第32話 狩りの成果

「あっ、ここは掛かってる!」


 昨日設置した罠の確認のために森に入り、2連続で空振りに終わった後、最後の1つで当たりを引いた。

 成果なしで終わらなくて良かった。

 喜びと共にそんな安堵の思いが溢れてくる。


「えーと、掛かったのは大きなネズミかな?

 こういう大きなネズミってなんて言うんだっけ?ヌートリアだっけ?」


 罠に近寄り、掛かっている獲物を近くで観察する。

 これまでは遠目にしか見ることができなかったけれど、近くで確認してみると前世のテレビで見た名前をふと思い出した。

 正直、ネズミだとイメージが悪いのでこれからはヌートリアと呼ぶことにしよう。


「でも確かヌートリアって、水辺に生息しているんじゃなかったっけ?

 水かきっぽいものもついているし、記憶違いという訳でもないと思うのだけれど」


 このあたりもそれなりに探索したつもりでいたけれど、近くに水場はなかったように思う。

 もしかしたら、この世界のヌートリアは水辺以外でも生息できるか、行動範囲がとても広いのかもしれない。



「……ごめんね」


 そんな言葉と共に箱罠の中から威嚇してくるヌートリアを捕まえ、短剣でとどめを刺す。

 わずかにピクピクと震えた後、ヌートリアから動きが消える。

 出来るだけ苦しまずに済ませられていればいいのだけれど。


 そんな風に思いつつ、罠の中からヌートリアを取り出して用意していたバッグへと仕舞う。

 こちらは普段使用しているバッグとは違ってバッグ内の時間が停止するタイプのマジックバッグだ。

 これのおかげで、獲物の処理を森の中で行う必要がない。


 しかし、容量が小さいとはいえ、時間停止機能がついたものが屋敷に放置されているあたり、さすがは侯爵家という感じではある。

 容量の拡張機能しかついていないマジックバッグと違って、時間停止機能付きはかなり貴重で高価なものだったはずなのに。


「まあ、おかげで私が助かっているのだし、ここは素直に感謝しておくことにしましょう」


 そうつぶやき、わずかに流れた血を魔法で出した水で洗い流して土をかける。


「……そういえば、罠って同じ場所に続けて仕掛けてもいいものなのかしら?」


 とりあえずの後始末をしたところで、ふと疑問を覚える。

 パッと見には少し湿った場所があるようにしか見えないけれど、動物たちからしたらこれでも違和感を覚えるかもしれない。


「まあ、今回はそのままにしてみましょうか」


 空振りに終わった先の2ヵ所は、仕掛けだけ確認してそのまま残してある。

 であれば、獲物がかかった場所と空振りだった場所の両方をそのままにしてみるのも実験としてはアリなのかもしれない。


 それにしても、初めての狩りで3ヶ所の内1ヵ所で獲物がかかっているという結果は良いのか悪いのか。

 ひとまず、成果がゼロではなかったから悪くはなかったとは思うのだけれど。

 まあ、大事なのは今回1度の成果ではなく、これから継続的に成果が得られるかということだろうから、良し悪しの判断はこれからの結果次第かな。






 屋敷に戻って装備を解き、獲物の入ったバッグを持って解体小屋へと向かう。

 一応、時間は止まっているはずなのだけれど、気分的に獲物の処理は早く済ませておきたい。

 それに、実際にお肉となる量がどれくらいかも確認しておきたいしね。



「まずは血抜きからだね」


 バッグからヌートリアを取り出し、まだぬくもりがあるそれを首の切り口を下にして吊り下げる。


「にしても、ちゃんとした設備がある小屋があって助かったよ」


 前住人が狩りをしていただけあって、屋敷の隣に小さいながらも解体小屋が用意されていたのは助かった。

 まあ、その人が住んでいたのはかなり前なので使えなくなっていた道具も多いのだけど、場所が用意されているだけでもかなり違う。


「じゃ、魔法も使って手早く終わらせましょうか」


 そうつぶやいて吊り下げたヌートリアに手を添える。

 普通、魔法を使った血抜きというのは特別な獲物くらいにしか使わないらしいけれど、どうせこの1体しか解体しないのだからおさらいを兼ねて試してみる。


「魔力でヌートリア全体を包み込むようにして……」


 体内で練り上げた魔力をゆっくりとヌートリアへと流し込んでいく。

 攻撃魔法みたいな魔法は未だに訓練ができていないので苦手だけれど、身体強化と同じような形で使うことができるこれについては問題なく使うことができる。

 というか、普段から身体強化を使い続けているおかげで、魔力の練り上げや移動についてはかなり上達している気がする。


「全体に魔力が行き渡ったら、後は体内に残った血を首の切り口から流れ出るようにイメージしてやれば……」


 そうつぶやいて、口にしたイメージを魔法へと変換する。

 この世界の魔法は、魔力とイメージによるところがとても大きい。

 攻撃魔法みたいに体外に魔力を放出する必要があるものについては魔力操作も重要になるけれど、この血抜きのような魔法であればその2つだけでどうにかなる。

 何なら、上手くイメージができていなくても魔力によるゴリ押しでも出来てしまうくらいだ。


「うん、上手く流れ出てきたね」


 久しぶりに試した魔法だったけれど、上手く発動できたみたいで良かった。


「後は水で洗って、内臓を抜いて、皮をはいで、お肉を切り分ければ終わりだね。

 ……言葉にするとまだまだ作業が残っている気がするね。

 まあ、やるしかないのだし、1つずつやっていきますか」


 そう言って、残りの作業に取り掛かることにした。






「おいしー」


 その日の夜、さっそく調理したヌートリアのお肉を食べてみたのだけれど、予想以上に美味しかった。

 狩りで手に入れたお肉は、血なまぐさかったり、固かったりというイメージがあったのだけれど、普通においしいお肉だった。

 さすがに高級なお肉みたいな味とまではいかないけれど、素人の私が自分で解体して手に入れたお肉としては十分すぎる味だ。


「これはもう、森での狩りを続けていくしかないね」


 味は予想以上で満足できたけれど、お肉となる量自体は元の大きさが大きさだけに少なかった。

 さすがに1食で使い切るほど少ないわけではないけれど、2、3日で使い切ってしまうくらいには量が少ない。


「というか、保存の方法とかも考えないといけないのか……」


 素直に狩りの頻度や罠の数を増やすことを考えたけれど、それをやって獲れる量が増えると今度はどうやって保存するのかという問題が出てくる。

 すぐに思いつくのは塩漬けにするとか燻製にするとかという方法だけれど、具体的なやり方もわからなければ、実際にどの程度の期間保存できるのかもわからない。


 とりあえず、お肉を確保する目途は立ったけれど、まだまだやることも考えることもたくさんありそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る