閑話 魔物の溢れの余波

「ようやく溢れの事後処理がひと段落しそうだな」


「まあな。

 といっても、次は被害を受けた地域の復興作業が待っているんだけどな」


 王都にある王城の一室。

 その中で文官たちがようやく終結した溢れに関する話をしていた。


「復興か。

 被害の大きかったガルディア辺境伯領はフィリップ殿下が指揮を執るんだろう?」


「ああ。

 ガルディア辺境伯家の直系がほぼ全滅という状況だからな。

 何事もなければ、そのままフィリップ殿下がガルディア辺境伯領を引き継いで新たな公爵家を興されることになるだろうさ」


 話題となったのは、最も被害の大きかったガルディア辺境伯領の復興について。

 彼の領地は北部が壊滅し、その地を治める辺境伯一族もほぼ全滅という被害を受けた。

 このため、辺境伯に代わる西部のまとめ役として王家から第三王子であるフィリップ王子が派遣されることになっていた。


「しかし、直系がほぼ全滅とはな……。

 生き残ったのは先代当主だけなんだったか」


「そうだ。

 その先代当主も魔物から受けた傷で寝たきりという話だがな」


「それについてだが、辺境伯がやられたのは隣国から擦り付けられた魔物が原因なんだろう?

 その対応はどうなってるんだ?」


「対応ね……。

 一応、既に抗議を入れて国境を封鎖しているらしいが、あの国だからな。

 この対応でどこまで効果が出るかは疑問だ。

 まあ、今回は魔物の溢れでの擦り付けだから他国もこちらに協調するだろうし、少しは効果が出ると良いんだがな」


 答えた男が疲れたように首を振る。

 それを見て、別の男が話題を変える。


「そういえば、フィリップ殿下の後見がヴァーミリオン侯爵ではなくラビウス侯爵になったと聞いたな。

 確かヴァーミリオン侯爵家にも年頃のご令嬢はいた気がするんだが、なにかあったのか?」


「ああ、お前は聞いていないのか。

 ヴァーミリオン侯爵がまとめる南部貴族の一部が隣国にポーション類を高値で売りつけていたんだよ。

 調査した限りでは、欲に目がくらんだ馬鹿が馬鹿をやっただけみたいだが、完全にシロだと確認できたわけでもないからな。

 流石にフィリップ殿下の後見としてヴァーミリオン侯爵を選ぶことは出来なかったみたいだ」


「それはまた、なんとも」


 答えを聞いた男が微妙な顔をする。

 ヴァーミリオン侯爵としては王家とのつながりを得て、さらなる権勢を得るチャンスだったのだろうが、派閥の部下のやらかしでそれがふいになったわけだ。


「だが、ラビウス侯爵領も溢れで襲撃を受けたはずだろ。

 いくら溢れの中心から遠かったとはいえ、フィリップ殿下の後見が出来るのか?」


「まあ、あそこはほぼ被害なしで乗り切ったらしいし、後見として問題ないと判断されたんだろう。

 それに、あの家は色んなところとつながりがあって人材も豊富だしな」


「とはいえ、あそこには王妹殿下が嫁いだばかりだろ?

 王家とのつながりが強くなり過ぎるんじゃないか?」


「……あのお姫様でつながりが強くなったというのはラビウス侯爵がかわいそうだろ。

 まあ、王家に貸しを作ったと考えれば、つながりが出来たとはいえるんだろうけどよ。

 どちらにせよ、今回の件については本命のヴァーミリオン侯爵が脱落したことで他に候補がいなかったせいだと思うぞ」


 この男が言うように、後見としてラビウス侯爵家が選ばれたのは単に他に候補となる家がなかっただけだ。

 王国北部の有力な貴族家は自領やその周辺の復興のために余力がなく、南部は前述のように隣国と通じている疑いが完全に晴れたわけではないので選ぶことが出来ない。

 そうなると、候補が東部のラビウス侯爵か中央貴族家のどこかということになるのだが、中央貴族家にはガルディア辺境伯領に残る魔物を排除するための兵力を出すことが出来ない。

 まあ、中央貴族家も資金だけであれば出すことは可能なのだが、フィリップ王子が直接的な兵力を求めたため、残ったのがラビウス侯爵家だけになったということだ。


「だが、ラビウス侯爵家は王国の東の端じゃねーか。

 対極の西の端に位置するガルディア辺境伯領にまともな兵力を出せるのか?」


「それが出せるらしいぞ。

 さっきも言ったようにあそこはほとんど被害がなかったからな。

 直系はもちろん、分家筋も欠けることなく健在なんだよ。

 それに、あの家は色んなところとつながりを作りすぎて逆に人が余っている状態らしいから、むしろ働き口が増えて渡りに船らしい」


「そんなにかよ、すげーな」


 返ってきた答えに男が呆れたように言葉をこぼす。

 それを気にすることなく、答えた男は言葉を続ける。


「そういうわけでフィリップ殿下の後見にはラビウス侯爵家が就くらしい。

 なんで、そのうち殿下の婚約者もラビウス侯爵家から選ばれて発表されるだろうよ。

 まあ、そっちは復興にある程度の目途が立ってからかもしれないがな」


「復興の目途ねぇ。

 そのためには隣国とのごたごたを先に片付ける必要があるんじゃないか?

 魔物の擦り付けとポーションの件以外に、避難しようとしていた奥方たちが襲われたのも奴らの工作だと聞いたぞ」


「確かにそういう話も出ているな。

 だが、さすがに隣国とのごたごたに片をつけるのは無理だろう。

 溢れ以前から揉めていたんだから。

 そういう意味だと、自衛できるようなご令嬢が婚約者に選ばれるかもな」


「おいおい、いくらなんでも自衛を求めるのは無茶だろ。

 魔力量は充分でも、侯爵家のご令嬢じゃ自衛できるほどの訓練は受けてないだろう」


「かもな。

 まあ、その辺はフィリップ殿下なりラビウス侯爵なりが考えるだろうよ」


「他人事かよ」


「ハハハ」


 その後、休憩を終えた文官たちは仕事へと戻っていった。



 魔物の溢れによる余波は、フェリシアの知らないところでラビウス侯爵家にも影響を及ぼすことになるらしい。

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