第40話 魔物の溢れの話

「はい、これで必要な書類は全て作成できました。

 今度こそ本当に従魔登録の手続き完了です」


 従魔契約を終え、ギルド内の個室に移って必要書類の作成を行っていたのだけれど、それもたった今確認が終わった。

 オニキスの魔物化発覚により予定外のことに時間を取られてしまったけれど、これでようやく本来の目的に戻ることができる。


「手続きありがとうございました。

 続けてで申し訳ないのですが、いつも通り薬草の買い取りもお願いできますか?」


「ええ、もちろん構いませんよ。

 というより、今は溢れ対策のために薬草をできる限り集めたい状況なので、こちらからお願いしたいくらいです」


「あれ?

 もしかしなくても、魔の森の異変が魔物の溢れだと確定した感じですか?」


 いつも通りに薬草の買取依頼をお願いしたら、ティナさんの口から“溢れ”という嫌な話題が出てきてしまった。

 前回の買い出しではまだ確認中だったはずなのに、この様子では確定してしまったのかもしれない。


「フェリシアさんはまだその情報を聞いていなかったのですね。

 残念ながら、以前から確認していた魔の森の異変は魔物の溢れの前兆であると判断されました。

 現状、各地で溢れ対策のための準備が進められています」


「あー、確定したんですか……。

 ちなみに、いつごろ溢れが発生するかというのはわかっているのですか?」


 ティナさんの話しぶりで予想はついていたけれど、やはり魔物の溢れで確定らしい。

 それに関してはどうすることもできないので、気になったことを確認しておく。


「発生時期については、まだ正確な予想は立っていませんね。

 ただ、最新の情報だと溢れの中心だと予想される隣国との国境付近の森で魔物の増加が確認されたそうです。

 ですので、これから森の中での間引きを本格化させて1ヶ月、2ヶ月程度の猶予期間を確保して、ある程度の準備ができたタイミングで溢れを発生させることになると思います」


「つまり、予想だと2ヶ月後くらいですか?」


「まだ何とも言えません。

 噂だと前回の溢れよりも規模が大きくなりそうという話もありますし、こちらの思惑通りに進むかも不透明です。

 なので、順調にいけば2ヶ月後くらい、最悪の場合は1ヶ月かからない可能性もあります」


「……」


 まさか、前回の溢れよりも規模が大きいとは。

 いや、以前のケルヴィンさんたちとの話でもそんな話は出ていた気がするけれど、いやな予想が当たってしまったね。

 それにしても、溢れまで1、2ヶ月か。

 どういう風に対策すればいいんだろう?


「そういえば、溢れの中心が国境付近だという話ですけれど、どちら側なのですか?」


「ああ、それは西側の国境の方です。

 ですので、王国東部にあるラビウス侯爵領だと多少はマシになるかもしれません。

 まあ、そうは言っても魔物の溢れなので、どこまで期待できるかはわかりませんが。

 それに、魔物の規模がマシになったとしても、前回と違って十分な準備ができていないという問題があります。

 それを考えると、前回よりマシどころか、状況としては悪化しているという可能性すらありますね」


 取り合えず、溢れの中心からは離れているようだけれど、思ったよりも物資の余裕がないのかもしれない。

 さっきの薬草が欲しいという言葉も、予想以上に切迫していたりするのかな?


「薬草が必要だという話でしたけれど、そんなに厳しい状況なのですか?

 イマイチ感覚がわからないのですが、前回の溢れから20年は経っていますし、それなりに備蓄も回復して良そうですけれど」


「もちろん備蓄している物資がゼロなんていうことはないですし、ある程度の量はあります。

 ただ、これまでの周期的に、どうしても備蓄の確保が長期的なスパンで考えられていたので、前回の溢れのときに準備していた量と比較するとかなり心許ないことになっているんです」


 ああ、基本的に溢れは100年周期くらいだという話だったね。

 それを考えると、物資を補充するペースは数十年単位でゆっくりということにもなるか。

 それに、大げさではなく国が亡ぶレベルの災害なわけだから出し惜しみなんかもしないだろうし、前回の物資の残りもかなり少なかったのかもしれない。

 一応、前回の溢れは規模が小さかったという話だけれど、それも終わってからわかったことだしね。


「まあ、そういうわけですので、フェリシアさんにはぜひとも薬草を売っていただきたいのですよ。

 今は国を挙げて薬草類をかき集めたい状況ですので、買い取り単価もアップしていますよ」


「ハハハ。

 買い取り単価アップですか、それは良いですね」


 あー、ティナさんの目がマジだ。

 やはり薬草類、というかポーション類の備蓄がかなり少ないのかもしれない。

 あるいは、溢れの中心だという西部に取られているとか?


 まあ、自分が住む周囲の安全のためにも、ギルドに薬草を卸すことに問題はないのだけれど、以前まで卸していた異常成長していた薬草はなくなってしまったのよね。

 一応、自分で新しく薬草を育て始めているけれど、魔道具の設定をそのままにしているから育成サイクルが3ヶ月くらいになっているはず。

 だから、新しく育て始めた薬草が採取できるのは3ヶ月後。

 まあ、少し前に植えたから本当に3ヶ月かかる訳ではないけれど、それでも確実に2ヶ月以上はかかってしまう。


「……これは、放置していた薬草畑の奥側に手を付けるしかない?」


「ん?どうかしましたか?」


 考え事をしながら無意識に小さくこぼした言葉がティナさんに聞こえてしまったらしく、問い返されてしまった。

 ただまあ、薬草に関して売るつもりはあるのだから、そのまま伝えてしまおう。


「あぁいえ、実はこれまで売りに来ていた薬草が無くなりそうだったので、新しく薬草を育て始めることにしたんです。

 で、その収穫が3ヶ月くらいはかかるのでどうしようかな、と」


「えっ!?

 じゃあ、もしかして薬草を売ってもらうのは難しいのですか?」


「いえ、大丈夫です。

 無くなりそうなのは、以前刈り取った分だけですので。

 実は異常成長した薬草に関しては、まだ薬草畑の半分ほどしか手を付けられていなかったんです。

 なので、ちょうどいい機会ですし、残ったエリアを片付けてしまおうと思います」


「……以前も聞いた気がしますが、大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。

 ちょっと、オニキスが魔物化しただけですから」


「いや、それは大丈夫じゃないのでは?」


「アハハハ」


 とりあえず、笑ってごまかしておいた。

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