみに、アッシュは男の子になる。
「じゃあ、最後になったけれど、次はあなたの番ね」
うれしそうにじゃれ付いてくるアッシュを脇にどかしつつ、最後に残った仔オオカミへと近づく。
アッシュに順番を譲ったことからあまり興味がないのかと思っていたけれど、そうでもなかったらしい。
私が近づくと、おとなしく座っているのに尻尾が盛大に振られている。
そのことに内心でほほえましく思いつつ、しゃがんで目線を合わせたところで告げる。
「あなたの名前はアクアよ」
正直、この子の名前については悩んだ。
“スノウ”、“アッシュ”に続いて候補を考えたときに思いついたのが“グレー”だったから。
女の子に“グレー”はどうなのかということで色々と悩んだ結果、最終的にお母さんであるスノウからの連想でこうなった。
今の見た目からは外れているかもしれないけれど、スノウと同じように白い毛色になればどうにかなるのではないだろうか。
毛色が黒くなった場合は、まあ諦めるとして。
「というわけで、改めてこれからもよろしくね。
スノウ、アッシュ、アクア」
スノウたちの元気のいい返事が周囲に響いた。
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