第47話 オオカミの治療と従魔契約

「まあ、そんなに甘くないよね……」


 治癒魔法を試してみたけれど、見事に失敗に終わった。

 最近はオニキスに試して成功することもあったから、少しは期待していたのだけれど。


「さすがに、森の中で野宿するハメになるのは勘弁してほしいのよね。

 だから、どうにかして屋敷まで連れていってあげたいのだけれど……」


 そう思うものの、良さそうな案が思いつかない。

 周りに転がる木々を見て、ソリを作ればいいのではないかと思ったけれど、よくよく考えてみると、オオカミの巨体が通れるような道があるわけではないので厳しそうだ。

 木々を避けるために遠回りしたりすることを考えると、ハナからオオカミを背負っていった方がよさそうな気がする。

 そもそも、ソリを使う場合は、まずソリを作るところから始めないといけないしね。


「こうなると、覚悟を決めてオオカミを背負っていくしかないのかなぁ。

 背負うことはできるだろうけれど、どう考えてもバランスが悪くて時間がかかりそうなのよね」


 というか、改めて考えてみると、背負う場合もオオカミの下半身を引きずることになってしまう気がする。


「あれ?

 もしかして、結局ソリ的なものは必要になる?」


 いっそ、オニキスを呼んで台車でオオカミを運んでもらうべき?

 いや、そもそも屋敷にオオカミを乗せられるような台車がないか。


「……あっ、もしかして、従魔契約を結べばこの子にも治癒魔法が効く可能性がある?」


 オニキスで思い出したけれど、従魔契約を結ぶことで治癒魔法が効くようになるかもしれない。

 根拠が、最近になってオニキスに対して治癒魔法が効くようになったことだけではあるけれど。

 ただ、他者に作用させる魔法の難易度が高くなる理由が、魔力を相手に合わせて変質させる必要があることだから、可能性はそこそこありそうな気がする。

 正直、上手くいくかどうかは賭けになるけれど、可能性があるなら試してみてもいいかもしれない。



「私と従魔契約を交わすと治癒魔法が効くようになる可能性があるけれど、どうする?」


 横たわるオオカミに対して問いかける。

 まあ、私が試したいと思っていても、オオカミ側に拒否されたらどうしようもないからね。

 後、仮に契約を交わして治癒魔法が効かなかった場合、オオカミを背負って帰らないといけない上にギルドに報告する問題が増えてしまうけれど。


「……そう、受け入れてくれるのね」


 オオカミが拒否するのであれば諦めようと思っていたけれど、こちらの目を真っすぐに見てうなずいてくれたので覚悟を決める。

 どうせ、この時期に魔の森に入って魔物同士の戦いに介入したことで怒られるのだから、ちょっとした問題が1つ増えるくらいはどうということはないだろう。

 若干、やけくそになっているような気もするけれど、気にしないことにしよう。


「私が魔力を流すから、それを受け入れてね。

 それが終わったら合図するから、今度はそちらから私に対して魔力を流して。

 流す魔力は私が流したのと同じくらいでお願い」


 オオカミの目を見て手順を説明する。

 オニキスと従魔契約を交わしたときは、ギルドから支給された魔法陣で行った。

 けれど、この場にそのときに利用した魔法陣は存在しないので、魔法で従魔契約を交わす必要がある。


 幸いなことに、オニキスと契約をした後に従魔契約の魔法について確認していたので契約するための手順は把握できている。

 まあ、相手との意思疎通が難しい場合はここまで簡単な方法ではできないのだけれど。



「じゃあ、始めるね」


 そう告げて、オオカミの身体に両手を添える。

 一呼吸置き、目を瞑って意識を集中する。

 やることは難しくない。

 従魔契約でお互いの繋がりを作るという意識を持って相手に魔力を流すだけだ。

 今回は相手がすでに同意しているし、面倒な条件付けなどもない。

 治癒魔法が効きやすくなるように魔力の繋がりを作ることを目的に契約するだけなのだから。


 ゆっくりとオオカミへと魔力を流し始める。

 一瞬の抵抗の後、魔力がスムーズに流れるようになった。

 無事にオオカミが魔力を受け入れてくれたことに安堵しつつ、魔力を流し続ける。


 しばらく魔力を流し続けていると、オオカミの魔力とつながった感覚を得ることができた。

 これでこちらからのアプローチは成功だ。

 後はオオカミからの魔力を受け入れれば契約が完了する。


「こちらから魔力を流すのは終わったわ。

 次は貴方からお願い」


 オオカミから手を離し、魔力を流しやすいように両手を差し出して告げる。

 すると、オオカミが前足を両手に乗せ、そこから魔力を流し込んできた。


 注文通りにこちらが流し込んだものと同じくらいの魔力量であったことに安心して、流し込まれてくる魔力を受け入れる。

 オオカミからの魔力を私自身の魔力と結びつけるように導いていき、ほどなくしてオオカミとの魔力的なつながりが確立したことを認識した。


「成功したわ。

 もう魔力を止めて大丈夫よ」


 私の言葉を聞き、オオカミが魔力を流すのをやめて前足を下ろす。


 うん、オオカミに触れていなくてもオオカミの魔力を感じることができる。

 問題なく従魔契約が成功したみたいだ。



「従魔契約が問題なく成功したみたいだから、本番の治癒魔法に移ろうかと思うのだけれど、何か異常とかは感じない?」


 見た目からは特に異常は感じられないけれど、念のためにオオカミに確認しておく。


「そう、じゃあ試してみるね」


 オオカミから問題ないとの回答を得て、治癒魔法の行使へと移る。


 オオカミに両手を当て、魔力を練り上げる。

 体内に感じるオオカミの魔力に合わせて魔力を変質させ、オオカミへと流し込んでいく。

 そして、その魔力をゆっくりとオオカミの身体全体へと行き渡らせる。


 先ほど治癒魔法を試したときは、この段階で魔力が弾かれて失敗してしまった。

 けれど、今回は不安定さを感じつつも弾かれることなく魔力が流れている。


 このまま行けば成功するかもしれない。

 そんな期待をしつつ、失敗しないように慎重に魔力操作を続ける。


 しばらくして、オオカミの身体全体へと魔力を行き渡らせることができた。

 オニキスの何倍もの大きさなので時間がかかってしまった。

 揺らぐ魔力に不安を覚えつつ、治癒魔法を実行するためのイメージを固める。

 今のオオカミに必要なのは、全体的な肉体の回復だろうか。

 そんなイメージとともに発動の魔力を流し、魔法を発動させた。


「ヒール!」


 瞬間、体内で練り上げていた魔力が一気に持っていかれる。

 どうやらイメージに対して魔力が不十分だったらしい。

 けれど、ただ魔力が霧散したわけではなく、魔法として発現した感覚があった。


「どう?少しは回復した?」


 集中するために閉じていた目を開いてオオカミに確認する。

 外見からは変化が見られないので、オオカミの反応待ちだ。


 オオカミがポーションで回復した後と同じように足に力を込めて立ち上がる。


「おぉっ」


 一瞬ふらついたものの、今度は倒れ込むことなく4本の足でしっかりと立っている。

 どうやら治癒魔法が成功したようだ。

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