第44話 森の中での戦い
起き上がったオオカミを煽るように仔オオカミへと向かっていくクマ。
それを見たオオカミがすぐに駆け出して飛びかかる。
けれど、完全に行動が読まれていたオオカミの攻撃はあっさりといなされ、逆にクマのカウンターを喰らってしまう。
その後も仔オオカミへと向かうクマとそれを阻止しようとするオオカミという構図が繰り返された。
オオカミの弱点を理解したクマによって、その流れが作りあげられてしまったらしい。
2頭は、仔オオカミを狙うように近づいたり遠ざけられたりしつつ、周囲に更なる破壊をもたらしながら激しくやりあい続ける。
戦いはゆっくりと、けれど確実にクマ有利な戦況へと変化していった。
まだ完全にクマ有利となったわけではないけれど、時が経つにつれて明らかにオオカミが与えられているダメージが増えてしまっている。
オオカミも一方的にやられているわけではないけれど、クマに与えているダメージは自身が与えられているそれよりも明らかに少ない。
「……」
私はというと、その場を離れることも出来ずにその戦いを見守り続けている。
時おり、オオカミと目が合ったりもするけれど、加勢することも出来ず、かといってその場を離れることもできなかった。
けれど、そろそろ覚悟を決めなければいけないのかもしれない。
お互いにやりあうような戦いが、今ではほとんどクマから仕掛けてそれをオオカミが防ぐという状況になってしまっているのだから。
「あっ」
オオカミがよろけたタイミングでクマの一撃が首筋にまともに入ってしまった。
ただでさえ体勢を崩しかけていたところにダメージが入ったことで、オオカミは完全に隙をさらして倒れてしまう。
それを好機と見たクマが乗しかかるように覆い被さり、一気に攻勢に入った。
身体全体で押さえつけるようにして、右、左と前足を使って殴りつける。
オオカミも身をよじるようにしてかわそうとするが、押さえつけられた状態ではそれもうまくいかない。
クマの攻撃を必死に耐えるオオカミの姿を仔オオカミたちが不安げに見つめている。
その様子がクマにも見えたのか、口元をいやらしくゆがめた。
直後、オオカミへの攻撃が見せつけるようにいたぶるものに変化した。
「ひどい……」
オオカミがクマに負けそうになっていること自体は自然の摂理として仕方ないのかもしれない。
けれど、明らかにいたぶるような今の状況は見るに堪えない。
「ダメっ」
オオカミがいたぶられている様子を見ていた仔オオカミの内の1頭が耐え切れずに飛び出してしまった。
釣られたように残るもう1頭もその後を追う。
それを見たクマが、オオカミの頭に向かって思い切り前足を振り下ろした。
「うっ」
離れているはずのこの位置にまで殴られた音が届く。
ここまで耐えていたオオカミも今の一撃は致命傷になったかもしれない。
ぐったりとしたオオカミの姿を見た仔オオカミたちの足が速まる。
それを迎え撃つようにクマが立ち上がった。
「――っ」
それを見て、我慢できずに木の陰から飛び出してしまった。
クマたちまでの距離はそれなりにあるけれど、戦闘によって周囲が破壊されたことで少し走れば開けた場所まで出ることができる。
音を気にせず駆け出したことで気づかれたのか、クマが驚いたようにこちらを見る。
散々オオカミと目が合っていたというのに、今まで気づかれていなかったのかと意外に思いつつ、足を進める。
クマまでの距離はまだあるけれど、先に仔オオカミがクマの位置にまで到達してしまった。
背を向けるクマに仔オオカミが飛びかかるけれど、クマにはダメージが入っていないのか、軽く振り払うようにするだけで弾き飛ばされてしまう。
2頭目も遅れて飛びかかるけれど、今度は前足でまともに叩き返されてしまった。
「アイスアロー」
たまらず、離れた位置から魔法を放つ。
クマに向かって真っすぐに飛んでいくけれど、距離があったためか、あっさりと前足で払うようにして防がれてしまう。
その様子を見ながらも、続けて2発、3発と魔法を放つ。
全て同じように防がれてしまったけれど、仔オオカミからは注意をそらすことができた。
まともに叩かれていた2頭目のことが心配だったけれど、起き上がってもう1頭に心配されている様子が見える。
「反射的に飛び出しちゃったけれど、どうしよう」
そのことに安堵しつつも、不安が口からこぼれる。
今の攻撃でクマには敵認定されただろうし、実際にこちらをにらみつけている姿からも穏当に逃げられるとは思えない。
そうなると戦うしかないのだけれど、あのクマと戦って勝てるのだろうか?
一応、魔法陣はこまめに作成していたので結界と閃光の魔法陣を10枚ずつ持っている。
けれど、万が一の逃走用に持っていたものなので、基本的には足止めくらいにしか使えないと思う。
まあ、閃光の魔法陣は隙を作るためにも使えるかもしれないけれど、隙を作ったとしてあのクマを倒せるだけの攻撃ができるのかという問題が出てしまう。
時間をかけても良いのであれば、最大限に魔力を練り上げて威力の高い魔法を使うというのも手ではあるけれど、目つぶしでそこまで大きな隙を見せてくれるかは微妙だと思う。
クマがこちらを警戒しながらゆっくりと近づいてくる。
まだある程度の距離はあるけれど、先ほどまでの戦闘を見ている限り、最悪一瞬で距離を詰められかねないので気を抜くことはできない。
身体強化魔法へ回す魔力を増やす。
普段以上に強化すると疲労が増してしまうけれど、一度でも攻撃を喰らってしまうと終わりなので、ここは念には念を入れる。
私がすべきことは何だろうか。
クマを倒すことが出来ればそれが一番なのだけれど、そこまでの余裕があるとは思えない。
であれば、無事に逃げ切るということになるのだけれど、倒れたままのオオカミとそれに駆け寄る仔オオカミをどうするのかという問題が出てきてしまう。
そもそも、オオカミたちを見捨てるのであれば、すぐに屋敷へと戻って町に避難してしまえばよかったのだ。
それをせず、あまつさえ仔オオカミを助けに入ったのだから、今更見捨てるという選択はできない。
なので、私とオオカミたちの全員が無事に逃げることが必要になってしまう。
……明らかに瀕死そうなオオカミを連れて?
仔オオカミだけであれば、身体強化魔法のおかげで抱えて逃げることはできるかもしれない。
でも、オオカミのあの巨体は無理だ。
オオカミ単体でも無理そうなのに、仔オオカミと一緒にというのはさすがに厳しすぎる。
そうすると、オオカミは諦めて仔オオカミだけを助けることにするのか。
それはイヤだ。
けれど、現実的なことを考えるのであれば、そういう決断も必要になってしまうのかもしれない。
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