第7話 ラビウス侯爵家からの回答

 宿屋のおばさん――最後に宿屋の名前にもなっているマリーさんだと判明した――に教えてもらった商会で買い物を終え、再びギルドへと向かう。

 時間的には夕方になる少し前という感じなので少し早いかもしれないけれど、他に用事もなかったのでギルドで待つことを選んだ。

 まあ、そこまで早いというわけでもないので返事が届いている可能性も十分にあると思うし。




「えっ!?

 使用人は来ない、ですか?」


「はい、ラビウス侯爵家からの回答ではそうだということです」


「……」


 既に回答が届いていたので、待たされることなく部屋に通されたのだけれど、返ってきた答えがこれだった。


 正直、これは困る。

 何かしらの伝達のずれで到着が遅れているだけだろうと思っていたのに、使用人が来るということ話自体が間違っていたとは。


「それ以外のことは何か聞いていませんか?

 あと、回答をくれたのが誰かということも」


「ええっと、申し上げにくいのですけれど――」


 そういう切り出しで教えてくれた回答の内容は要約すると、次のような感じだった。


“ラビウス侯爵家ではもう面倒を見ないから、あとは勝手に生きろ”


 いや、まだ成人もしていない少女に対して、あんまりでは?

 しかも妙にねちっこい嫌味交じりの言葉で長々と語られていたし。

 そこまで嫌われるようなことをした覚えはないんだけど……。


「あと、ラビウス侯爵家側の回答者は、クラウス様だそうです」


「おぉぅ」


 うん、これはダメな奴だね。

 クラウスといえば、本宅の一切を仕切っているラビウス侯爵家の家令だったはずだし。

 その名前が出てくるということは、父であるラビウス侯爵も承知のことなのだろう。

 というよりも、ラビウス侯爵本人の指示であると考える方が自然か。


「あー、ちなみに私の扱いに関する他のことは聞いていないですか?

 主に屋敷のことについてなんですが」


「いえ、回答は先ほどの内容で全てです」


「そうですか……」



 特別にギルドで受け取った回答を控えた書類を見せてもらったけれど、先ほど教えてもらったものと違いはなかった。

 正直、頭を抱えたい気持ちでいっぱいなのだけれど、目の前で心配そうに見つめてくるお姉さんの目もあり、どうにか何でもないように振る舞うように心がける。

 そうしてできる限り落ち着いて見えるようにしながら、担当してくれた受付のお姉さんにお礼を言ってギルドを後にした。

 まあ、傍から見ると内心パニくっているのが見え見えだったかもしれないけれど。




「どうしようかしら?」


 ベッドに腰かけてつぶやく。

 とりあえず、落ち着く場所が必要だということで、昼食をとったマリーの宿屋に部屋をとった。

 もともと状況次第では町に泊まることを考えていたので、そのあたりは問題ない。

 ただただ、ラビウス侯爵家からの回答が予想外だったというだけで。


「勝手に生きろと言われても、あいにくとまだ7歳なのよね……。

 普通に考えると、死ねって言われたようなものだと思うのだけど。

 ……まあ、私の場合はどうにかやっていく自信はあるけど」


 でも、そのあたりのことは本宅の人たちは知らないはずなんだよね。

 ……いや、普通に屋敷の人が報告ぐらいは入れているのかな?

 だったら、テキトーに放り出しても問題ないとか思っているのかも。


「いや、それにしたって、後は勝手に生きろっていうのはあんまりでしょっ!」


 そう叫んでベッドへと倒れこみ、ぼんやりと天井を眺めながら考える。

 これからどうすべきかを。



「とりあえずは、今後の身の振り方を考えないといけないのかなぁ」


 ラビウス侯爵家からの回答に従うのであれば、家とは縁を切って平民として生きていくということになるのだろう。

 まあ、別に平民になること自体は問題ない。

 前世はただの一般人だったし、今世でもお母様から色々と叩き込まれているのだから。

 問題は今の私の外見でまともに働かせてくれるかどうかということだ。


 基本的に働き始めることができるのは見習いとして認められる12歳から。

 家庭内の手伝いのような、ごく内々の仕事であれば今の私くらいの年齢からでも可能だけれど、何の伝手もない私には無理だろう。

 いや、ギルドに相談すればいけるか?

 今日対応してくれた受付のお姉さんであれば、情に流されて何かしらの仕事を紹介してくれるかもしれない。

 とはいえ、さすがに無関係のお姉さんを巻き込むような真似は気が引けるのでこれは最後の手段だとは思うけれど。



 後、引っ越してきた屋敷のことはどう考えればいいのだろう?

 手切れ金替わりに私に与えられたと理解しても良いものなのだろうか。

 そうであれば、少なくとも住むところには困らなくなるので助かることは助かる。

 ただ、町から距離があって不便そうなところがネックになるかもしれないけれど。


 まあ、とりあえずはあの屋敷はもらえるものだと考えよう。

 数十年単位で放置されていたらしいから、おそらく余っていた屋敷なんだろうし。

 たぶん私が住んでいたとしても確認になんて来ないんじゃないかな。



「それにしても、なんでこんなやり方をしたんだろう?」


 正直、侯爵家の今回のやり方については色々と疑問を感じないでもない。


 別に侯爵家が庶子である私を捨てたいということ自体はまあそこまで不思議ではない。

 一応、魔力量が多いというのはあるけれど、所詮は庶子でしかないので他の正妻や側室の子たちと比べると価値は落ちるだろうし。

 なので利用価値がないと判断されれば、侯爵家から放り出されるということもあるだろう。


 わからないのは、何故こんな微妙なやり方で放り出すことにしたのかだ。


 引っ越してきた屋敷については、放り出すだけだと外聞が悪いから手切れ金替わりに用意したというふうに理解できなくはない。

 理解できないのは、そういった事情の説明がなぜされなかったのかということ。


 それに、ベイルが嘘の情報を教えて去っていったこともよくわからない。

 本当のことを伝えると私がごねるとでも思われたのだろうか?

 そんな子供みたいなことはしないから、もっときちんとした説明がほしかった。

 まあ、見た目子供の私が言っても説得力はないのでしょうけど。


 後は、中途半端に改装された屋敷についても謎ではある。

 必要最低限という感じではあったので、改装費をケチったのだろうとは思うのだけれど、それなら最初から改装の手を入れないという選択肢もあったはずなのだ。

 さっきも思ったけれど、普通に考えて7歳の子供を町から離れた魔の森の中の屋敷に放り出すのは死ねといっているのと変わらないのだから。


 直接手にかけると問題になりそうだから、テキトーに与えた屋敷で野垂れ死ぬように画策した?

 ……いや、イマイチそんな手間をかける理由がない気がする。

 屋敷で野垂れ死のうが、直接手にかけようが、魔の森まで連れて行っている時点で偽装など容易だろうし。



「……まあ考えてもわからないし、開き直ってあの屋敷で悠々自適の生活を送るのが正解なのかなぁ」


 そうつぶやき、これから一人で暮らしていくために必要となる諸々について考えることにした。

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