第17話 魔法陣
「じゃあ、始めましょうか」
朝から実験室の作業台の前に立ち、気合を入れる。
昨日のうちに用意しておいた魔法陣の下書きを作業台の奥に広げ、その手前に新しい魔法紙を広げる。
その横に魔法インクの瓶を置けば準備は完了だ。
「ふーっ、まずは練習のつもりでやってみましょうか」
1つ息を吐き、手に持ったペンにインクを付けて魔法陣の作成に取り掛かり始めた。
「……また失敗」
作業を開始して1時間ほど。
気合を入れて始めてみたけれど、今ので3度目の失敗になってしまった。
昨日の下書きはあっさりと完成したのに。
そう思うけれど、よくよく思い返してみると完成させるまでに結構な数のミスを修正していた気がする。
そもそも魔法陣とは、精霊言語の文字や記号で構成された図面に沿って魔力が流れることで効果を発揮するものだ。
今回の場合だとその図面を魔法インクで描き、そこに魔力を流して起動させる形になる。
で、その図面を描くときにミスするとどうなるかというと、ミスを修正したところで魔力の流れが悪くなるということが起きる。
少しの修正程度であれば魔法陣の効率が落ちる程度で済むけれど、それが積み重なってしまうと最終的に魔法陣として機能しないという結果になってしまう。
「うーん、ちょっとやり方を考えないと厳しいのかなぁ」
予想以上の苦戦に一度手を止めて考えてみる。
1回目、2回目は細かいミスが積み重なって失敗。
先ほどの3回目は盛大にミスをして失敗してしまった。
失敗のせいで集中力が落ちてきた気もするので、気分転換を兼ねて別の方法を検討してみるのもいいかもしれない。
「魔法インクで描く以外の方法だと、魔法金属で魔法陣を作るとか?
いや、私の場合だと刺繍で描く方がまだ可能性があるのかな?」
別の方法としてパッと思い浮かぶものはこの2種類だ。
魔法金属は魔道具に組み込む場合に、刺繍はローブやマント、鎧下などに魔法陣を組み込む場合に使用される。
魔法インクで描く方法は、今回のように実験用の試作に使われたり、持ち運び用の魔法スクロールとして使われることが多い。
そう考えると、やっぱり魔法インクで描く方法が一番適している気がする。
「そもそも刺繍はともかく魔法金属を扱うのは無理なのよね」
魔法金属と言っているけれど、要は魔力を流しやすい金属というだけで、別に特別加工しやすいなどというわけではないのだ。
なので当たり前だけど、それを魔法陣として成形しようとするのであれば、鍛冶か魔法による金属成形を行う必要がある。
お母様から色々な英才教育を受けてきたけれど、さすがに鍛冶はその中に含まれていなかった。
魔法による金属成形も、魔法の基礎を教わる段階までしか進んでいなかったので使うことができない。
「かといって刺繍のほうもねぇ」
そしてもう一方の刺繍についても、まだマシというだけでそれがすぐに解決策になるとも思えない。
貴族家の令嬢の嗜みとして刺繍を教わっていただけで、その腕前はごくごく平凡なのだから。
なので、魔法インクで描くのと比較してどちらが容易いかと聞かれても正直わからない。
代替案としては、なしではないと思うけれど。
「さすがに魔法インクで描くやり方自体を変えるのは無理があるかぁ……。
でも、今のまま続けても完成するよりも先に魔法紙がなくなりそうなのよね」
作業台の上に用意された魔法紙に目をやる。
昨日のうちに見つけた魔法紙は20枚ほど。
一応、探せばこれ以上の数が見つかるかもしれないけれど、それは根本的な解決になっていない気がする。
「魔法インクだと描き直せないのが問題なのよね。
……あれ?
別に魔法紙に直接フリーハンドで描く必要ってないんじゃ……」
ふと気づいた事実に愕然とする。
何故かまっさらな状態にフリーハンドで描かなければいけないと思い込んでいたけれど、別にそれが必須というわけではないはずだ。
もちろん、そうすることで魔法陣の発動効率が上がったり、耐久性が上がったりという効果はあると思う。
けれど、今私がやろうとしていることに関してはあまり関係がない。
耐久性に関しては高いに越したことはないけれど、頻繁に作り直す必要がない程度にあれば十分だし。
なんなら、町で魔法陣の作成を依頼してもいいかもしれない。
「あれ?
もしかして自作する必要すらなかったりする?」
ふと思い浮かんだ疑問が口から飛び出す。
けれど、これに関しては幸いにしてすぐに否定することができた。
「いやいやいや、いくらお金の当てができたからって、無駄遣いはダメでしょう」
無駄遣いではないかもしれないけれど、さすがに実験もなしにいきなり魔道具を依頼するのやりすぎだと思う。
そもそも、できるだけひっそりとした生活を送ろうと考えていたのだから、自分でできそうなことは自分でやるべきだ。
「まあいいか。
ひとまずは魔法紙にも下書きを描いて、その上を魔法インクでなぞる方法でやってみましょう」
新しい方法を試すべく、魔法陣の作成作業に戻ることにした。
「……できた」
作業を再開してからは魔法紙に下書きを描くところから魔法インクでなぞって上書きするところまでを一気に終わらせた。
結構な時間がかかった気がするけれど、集中力を切らすことなく上手くできた気がする。
というか、これでうまくいっていなかったら、ちょっと今日の内には作業したくないかもしれない。
「問題ない、……よね」
改めて描き終えた魔法陣をまじまじと見る。
そのまま視線を奥へとずらして下書きと見比べ、さらには魔法陣の本に書かれたものとも見比べる。
少なくとも見た目上は、きちんと魔法陣として形になっているはずだ。
後はこのやり方で描いた魔法陣がちゃんと起動してくれるかどうか。
そう考え、魔法陣へと手を伸ばして魔力を流す。
「よしっ!」
少し不安だったけれど、魔力を込めた魔法陣は淡く光を放ちながら起動してくれた。
ひとまず、実験するための魔法陣としてはこれで問題ないはずだ。
「後はこの魔法陣でどれくらいの効果があるかね」
これで問題が解決してくれることを祈りつつ、作成した魔法陣を手に実験室を後にした。
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