第41話 魔物の溢れに向けて
最終的に屋敷の環境を心配されるという事態になりつつも、とりあえず可能な範囲で薬草を売りに来るということで話がついた。
ティナさんとしては、ギルド職員として薬草を確保したいという気持ちと、私を危険な時期に町と屋敷を往復させたくないという気持ちで複雑だったみたいだけれど。
なにせ、しきりに「無理はしなくていいから」と言われたからね。
まあ、私としても無理に溢れの発生間際まで薬草を売りに来ようとは思っていない。
けれど、危険を避けるために溢れの終結まで屋敷に引きこもろうとしても、情報が一切入ってこない状況で1人きりという事態になってしまう。
さすがにそんな状況で1ヶ月、2ヶ月という期間を過ごすのは精神衛生上よろしくないと思うので、情報収集のついでに薬草を売りに来ようと思った次第だ。
まだ余裕のある今の時期だからこそ、発生時期やその終結時期がわからないのであって、溢れの発生間近になればそのあたりもある程度正確な予測が立っているはず。
であれば、その予測に基づいて屋敷に引きこもるなり、町に避難するなりすればいいのだから。
「それにしても、いつの間にか魔物になっちゃってたんだね。
古傷をかばうこともなくなって元気になったなーとは思っていたけれど、魔物になっているとは思わなかったよ」
屋敷への帰り道、のんびりとオニキスの背に揺られながら語り掛ける。
屋敷で容量のあるマジックバッグを見つけたこともあり、最初の頃のように帰り道になるとオニキスの背が荷物で満載になるということはなくなった。
というか、マジックバッグがあるので実は私が走って町まで買い出しに出かけるなんてこともできるようになっていたりする。
まあ、そこは様式美というか周囲の目もあるしということで、これまで通りオニキスと一緒に買い出しに出かけるようにしているけれど。
「にしても、魔物の溢れが確定しちゃったんだって。
そういえば、オニキスは魔物になって元気になったみたいだけれど、戦えたりするの?」
ふと気になってそんな風に問いかけてみると、オニキスはこちらに顔を向けて自信ありげにいななきの声を上げた。
戦場で怪我をして引退したと聞いていたから怖がったりするかもと思ったけれど、どうやら心配いらないらしい。
「なるほど。
じゃあ、いざというときはお願いね。
まあ、そもそも魔物と戦うような羽目にはならないようにするつもりだけれど」
正直、まだ溢れが起きるときにどうするかを決めることができていない。
安全を考えればティナさんからも言われたように町に避難するべきだと思うけれど、将来のことを考えると屋敷に引きこもってやり過ごした方が良いのでは?と思ったりもする。
まあ、屋敷に引きこもるという考えは単に意固地になっているだけな気もするので、実際には薬草を売りに来たときの状況などで判断するつもりではあるけれど。
「薬草も用意しないといけないし、しばらくは薬草の刈り取りにかかりきりになるのかなぁ。
いや、いくら薬草畑が広いからって、そこまで時間はかからないか」
以前に刈り取ったエリアに関してはどれくらいかかったんだっけ?
途中で魔素異常が発覚したりしたからイマイチ正確な時間はわからないけれど、さすがに刈り取りの時間自体は何週間もかかるようなものじゃなかったはず。
そうなると、一気に刈り取りをして倉庫に積み上げるよりも、売りに行くごとに刈り取りをする形の方が良いのかな?
「そう考えると、思ったよりも時間的な余裕ができるのかな?
なら、ギルドに売りに行ける内はまだ森での狩りもやってみる?
それとも、さすがに安全のために入るのをやめるべき?」
まあ、安全を第一に考えるのであれば、森に入らないのが正解なんだよね。
ただ、昨日も狩りのために森に入っているけれど、異変のことを忘れるくらいには普通の状態だった。
というよりも、まだ森の中で危険を感じたことがないので、イマイチ警戒心というものを持てていないというね。
さすがに、ギルドで魔の森の異変の話を聞いてすぐの頃は警戒していたけれど、それもすぐに薄れてしまったし。
「わかりやすい違和感とかがあれば、もう少し警戒心も出るんだけど」
探索していたころと違って森の奥に入らなくなったから、本当に魔物の痕跡すら見ることがない。
なので、そんな状況では警戒心を持ちようがないというのが正直なところだ。
「まあ、溢れの本番が迫ってくると、また森の様子も変わるのかな?
……それでも何の変化もなかったらどうしよう。
屋敷の周辺にあるという結界が高性能であればそういう可能性もあったりするのかな?」
残念なことに屋敷の周辺に張られているという結界に関しては、屋敷で調べてみても何の情報も出てこなかった。
まあ、ぼんやりとした情報しかないから、調べようもなかったのだけれど。
少なくとも、屋敷の図面や周辺の地図には結界の情報は書かれていなかった。
まあ、結界に関しては機密性のある情報だろうから、どこか奥深くに厳重に仕舞われているのかもしれないけれど。
「というか、状況が変化するまでは薬草の準備をするくらいしか特別なことはなさそうだね。
溢れが確定したという話を聞いたときはどうしようかと思ったけれど、イマイチ実感がないせいか危機感が出ないよ。
まあ、さすがに森に入るときはいつもより警戒するべきだと思うけれど」
我ながらこの結論はどうなのかと思うけれど、溢れの危機感を実感できていないので、なんというか他人事感が強い。
ギルドで見たティナさんの真剣な態度を思えば、もっと危機感を持ってしかるべきだと思うのに。
まあ、これから溢れの発生が近づくにつれてもう少し実感できるようになると信じるしかないかな。
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