閑話 魔物の溢れ(1)
「報告します!
国境砦より魔物の溢れが始まったとの連絡が入りました!」
王国西部に位置するガルディア辺境伯領の領都、その領主館の執務室に砦からの緊急報告を伝える兵が飛び込んできた。
それは予定していた開始日より3日も早い溢れの始まりを告げる報告だった。
「予定よりも随分と早いな……。
追加部隊の準備はできているのか?」
報告に来た兵が退室したところで辺境伯が口を開く。
質問の相手は対面に座る騎士団長だ。
「いえ、まだです。
送り出す兵士の数は揃っていますが、前線へ補給する予定の物資が揃っていません」
「仕方ない。
不足している物資については後から送ることにして、兵たちだけでも先に送り出せ」
「わかりました。
すぐに手配します」
本来であれば目前に迫る溢れに関する確認を行う予定だったが、既に溢れが始まってしまった以上、すぐさまその対応に入らなければならない。
指示を受けた騎士団長が席を立って退室していく。
「予定よりも早い溢れに物資の不足か……。
早めに前線に出なければまずいかもしれんな」
1人になった執務室の中で辺境伯がつぶやく。
想定よりも早い溢れの始まりはその規模が想定以上である可能性が高い。
それに加えてポーション類を代表とする物資の不足という状況。
これらの状況は、辺境伯領の最高戦力である辺境伯自身が早々に前線への参戦を決意するほどに厳しい戦況を予感させた。
「報告!
領都より増援の第一陣が到着しました」
溢れが始まった翌日、魔の森に近い国境砦に領都からの増援が入ったとの報告が入る。
「なにっ、本当か!?
ならばすぐに動ける部隊から防衛に組み込んでいけ!」
その報告を聞いた前線の指揮官が無茶を承知で指示を出す。
昨日の今日で増援がやってきたのだから、おそらく増援部隊は道中で夜を明かして駆けてきたのだろう。
本来であれば十分な休息をとらせるべきではあるが、状況がそれを許さなかった。
「魔物を相手にするのは落ち着いた明日からで構わんっ!
今は外に転がりっぱなしになっている魔物の死体を片付けさせろっ!」
前線における問題点。
それは単純にやってくる魔物の数に対して人の数が足りていないということ。
単純な防衛戦力という意味では、まだまだやってくる魔物が弱いために余裕があった。
ただ、倒した魔物を片付けるための人手がまるで足りていなかったのだ。
「ひとまず、魔物の死体の問題はどうにかなりそうだが……。
まだまだ厳しい状況が続きそうだな」
増援部隊が運んできた物資のリストを確認し、指揮官がひとりごちた。
溢れの開始から4日目。
森からやってくる魔物は浅瀬の弱い魔物から中層より奥の強い魔物へと変わり、防衛拠点も急造の防御陣地から堅牢な防壁を持つ国境砦へと移り変わっていた。
「戦況は?」
その夜、ついに国境砦へとやってきた辺境伯が国境砦の指揮官に確認する。
「はっ。
徐々に魔物の強さが上がってきていますが、今のところ防衛に問題はありません。
しかし、ポーション類の数が心許ないため、長期戦になると厳しいと言わざるを得ません」
「そうか……。
すまんが、これ以降のポーション類の補給は難しいと思ってくれ。
それを踏まえて、どれくらい持ちこたえられる?」
「これまでと同じように魔物が強くなっていくのであれば、3日程度が限界かと……。
魔物の強さが変わらないのであれば1週間は持ちこたえてみせるのですが」
辺境伯も手ぶらで前線へとやってきたわけではない。
だが、ポーション類の不足は各地で発生しており、お世辞にも十分な量を確保できたとは言えなかった。
結果、指揮官から返ってきたのは3日程度という、1週間以上は続くであろう溢れの期間から考えると心許ない答えだった。
「明日からは私も前線に立つ。
できる限り長く持ちこたえられるように調整してくれ」
辺境伯はそう言って指揮官の肩を叩き、前線の確認をするために部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます