第55話 相談後の雑談(3)

「続いて、この町以外の他の場所についての話をしますね」


 お茶を飲んで一息ついたティナさんが続きを話し始める。


「ある意味当たり前かもしれませんが、今回の溢れでは中心に近い場所ほど被害が大きくなったそうです。

 王国の東端であるラビウス侯爵領は、この町以外でも基本的には問題なく防衛できたと聞いています。

 ですが、ここよりも中心に近い王国北部あたりからは徐々に被害が大きくなっているみたいです。

 王国北部に広い領地を持つブラータス侯爵領では領内への侵攻は防いだものの、人的な被害は相当なものがあったそうです。

 ただ、このブラータス侯爵領ですらまだマシで、大きな被害を受けた西部のガルディア辺境伯領では領内への魔物の侵攻を許してしまったようです」


「領内へ侵攻されると何かあるのですか?

 いえ、領内に入られると色々な被害が出て大変だというのはわかるのですが、今の言い方だとそれ以上の何かがあるような気がしたので」


 ティナさんの言葉で引っかかったところを確認してみる。

 今の言い方だと、領内への侵攻があるかないかで大きな差が出るように聞こえる。


「フェリシアさんはご存じないのですね。

 魔物の溢れで侵攻してきた魔物たちは周囲を汚染してしまうのです。

 汚染された土地は、魔の森と同じように魔物の領域となってしまうので、溢れでは魔の森の近くで侵攻を食い止めるのが基本になります」


「魔の森と同じ、ですか?」


「ええ、汚染の濃度にもよりますが、酷い場合には汚染された場所から魔物が生まれるようになることもあります。

 なので、溢れの際には領内への侵攻を防ぐことが何よりも大事になるのです。

 一度汚染されてしまうと、魔物の領域から人の領域に戻すまでに結構な期間がかかりますから」


 魔物の領域化かぁ。

 つまりは、魔の森の中で暮らすようなものなのかな?

 ……あの屋敷で暮らしているせいで、あまり深刻な問題に思えないのは私がズレているんだろうね。


「魔物の領域になった場合、その場所が魔物たちの行動範囲に含まれるようになります。

 加えて、魔素溜まりが出来た場合にはそこから魔物が生まれることがあるのです。

 魔物がやってくるようになるだけであればともかく、突然近くで魔物が生まれるというのは問題ですからね。

 冒険者であれば大丈夫かもしれませんが、自衛手段を持たない一般人の場合はその場所に住むことが難しくなってしまいます」


「……その理屈でいくと、魔の森の中にある屋敷はどうなるんでしょうか?

 今のところ、屋敷内はもちろん、敷地内でも魔物が生まれるところを見たことはないですが」


「それはおそらく結界で対処しているのだと思いますよ。

 結界内を浄化して魔物が生まれないようにする魔道具がありますから。

 流石にあのお屋敷をカバーするほどの大きさは珍しいですが、冒険者たちが野営で使うようなサイズであれば普通に出回っています」


 まあ、そういう魔道具もあるか。

 でなければ、魔の森で活動する冒険者が大変なことになるわけだし。


「それで、被害が酷かった王国西部ですが、ここには深層奥の魔物が2体現れたそうです。

 この2体のうち1体は討伐に成功したようですが、後から現れた2体目の討伐に失敗したとのことです。

 結果、領内への魔物の侵攻を許してしまい、辺境伯領の北部が魔物たちによって汚染されてしまったそうです。

 深層奥の魔物の2体目はすでに討伐されていますが、領内に入った魔物の全てを討伐できているわけではないみたいですね。

 今後は領内に入り込んだ魔物を一掃し、魔物の領域となってしまった辺境伯領の北部を取り戻すことになると思われます」


「魔物の領域を取り戻すというのは具体的に何をするのですか?

 入り込んだ魔物を討伐するだけではダメなのですよね?」


「はい、魔物を討伐するだけではダメです。

 方法としてはいくつかあるのですが、基本的にはその場所への魔物の侵入を阻止し続けることですね。

 そうすることで時間経過によって汚染を解消して人の領域に戻すことが出来ます。

 一応、汚染された場所を魔法で浄化する方法もあるみたいですが、そこまで効率の良い方法ではないので基本は時間経過を待つことになるそうです」


「魔法による浄化では効果がないのですか?」


「効果がないわけではないのですが、そこまで劇的な効果が見込めないという話みたいです。

 魔法による浄化を行うことで、確かに汚染の濃度は薄くなるのですが、完全に汚染をなくすためには何度も繰り返し浄化を行う必要があるそうですから。

 そもそも浄化の魔法を使える魔法使いは限られていますし、汚染された地域全体を魔法で浄化しきるのは不可能なんです。

 なので、拠点となる場所にだけ浄化を行い、そこを中心に周囲を魔物の侵攻から守って時間経過で汚染を解消していく形ですね」


 まあ、北部だけとはいえ辺境伯領は広いから、そんな広大な範囲を魔法で浄化しきるのは現実的ではないのかもしれない。

 1度で浄化しきれるのであればまだしも、何度も繰り返し浄化をかけないといけないのだから。


「というか、西部には深層奥の魔物が2体も出たのですね。

 正直、屋敷に引きこもっていた私には溢れの怖さが実感できていないのですが、中心近くになると危険なのですね」


「あー、それに関してはなんというか……。

 確かに溢れの中心に近かったことで魔物の数は多かったとは思います。

 ですが、深層奥の魔物が2体も現れたことに関しては、隣国から擦り付けられたのではないかと噂されていまして……」


「えっ、他国に魔物を擦り付けるなんてことをやっても大丈夫なのですか?」


「もちろん大丈夫ではありませんよ。

 平時でも忌避されることなのに、魔物の溢れの最中というのはありえない行為です。

 この噂が真実だった場合、隣国は他国の全てから何らかの制裁を受けることになるでしょうね」


 まあそうだよね。

 普通に考えて、溢れで魔物を他国に擦り付けておいてタダで済むはずがないか。


「隣国に関しては他にも良からぬ噂がありますので、おそらく溢れの事後処理が落ち着いた頃には何かしらの対応がとられると思います。

 まあ、そもそも敵対していた国ですから、表面的には特に何も変わらないかもしれませんが。

 流石に今の状況で隣国に対して戦争を仕掛けることも出来ないでしょうし」


「はぁ……」


 他にも良からぬ噂があるとか、隣国は危ない国なのかな?

 まあ、流石に国の反対側だし、私がかかわることはないだろうから、それだけは救いかな。

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