第43話 騒音の正体

 周囲を警戒しつつ、森の奥へと向かう。

 一度収まったかに見えた騒音も、移動を開始してしばらくすると再び聞こえるようになっていた。


「これって、どう考えても何かが争っている音だよね」


 騒音の発生源へ向かいながら、次第にはっきりしてきた物音に警戒を新たにする。


 おそらく、この騒音の原因は魔物なのだと思う。

 一応、野性の動物が争っているという可能性もないではないけれど、場所や時期を考えるとその可能性は低い。


「つまり、か弱い少女が魔物が争っているところに突撃するという状況になるのか……」


 まあ、いくらなんでも馬鹿正直に騒動のど真ん中に突撃するつもりはない。

 けれど、こっそりと様子を窺うつもりでも、相手に見つかって騒動に巻き込まれる可能性はゼロではない。


「はぁ、マトモに魔物と遭遇した経験もないのになぁ」


 遭遇どころか魔物を見た経験すらほとんどない。

 記憶にある唯一の経験は、領都にいたころに見せてもらった檻の中のホーンラビットくらいだ。

 だというのに、いきなり魔物の争う現場に行かなくてはいけないのだから本当についていない。




 さらにしばらく進んだところで、遠目に木が倒れる光景が見えた。

 特に大木というほどではないけれど、屋敷の周辺に生えているものよりは立派な木だ。

 それがあっさりと倒されるような現場に近寄らなければいけないという現実に、なけなしの勇気が消えてしまいそうになる。


 音を立てないように気を付けながら、慎重に足を進める。

 木の幹に隠れたり、低木の陰に隠れたりしつつ距離を詰める。


「!?」


 木の幹の陰からさらに一歩踏み出そうとしたところで、数メートル先に何かが飛んできたのが見えた。

 驚きに声を上げそうになるのを必死にこらえ、何かが飛んできた場所へと目を向ける。


「オオカミ……」


 確認したモノの正体が口からこぼれる。

 オオカミといっても、普通にイメージするような大きさではなく、明らかにおかしなサイズの個体だ。

 私の身長が小さいとはいえ、明らかに倍以上の体高はありそうなのだから、かなりのものだと思う。


 隠れて観察していると、倒れていたオオカミが起き上がって戦闘態勢を作る。

 その視線の先には、オオカミよりも巨大な真っ黒なクマの姿があった。


 やや前傾姿勢を取ったクマが、オオカミに向かって勢いよく突っ込む。

 それに対し、オオカミは素早く右側に身体をずらし、前足を使ってクマをいなす。

 前のめりに体勢を崩したクマに対してオオカミが身体ごと噛みつきに行く。

 クマもクマで素早く体勢を立て直してオオカミの牙を防ぎ、そのまま2頭が絡まりあうようになって転がっていった。



「……イヤイヤイヤ、ムリムリムリ」


 その様子を見て、静かに、それでいて素早く距離を取る。

 あれは無理だ。

 どう考えても無理。

 私ごときがどうこうできるレベルじゃない。


「えっ、というか、もしかして溢れが始まるとあのレベルの魔物が森から出てくるの?」


 今までまともに危機感を抱いていなかったけれど、ここにきて一気に危機感が爆発する。

 危機感というよりも恐怖という方が正しい気がするけれど。


「!?」


 軽くパニックになりそうになっていたけれど、奥から聞こえてきたひと際大きな戦闘音で意識が現実へと戻される。

 慌て過ぎてはダメだ。

 そもそも、ここまで来た目的は騒動の原因をどうにかすることではなく、町まで避難する際の障害になるかどうかを確認に来ただけなのだから。


「とりあえず、アレ以外に魔物がいるかどうかの確認よね」


 落ち着くためにも声に出してやることを確認する。

 聞こえてくる音から考えて、他に争いが起きているということはなさそうではあるけれど、だからといって他に魔物がいないとも限らない。

 ひとまずは、あの2頭を警戒しつつ周囲の状況を詳しく確認することにしよう。




 周囲を確認した結果、他に襲ってきそうな魔物の気配はなかった。

 けれど、魔物自体は確認することができた。


 2頭の戦闘による破壊の痕跡が特定の場所を中心に広がっていることに気づいて確認してみると、その中心にオオカミの子供であろう仔オオカミがいたのだ。

 状況から考えて、森の奥からやってきたクマが仔オオカミを狙おうとしてオオカミと争いになったのだと思う。


「騒動の原因らしきものはわかったけれど、どうしようか。

 とりあえず、危険なのはあの2頭だけみたいだから、町に避難するくらいならどうにかなりそうな気はするけれど」


 ただ、その場合は急いで行動に移さないといけない気がする。

 決着がついてからだと、町まで勝った方の魔物を引き連れて行ってしまう可能性があるし。


「あっ」


 そんなことを考えて様子を窺っていると、仔オオカミを狙うそぶりを見せたクマのフェイントに引っかかったオオカミが大きく吹き飛ばされてしまった。

 既に倒れている木を巻き込みながらオオカミが地面を転がっていく。

 大きな木の幹にぶつかって止まったけれど、起き上がったオオカミには明らかなダメージが見て取れる。


「……」


 間にクマを挟むような形でオオカミと目が合う。

 クマからは十分な距離を取っているはずだし、そこから吹き飛ばされたオオカミに至ってはかなりの距離になるはずなのに。


 目が合っていた時間は一瞬だったけれど、その目に敵意はなかったと思う。

 周囲に対して殺意や敵意を振りまいているクマとは比較にならないくらい理性的な目をしていた。

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