第52話 オオカミについての相談
ギルドの中に入ると、そこに予想していたような喧騒はなかった。
いつもと比べると冒険者たちの数は多いけれど、人で溢れるというような状況にはなっていない。
というか、混み合ってすらいない。
そのことを不思議に思いつつ、受付へと向かう。
「お久しぶりですね、フェリシアさん」
受付に近づいたところで目的のティナさんから声をかけられた。
「お久しぶりです、ティナさん。
相談に乗ってもらいたいことがあるのですが、少しお時間をいただけますか?」
「ええ、構いませんよ。
ご覧のとおり、丁度暇をしていたところですからね」
こちらから相談したいと言うと、ティナさんが笑顔で承諾してくれた。
ただ、本当に暇なんだろうか?
「大丈夫なのですか?
見たところ、ティナさんしか受付に居ないみたいですが」
「大丈夫ですよ。
流石に受付を空にするわけにはいきませんから、交代の人員を呼んでくる必要はありますが」
そう言って奥へと向かうティナさんを見送る。
どうやら本当に暇だったらしい。
溢れ直後なので依頼を受ける冒険者も少ないということだろうか?
いや、今は午前の中途半端な時間だし、単純に時間帯の問題なのかもしれない。
「それで相談とはなんでしょうか?
やはり、従魔契約したという魔物のことですか?」
個室へと移動し、備え付けられた応接セットに落ち着いたところでティナさんが切り出す。
「そうです。
治療するための一時的な契約のつもりだったのですが、しばらく一緒に暮らすうちに離れがたくなってしまって……。
なので、このまま従魔契約を続けても大丈夫なのかを確認しておきたくて」
「そうですか……。
私としては従魔契約は解消して森に帰したほうが良いとは思いますね」
「やはりオオカミと契約を続けるのは良くないですか?」
ある程度予想していたとはいえ、ティナさんからの契約解消すべきという回答にショックを受ける。
溢れ前の相談でも、オオカミを放置して町に避難するように勧められていたから仕方ないことかもしれないけれど。
「あまりこんな言い方はしたくないのですが、今のフェリシアさんの立場で余計なものを抱え込むのはお勧めしません。
フェリシアさんが冒険者としての立場を確立しているのであれば、私も反対することはないのですが」
まあ、ティナさんの言うことはもっともだと思う。
実際に今の私は何者でもないのだから。
一応、住んでいる屋敷は手切れ金代わりに与えられたものだと思っているけれど、それもラビウス侯爵家に確認できているわけではない。
なので、最悪、明日になっていきなり屋敷を追い出される可能性もないわけではない。
そうなったとき、私に残るのは普段身につけている装備とオニキスくらいなのではないだろうか。
もしかしたら装備やオニキスすら回収されるかもしれない。
そんな不安定な状況で新たに従魔を抱え込もうとしているのだから、まともな人であれば反対するだろう。
目の前のティナさんのように。
「とはいえ、私が従魔契約の解消を強要することは出来ませんし、その最終的な判断はフェリシアさんにしてもらうしかありません。
ギルド職員としては余計な騒動を招きかねない魔物との従魔契約は解消すべきだと思います。
ですが、個人的には森の中の屋敷にフェリシアさん1人だけというよりは、魔物とはいえ安心できる相手が一緒にいたほうが良いのではないかと思ったりもします」
自分の現状を思い出して少し落ち込んでいたけれど、続くティナさんの言葉に顔を上げる。
「……契約を続けてもいいのですか?」
「……続けていいとは言えません。
ですが、フェリシアさんが望むのであればそれを止めることもありません。
そもそも、相談されたから私の意見を述べただけで、その意見を聞いてどう判断するかはフェリシアさん次第ですからね」
「そうなんですか?
ギルドで従魔登録を拒否されたら契約を解消しないといけないと思っていました」
ギルドで従魔登録をしないと町に連れて行くことが出来ないと聞いた気がするし、その登録の判断はギルドが従魔とその契約者を見て判断すると聞いたはずなのだけれど。
「別にギルドで従魔登録していなければ従魔契約が出来ないというわけではないですよ?
単に従魔を連れて歩くために一番簡単な手続きがギルドでの従魔登録だというだけです。
今のフェリシアさんのように町から離れた場所で暮らしているのであれば、登録していなくても問題はありません。
ただ、登録していない場合は当然町の移動などに制限がかかることになりますが」
ああ、なるほど。
何となく未登録の従魔は違法なのだと思っていたけれど、町中で連れて歩くために登録が必要になるのか。
「つまり、今のように町に連れてこなければギルドでの登録も必要ないということですか。
代わりにオニキスのように町に連れてきたい場合はギルドで登録をしなければいけないという感じで」
「そういうことです。
ちなみに、フェリシアさんはギルドからの登録拒否を心配しているようでしたが、聞いている限りではその心配も要りません。
基本的にギルドで確認するのは、契約者が従魔ときちんとコミュニケーションが取れること、つまりは指示に従わせられるかどうかと従魔との契約を問題なく交わすことが出来るか、ですからね。
すでに契約済みでフェリシアさんと意思疎通できているのであれば登録を拒否されることはありません」
「……私みたいな子どもでも問題ないのですか?」
思っていたよりもガバガバな審査内容を聞いて不安になる。
もっと従魔の契約者としての格というか、何かしらの資質を問うようなものでなければいけないのでは?
「フェリシアさんのような子どもでも、です。
貴族だったり、平民でも裕福な家庭であれば幼い頃から従魔を持つこともありますから。
なので、年齢に関係なく契約できるかと指示に従わせられるかを確認するだけです。
現に、フェリシアさんはすでにバトルホースを従魔登録できているじゃないですか」
……確かに。
馬というイメージが強くて意識していなかったけれど、オニキスも括りとしては魔物になるのよね。
であれば、オニキスが良くてオオカミがダメということもないか。
「わかりました。
そういうことであれば、オオカミとの従魔契約は続けることにします。
ちなみに、その場合に注意した方が良いことはありますか?」
「そうですね……、町に連れてくるつもりがなくても、ギルドでの従魔登録はしておいた方が良いとは思います。
フェリシアさんの屋敷の近くで狩りをする冒険者は基本的にいないと思いますが、万が一がないとも限りませんし。
ただ、今の状況で町まで連れてくるのは人目を集めかねないのでお勧めできません。
なので、登録は落ち着いた頃にするのが良いと思います」
「なるほど、登録証がないと魔物として討伐される可能性があるのですね……。
そうなると親のオオカミだけではなく子どものオオカミの登録もしておきたいですね。
そちらの2頭はまだ従魔契約も交わしていないですが」
ティナさんの指摘で意識していなかったことに気付く。
忘れていたけれど、魔物であるオオカミたちは冒険者たちから獲物と思われても不思議ではない。
屋敷の周囲で冒険者の姿を見たことはないけれど、万が一がないように登録しておいた方が良い気がする。
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