閑話 魔物の溢れ(2)

 辺境伯が前線入りしてから3日後、ソレが魔の森から姿を見せた。


「報告!

 森より深層奥の魔物と見られる個体が現れました!!」


 それは凶報であり吉報。

 深層奥の魔物は魔の森から溢れ出す魔物の一団を率いる個体であり、桁外れの強さを誇る。

 だが、一団を率いるソレが出てきたということは、これが溢れの最後であるということでもある。

 以降も一団からはぐれた魔物たちが散発的にやってくることはあるだろうが、つまりはこれが最終決戦になるだろうということだ。



「既に耳にした者もいるだろうが、まもなく深層奥の魔物がこの砦へとやってくるとの報告があった!

 深層奥の魔物は強いっ!

 だが、これを倒せば長かった溢れも終わるっ!

 これが最後だ!最後まで倒れることなく戦い抜いてくれっ!!」


 辺境伯が防壁上から声を上げ、砦の兵たちを鼓舞する。

 それに応える兵たちの声が砦を震わせ、深層奥の魔物との決戦に向けて士気は最高潮に盛り上がっていった。



「来たか」


 砦からも視認できるようになった深層奥の魔物を見て辺境伯がつぶやく。

 現れたのは地竜と呼ばれる魔物だった。

 砦の防壁の高さにも迫ろうかという巨体に鋼鉄の剣をも弾く強靭な皮膚を持ち、その巨体にふさわしいだけの力、体力を持つ。

 さらには土の魔法も自在に操るというまごうことなき強敵である。


「まずはあいさつ代わりだ!

 魔法部隊、あのデカブツにとっておきをぶち込んでやれっ!!」


 周囲の兵にそう指示を出し、辺境伯は愛用のハルバードを手に防壁から飛び降りる。

 直後、魔法部隊の面々から強力な魔法が放たれ、地竜との決戦の火ぶたが切られた。






 戦いが始まってから数時間、長かった戦いもその終わりのときを迎えようとしていた。


「まあ、お前もよく戦ったよ」


 左の前足を失い、全身ボロボロで力なく地に伏せる地竜に向かって辺境伯が言葉をかける。

 その言葉に反応し、辺境伯を睨み付けるようにした地竜の首を辺境伯のハルバードが切り落とした。

 瞬間、歓声が響く。

 地竜との戦いで大穴が開いたり、巨大な岩が転がっていたりする戦場で兵士たちが銘々に喜びを爆発させていた。




「お見事でした、閣下」


「ああ、お前もご苦労だったな。

 もうしばらくは散発的な襲撃があるだろうが、兵たちの疲労を見ながら上手いことやってくれ」


 事後処理を兵たちに任せて砦へと戻った辺境伯を指揮官が迎える。

 国の守りの要として有数の実力を持つ辺境伯であっても地竜は強敵だった。

 討伐することはできたが、辺境伯自身も長時間の戦いにより、疲労はもちろんかなりのダメージも負っていた。

 そのため、後のことは指揮官に任せて休息をとるつもりだった。


「ほ、報告しますっ!

 西方より深層奥の魔物と見られる個体がもう1体現れました!!」


 だが、魔の森を監視していた兵からもたらされた報告により、辺境伯のその予定は中止せざるを得なくなったらしい。

 深層奥の魔物は兵たちだけで対処できる相手ではないのだから。


「……見間違いじゃないのか?

 深層奥の魔物はついさっき倒したところだぞ」


 報告を聞いて少しの間固まっていた辺境伯が兵に問いかける。


「い、いえ、私も部隊の仲間とともに何度も確認しましたが、間違いありません。

 間違いなく深層奥の魔物です!」


「深層奥の魔物が2体目だと!?

 一体なぜ?」


 隣で共に聞いていた指揮官が疑問の声を上げる。

 それはそうだろう。

 基本的に溢れの一団を率いる深層奥の魔物は1体のみ。

 溢れ全体で見れば他にも深層奥の魔物は存在するが、それらの個体は別の場所を目指すことになるので同じ場所に2体以上が現れることなどほぼありえないのだから。


「!?

 まさか、隣国がこちらに擦り付けてきたのかっ!」


 普通であればありえない考え、だが、辺境伯はほぼ間違いないだろうと感じた。


「くっ、狂信者どもめ。

 魔物の溢れで擦り付けなど、他国すべてを敵に回すつもりかっ!」


 辺境伯は原因となったであろう隣国への怒りをあらわす。

 だが、すぐさま頭を切り替えて指揮官へと指示を出す。


「さすがに深層奥の魔物との連戦は厳しい。

 最悪、この砦は使いつぶしても構わん。

 防壁を最大限に生かして戦うように指示を出せっ!」


 そう言って、辺境伯はハルバードを手に砦を飛び出していった。



 砦を飛び出した辺境伯に周囲の兵が気づいて首をかしげる。

 砦の外にいた兵たちにはまだ2体目のことが伝わっていなかったのだ。

 だが、ほどなくして指揮官から2体目の出現が伝えられる。

 予想していなかった2体目の出現に兵たちが混乱するが、指揮官がそれをどうにか抑えて2体目への対応に当たらせた。


 だが、連戦となった兵たちの動きは精彩を欠いていた。

 連戦による疲労もあったが、なまじ一度戦闘が終了してしまったために士気が下がり集中力を欠いていたのだ。




 この日、辺境伯領への魔物の流入をくい止める堤防となっていた国境砦が陥落した。

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