第45話 決着

 ゆっくりと近づいていたクマが威嚇するように咆哮を上げる。

 直後、足を速めて一気に距離を詰めてきた。


「止まって!」


 結界の魔法陣を持った左手を前に突き出して魔力を流す。

 すぐさま透明な結界が張られ、そこに突撃してきたクマが衝突した。

 結構な速度でクマの巨体がぶつかったことで大きな衝突音があたりに響く。

 けれど、意外なことに現れた結界はまだそこに残ったままだった。


「あれなら耐えられるんだね」


 魔法陣を起動後、すぐさま後ろへと飛び下がり、木の陰に隠れるように距離を取りながらそのことを確認して安堵する。

 とはいえ、残った結界は直後に加えられた前足の一振りで破壊されたので過信は禁物だろうけれど。


 立ち並ぶ木々を盾にしてクマから逃げる。

 木々のおかげでクマに距離を詰められることはないけれど、このまま逃げ続けても決め手に欠ける。

 ボール系の魔法で倒せるのであれば、先ほど考えていた閃光の魔法陣を使って隙を作り出すことでどうにかなるとは思うのだけれど、オオカミとの戦いを見る限り、数十発は叩き込まないと倒せないくらいにはタフに見える。

 なので、目つぶしを起点にしてさらに動きを止めるための何かが必要になると思う。


「落とし穴の魔法陣も作っておけば良かったかな……」


 魔法陣の改造が面倒だからと基本のまま使える物しか用意しなかったことが悔やまれる。

 一応、魔法は魔力とイメージ次第で発動させることができるから、自力で落とし穴の魔法を使うことも出来なくはないかもしれない。

 けれど、さすがに命のかかった状況でぶっつけ本番というのはキツイ。

 というか、あのクマ相手に有効な落とし穴のイメージを瞬時に固めるのは無理な気がする。

 おそらく、クマを前にしてまともに使える魔法は訓練していた魔法だけだと思う。

 それ以外の魔法は瞬時に発動できるほどのイメージが固まっていないから。


「やっぱり、魔法陣か訓練した魔法だけでどうにかするしかないのかな」


 まともに動きを止めることができるとすれば、アイスボールによる氷漬けくらいだろうか。

 初めて実験したときのように魔力を調節せずに放てば、あのクマといえど少しの時間くらいは氷漬けにすることができるかもしれない。

 それを重ねがけするように何十発も叩き込めば、あるいは倒すことができる、……かも。



 こちらを追いかけることをやめて足を止めたクマに合わせて立ち止まる。

 私に対する敵意自体は持ち続けているみたいだけれど、どうやらオオカミたちからあまり離れるつもりはないらしい。

 考えていなかったけれど、延々と追いかけてくるのであれば屋敷まで逃げてから敷地の結界を使って戦うということもできたのかもしれない。

 まあ、クマが追いかけてこない以上、その作戦は使えないのだけれど。


 こちらに背を向け、オオカミたちの方へと走り出したクマを追う。

 オオカミに対してフェイントをかけていたのを見ているので、近づき過ぎないように気を付けて追いかける。


「!?」


 木々が倒されてできた開けた場所に出る直前、急停止して振り返ったクマがこちらに向かって足元にある倒木や石を掬い上げるように投げつけてきた。


 それを見て、すぐさま目の前にあった木の陰に入って身を守る。

 身を隠した木に色んなものがぶつかる音を聞きながら脅威をやり過ごす。


 音がやんだタイミングで木の陰から向こうの様子を窺おうとすると、すぐ側にクマの姿があった。


「しまっ――」


 こちらに向かって前足が振り上げられているのを確認すると同時に、握りしめていた結界の魔法陣を発動させて後ろへと転がるように回避行動をとる。

 視界の隅で発動した結界がクマの一撃を受け止めたのを確認し、そのまま地面を転がるようにして距離を取る。

 立ち上がって駆け出すときに見えたのは、クマの2撃目が結界を破壊するところだった。


「森の奥の方に逃げれば良かった」


 木の裏に回り込まれた影響で、木々のない開けた場所に逃げてしまった。

 先ほどのように木々を盾にしたいところなのだけれど、クマがそれを阻止するように木々を縫うようにして追いかけてきている。

 木々の方に逃げ込むと回り込まれてしまうだろうし、開けた方に逃げるとそれはそれでクマの方が足が速いので追いつかれてしまう気がする。

 かといって、いつまでもこの境界を逃げ続けてどちらに逃げ込むかの駆け引きを続けるわけにもいかない。

 どう考えてもクマよりも私の方が先に体力がなくなるのだから。



 なんだかんだで、木々の中に逃げ込む逃げ込まないのフェイントだけで、ほぼ反対側まで来てしまった。

 このまま逃げ続けると、今度はオオカミたちがいる場所の近くを通ることになってしまう。


「!?」


 そう思って、オオカミのいるところを確認すると倒れているオオカミと目があった。

 あいかわらず力なく倒れたままになっているけれど、先ほどの目はとても力強い光をたたえていたように思う。

 まるで“こちらに任せろ”と訴えているかのように。


「っ」


 自身の感じた感覚について一瞬だけ逡巡し、覚悟を決める。


 先ほど見せたオオカミの目をクマが見ていたかどうかはわからない。

 けれど、いつまでもこの追いかけっこを続けるわけにはいかない以上、余裕のあるうちに決断すべきだ。


 逃走ルートを木々の境界線上からオオカミたちのいる方向へと変える。

 直後、クマも同じように木々の陰から飛び出してきた。


 一瞬で追いつかれそうになるところを、用意していた結界の魔法陣で足止めしてかわし続ける。

 1度、2度、3度と繰り返し、オオカミたちのそばを駆け抜けた瞬間、足を躓かせて倒れるように地面を転がる。

 それを見たクマがオオカミたちを無視して私へと飛びかかってきた。


「合わせてっ!」


 迫りくるクマの姿を見ながら、その奥にいるオオカミに向かって叫ぶ。

 先ほど感じた感覚が勘違いだった場合、私も無事では済まないだろう。

 けれど、何故だか大丈夫だという確信を持って動くことができた。


 ガンッという激しい音を立ててクマの一撃が目の前で止まる。

 すぐさま2撃目が振るわれ、1枚目の結界が壊れた。

 間に挟まる残りの結界越しにクマと目が合う。

 その目はオオカミとは違って濁った色をしていた。


「今よっ!」


 オオカミたちから見てクマの陰になっているであろう位置から閃光の魔法陣を発動させる。

 発動と同時にクマが悲鳴を上げた。


 転がるようにしてクマから距離を取る。

 立ち上がって身構えると、後ろから飛びかかったオオカミがクマの首筋へと噛みつくところだった。


 首筋から激しく血をまき散らしながらクマがオオカミを振り払うように激しく暴れる。

 その余波で展開していた結界が壊れるのを見つつ、魔法を用意する。


「アイスランス」


 オオカミが耐え切れずに振り払われたタイミングに合わせ、威力の高い魔法を撃ちこむ。

 一直線に飛んでいった氷の槍がクマの左肩に当たり、のけ反らせる。

 それを確認することなく、続けて2発、3発と魔法を放つ。

 胸元に連続して直撃するも、クマはそれに耐え、こちらを睨み付けて咆哮を上げた。


 前傾姿勢を取り、こちらに向かって飛びかかろうとした瞬間、横から影が飛び込んできた。


 クマの首筋へとオオカミの前足による一撃が決まる。

 先の噛み付きで深手を負っていたところへの一撃で、クマの首が半ば以上まで引き裂かれる。


 さすがにその一撃がトドメになったのか、クマはオオカミを睨み付けるようにして倒れた。

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