第29話 不穏な噂と再会
「フェリシアさん、最近魔の森の様子がおかしいそうなので気を付けてくださいね」
「おかしいって、何かあったんですか?」
「ええ、森の中の魔物の生息域に変化が見られました。
今のところ大きな変化ではないそうですが、森の深層に生息する魔物が移動した形跡があったようです。
ギルドでもまだ情報を集めている段階ですが、フェリシアさんも注意するようにしてください」
「そうなんですね、ありがとうございます。
私も注意することにします」
いつも通りにギルドに薬草を持ち込んだら、受付のお姉さん――ティナさんからそんな話を聞いた。
森での狩りを本格的に始めようと考えたところだったのでタイミングが悪い。
まあ、森の魔物たちからしてみるとこちらの事情なんて知ったこっちゃないだろうから仕方ないのだろうけれど。
「うーん、狩りを始めるのを延期すべきなのかなぁ」
ギルドを後にし、雑貨屋に向かう道すがらつぶやく。
狩りの道具については、前回の買い出しから揃え始めていたので、今日の買い出しで前回の不足分を買い揃えれば準備が整う。
なので、始めようと思えば明日からでも狩りを始めることは可能ということになる。
「不安ではあるけれど、異変が起きているのは屋敷がある場所よりもかなり奥らしいのよねぇ」
で、狩りを始めるかどうかについて、引っかかっているところはここだ。
正直、私が狩りを行おうをしている場所は魔の森の浅瀬も浅瀬なので、森の深層で異変が起きていても影響などないだろうと思ってしまう。
実際、昨日までの探索では森に何か異変が起きているような気配はなかった。
単に私の経験不足という可能性もあるけれど、さすがにあそこまで平穏な様子だと警戒感は持ちづらい。
「念のためにもう一度探索して様子を見てみるくらいかなぁ、出来そうなのは。
狩りに入るのは屋敷の左右の森にするつもりだし、奥側の森に異変がなければ問題ないと思うのよね」
一応、ギルドで森の安全が確認できるまで待つ方が良いということは理解している。
けれど、森の深層の調査となるとそれなりの期間が必要になるはずだ。
となると、その調査結果が出るまで待つのかということになるけれど、それはさすがにツライものがある。
まあ、結局は単に私が早く試してみたいというだけのワガママなのかもしれないけれど。
「おっ、大食いの嬢ちゃんじゃないか」
ぼんやりと今後の狩りについて考えていると前方からそんな声が降ってきた。
その声に反応して顔を上げると、厳つい風貌の冒険者が立っている。
「よお、前も思ったが今日も1人でお使いか?
町中だからって、あんまり嬢ちゃんみたいな年で1人歩きは感心しないぞ」
「ちょっとケルヴィン、その子驚いてるじゃない!
可愛い子がいたからっていきなりちょっかいかけてるんじゃないわよ!
自分の顔を考えなさい!」
「はあ!?
ちょっかいなんてかけてねーよ!
嬢ちゃんとは顔見知りだ」
いきなりのことに驚いて反応できずにいると、目の前で冒険者らしい2人が言い争いを始めてしまった。
一瞬、このまま立ち去ろうかという考えが浮かぶ。
けれど、改めて確認してみるとケルヴィンと呼ばれた厳つい風貌の冒険者は、初めて町に来た時にマリーさんの宿屋を教えてもらった人だ。
それに今回声をかけられたのも特に悪意のある行動というわけでもなさそうだし、ここはあきらめて止めに入るべきかもしれない。
「私は大食いではありませんよ」
とりあえず、不本意な呼びかけの否定から入ることにした。
初対面のときに、しっかりと食べたいというようなことを言った気はするけれど、こんな往来で大食い少女という呼びかけはいただけない。
そもそも、あのときはお昼を食べるのが遅くなったからあんなことを言ったのであって、普段は小食とまでは言わないけれど普通の量しか食べていない。
「お、おう、すまんな。
前にあったときのガッツリ食べたいという言葉のイメージが強くて、ついな。
おいリリー、ちゃんと知り合いだったじゃねえかっ!」
「ちょっとあなた、こんな奴に気を使うことはないのよ。
悪人みたいな顔で怖いかもしれないけど、私がキッチリと締めてやるから」
「いえ、以前に会ったときに親切にしていただいたので」
「……本当に?
単に絡んできただけじゃなくて?」
まあ、絡まれたという捉え方も出来なくはないかもしれない。
改めて想像してみると、結構な絵面だった気がするし。
とりあえず、ここは曖昧に微笑んでおこう。
「ほら、やっぱり困っていたんじゃない!」
「い、いや、でもあのときは……。
なあ、困ってたわけじゃないよなぁ」
「……ふふ、すいません。
絵面を想像すると勘違いされそうだなと思っただけで、本当に困っていたわけじゃないです」
厳つい男の人がタジタジになっている様は見ていて面白かったけれど、さすがに時間ももったいないのでフォローしておく。
実際、初めて会ったときのことは助かったという思いの方が強いのだし。
「そう?ならいいけど」
若干まだ疑わし気ではあるけれど、女の人の方も納得してくれたみたいだ。
「そういえば、前に会ったときは結局名乗らずじまいだったな。
改めて、俺はケルヴィンだ。
“火竜の狩人”というパーティーのリーダーをしている。
後、この町の冒険者のまとめ役みたいな役目も押し付けられているな」
「私はリリーよ。
この筋肉ダルマと同じパーティーで弓士と魔法使いを兼ねているわ。
見てのとおり、種族はエルフよ」
一度落ち着いたところで、ケルヴィンさんとリリーさんから自己紹介を受ける。
リリーさんについては、ついつい目を向けてしまっていた耳をピコピコと動かしてくれるサービス付きだ。
「えーっと、私はフェリシアです。
町の近くの森の中の屋敷に住んでいます」
リリーさんの耳にしばらく見とれていたけれど、こちらも名乗り返す。
といっても、イマイチ侯爵家から捨てられた今の私だと特に自己紹介で話すことがなかった。
とりあえず、名前だけというのもアレなので屋敷のことを付け足してみたけれど。
「おう、魔の森の中の侯爵家の屋敷に住んでるんだってな。
一応、ギルドの方から説明を受けてるぜ」
「えっ、ギルドから?
もしかして冒険者の人たちはみんな知っている感じですか?」
「ああ、一応この町で活動している奴らは全員知っていると思うぜ。
ギルドとしても侯爵家のお嬢さん相手にちょっかいをかけるような奴を出したくないだろうしな」
「まあ、ここにいたいけな少女に絡む不審者がいるけどね」
「おいっ!」
目の前で再び2人のじゃれあいが始まってしまった。
しかし、私のことは冒険者に周知されているのか……。
いやまあ、それでどうこうというわけでもないけれど、一応覚えておくことにしよう。
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