第33話 魔法の話

「さて、お肉の確保も目途が立ったことだし、先送りにしていた魔法の訓練にも手を付けましょうか」


 朝の日課を終え、地下の実験室でひとり気合を入れる。

 本来であれば、森の探索を始める前に始めるべきだったのだけれど、思いのほか魔法陣が便利だったのでついつい後回しにしてしまっていた。

 けれど、魔の森に異変が起きているという話もあるし、魔法陣以外の手段も用意しておきたい。

 魔法陣は便利ではあるけれど、想定外のケースに対応できないから。



「というわけで、まずは基本のおさらいからかな」


 そう言って、領都から持ってきた魔法の教本を開く。

 同時に太字ででかでかと書かれた1文が目に飛び込んできた。


 “魔法とは魔力を用いて己が想像を現実へ変えるものである”


 魔法を学んだことがある人間であれば、必ず一度は目にしたことがあると言われるほど有名な言葉だ。

 家庭教師のおじいさん曰く、『魔法の基本を示す言葉でありながら、この言葉1つに魔法の全てが詰まっている』らしい。


「まあ、要は魔法を使うためには魔力とイメージが重要だということよね」


 というよりも、この世界の魔法は魔力とイメージ次第という方が正しいのかもしれない。

 実際、発動させたい魔法の明確なイメージがあって、それを発動させるに足る魔力さえあれば、どんな魔法でも理論上は発動させることが可能だとされているし。


「とはいえ、本当に魔力とイメージだけという訳にもいかないのよね。

 まあ、突き詰めていけば魔力とイメージということになるのかもしれないけれど」


 そもそも人間が普段無意識に纏っている魔力だけでは、まともに魔法を発動させることができない。

 せいぜいが生活魔法と呼ばれるレベルの魔法をかろうじて発動させられるくらいだ。

 なので、魔法に必要となる余分な魔力を新たに練り上げることが必要になってくる。


「魔力を練り上げる技術と魔力を移動、放出する技術、まとめて魔力操作と呼ばれているけれど、この技術が必要になるのよね。

 というか、魔法訓練の実技は基本的にこの魔力操作を鍛えることになるのだけれど」


 ちなみに、魔法訓練の座学は発動させる魔法のイメージを明確にする訓練になる。

 魔法に必要なイメージには、発動時の光景などの漠然とした外面的なイメージと威力や範囲という設定や発動原理などの内面的なイメージの2種類がある。

 座学で訓練するのは、設定や原理などの内面的なイメージが主で、外面的なイメージについては魔法の種類についての知識を増やす程度だろうか。

 外面的なイメージを明確にするには、実際の魔法を見たり使ってりするのが1番効率が良いので、魔法訓練の実技や応用で鍛えることになる。


「座学で魔法の知識をつけてイメージを鍛え、実技で魔力操作を鍛える。

 そして、最後に応用編として実際に魔法を使う。

 魔法の訓練の流れとしては、こんな感じかな」


 パラパラと流し読みしていた教本を閉じて、訓練の流れを大雑把にまとめてみる。

 領都で行っていた魔法の訓練は広く浅くという形だったけれど、これから始める訓練は魔の森で自分の身を守るためのものだ。

 そのあたりも含めて、しっかりと訓練の方針を立てていきたい。



「訓練の流れを考えると、覚える魔法を検討するところからなのだけれど、まずは昔教わったときと同じように魔力量の鑑定から始めましょうか。

 ちゃんとした魔道具タイプの魔力鑑定器もあることだし」


 そう言って、魔力鑑定器が置かれた棚へと目を向ける。

 魔力鑑定の方法は大きく3種類あって、精度が高い順に魔道具、魔法陣、魔法を使った方法となる。

 一般に使われているのは、魔法紙に魔法陣が書かれた魔力鑑定紙というものを使った簡易鑑定で、魔道具を使って鑑定することはほとんどない。

 何故なら、鑑定の精度を高めるために使用する魔石がかなり貴重でその数が少ないから。

 その上でさらに鑑定を行うたびに魔石が劣化していくのだから、魔道具を使った魔力鑑定なんてめったなことではできることではないということになる。

 なので、基本的には教会で洗礼を受ける際の初めての魔力鑑定のときくらいにしか魔道具を使った鑑定は行われない。

 まあ、この屋敷に魔道具タイプの魔力鑑定器があるように、ある程度の貴族家であれば自家で所有していて、頻繁に使っているのかもしれないけれど。


「まあ、細かいことを気にしてもしょうがないわね。

 せっかく目の前にあるのだから、気にせずに鑑定してしまいましょう」


 机の上に持ってきた魔力鑑定器の前に立ち、ゆっくりと両手を伸ばす。


 考えてみれば、魔力鑑定を行うのは5歳になったときに教会で調べて以来になる。

 期間としては3年も経っていないので大した変化はないと思うけれど、多少は期待したり、不安に思ったりしないでもない。


 伸ばした両手が、球形に磨かれた鑑定用の魔石へと触れる。

 同時に身体から魔力がわずかに抜け出ていくのがわかった。

 自分で魔力を流すのとは異なる微妙な感覚に耐え、そのままの状態で待つ。

 すると、ほどなくして魔力が抜け出る感覚がなくなった。


「ふー、少しは魔力が増えているかな」


 閉じていた目を開き、鑑定器に示された結果へと目を向ける。

 残念ながら一目でわかるような表示ではなく、温度計のように目盛りが伸びていくタイプの表示だ。


「えっと、ランクは……5、4、3、2で2級か。

 って、2級!?」


 目盛りを読んで確認した結果に驚きの声を上げてしまう。

 数え間違いかと見直してみるけれど、残念ながら級の境目には明確な線が引かれていて間違いということはなさそうだ。


「……前に調べたときは3級だったよね。

 確かに3級の中では多い方だったけれど、それでも3級の七とかだったはずなのに」


 魔力量のランクとしては1級から6級まであるのだけれど、魔道具による鑑定の場合は各ランクをさらに10段階に分けて細かく調べることができる。

 そちらに関しては一~十という表記で、数が増えるごとに量が多くなっていく。

 ランクについては、数が小さくなるにつれて魔力量が多くなるから微妙に紛らわしい。


「今の魔力量は2級の二か……。

 ほぼ3年で5段階アップとか、何が原因なんだろう?」


 基本的に魔力量というのは、ほとんど増えることはない。

 そして増えたとしても生涯をかけて3段階アップとかが普通で、間違っても3年で5段階アップなどということになることはない。

 魔力量が増えていることを期待していなかったわけではないけれど、さすがに一気に5段階も増えてしまうと不安になってしまう。


「あー、でもお母様は4級から3級に魔力量を上げたんだっけ」


 不安の中、ふと昔何かの機会に聞いた話を思い出す。

 冒険者として一般的な4級から3級まで魔力量を上げたことでより上を目指せるようになったのだと。

 確か、それで名が売れるようになって父である侯爵の目に留まったという話だった気がする。


「つまり、遺伝ということ?」


 確かに魔力などの魔法的な才能は遺伝しやすいと言われているけれど……。

 こんなことになるのであれば、お母様からどれくらい魔力量が増えたのかも聞いておけば良かった。

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