第6話 マリーの宿屋

 教えてもらったマリーの宿屋はすぐに見つかった。

 あの厳つい冒険者の言葉通り、ギルドの向かいに並ぶ建物の中で一番大きい建物だったのでとてもわかりやすかった。



「おや、お嬢ちゃん、お父さんかお母さんとはぐれたのかい?」


 マリーの宿屋に入り、食堂の入り口付近で立ち止まっていると、トレイを持ったおばさんに話しかけられた。


「いえ、私は1人で来ました。

 食事をとりたいんですけど、どこで注文すればいいんでしょうか?」


 入ってから気づいたのだけれど、今世ではこのような場所で1人で食事をしたことがない。

 なんなら、1人じゃなくても経験がないかもしれない。


「はー、そんなに小さいのに1人なのかい?しっかりしているねぇ。

 なら、カウンター席でいいかい?そこで注文も聞くからね」


 そう言ってカウンターへと向かうおばさんについていく。

 周りの視線を集めているような気がするけれど、まあ仕方ないだろう。

 幼女ともいえるような女の子が1人でやってきているのだから。

 そんな視線を無視するように歩きながら、周りを見回す。

 広場で出会った冒険者が言っていたように、席について食事をとっているのは落ち着いた雰囲気の人たちが多い。

 冒険者っぽい人がいないわけではないけれど、どちらかというと商人みたいな人の方が多い気がする。


 とりあえず、案内されたカウンター席のイスによじ登って座る。

 当たり前だけれど、並んでいるイスは全て大人用の物だ。

 小柄ではないけれど、年齢相応の背丈しかない私にはかなりサイズが大きい。


「お嬢ちゃんには、その椅子はちょっと大きすぎるだろう。

 子供用の補助イスを持ってきたから使うと良いよ」


「すいません、ありがとうございます」


 奥に向かって注文を伝えていたおばさんがそう言って補助イスを持ってきてくれた。

 机までの高さがやや遠くて食べづらそうだったので、ありがたくその申し出を受け入れて補助イスを受け取る。

 相変わらず足が完全にブランブランして危なっかしそうな見た目だが、補助イスとなるクッション状のイスを使うことで食事をとるのには問題なさそうだ。

 ついでに無駄に多い魔力で身体強化の魔法を使いっぱなしにしているので、バランスを崩すこともないと思う。


「構わないよ、うちには家族連れのお客さんもよく来るからね。

 ところで注文は何にするんだい?

 といっても、お昼は2種類しかメニューはないんだけどね」


「何と何があるんですか?」


「メインがステーキのランチか、メインがシチューのランチだよ。

 どっちも銅貨5枚で、メイン以外にパンとサラダが付くね」


 宿屋だからお昼のメニューを絞っているのかな?

 そんなことを考えながら、気になったことを聞いてみる。


「量はどれくらいなんですか?」


「量はそんなに多くないね。

 他のとこみたいに冒険者向けに量が多いってことはないよ。

 まあ、それでも大人向けの量だから、嬢ちゃんには多いかもしれないね。

 もし多ければ気にせず残しても大丈夫だよ」


「じゃあ、ステーキのランチでお願いします」


「あいよ。

 すぐに用意するから、ちょっと待っといてくれ」


 そう言って奥へと引っ込んだおばさんを見送る。

 すぐに用意できるものなのかと一瞬疑問に感じたけれど、広場から移動してる間にお昼のピークは過ぎている。

 食堂のお客さんもそこそこ入っているけれど、ある程度食事が進んでいるようだし、おばさんの言う通りすぐに用意できるのだろう。



「おぉ……」


 言葉通りほとんど待たされることなく出てきた料理を見て、感嘆の声が漏れる。

 肉厚のステーキが熱々の鉄板の皿の上で熱せられてジュージューと音をたてており、ニンニクの香りも相まって食欲をそそられる。


 まずは一口と、一口サイズに切ったステーキを口に運ぶ。

 肉厚なのに柔らかい。

 濃厚な肉のうまみが口の中に広がり、シンプルな味付けがそれをより際立たせている気がする。


 ご飯が欲しい。

 そんなことを思いつつ、気づけば出てきた料理はパンとサラダも含めてすべて平らげてしまっていた。



「いい食べっぷりだったね」


 いつからそこにいたのか、気づけばカウンター越しにおばさんが笑顔でこちらを見ている。

 そのことに気づいて、急に恥ずかしさがこみあげてくる。

 たぶん、今の私は顔を真っ赤にしていることだろう。

 そんなことを自覚しつつ、何でもないような風を装って言葉を返す。


「とてもおいしかったです」


 子供らしい満面の笑みでそう告げたのだが、残念ながら隙だらけだったらしい。


「くくっ、口の横が汚れたままだよ」


 すぐさま口元を拭ってきれいにした。



「あのお肉は何の肉だったんですか?」


 食後のお茶を飲みながら、恥ずかしさが落ち着いたところで気になったことを確認してみる。

 魔の森が近いことから魔物の肉が出るものだと思っていたのに、予想以上に良い肉が出てきたので気になったのだ。


「うん?あれはボアの肉だよ」


「ボアって、魔物のヒュージボアですか?」


 のんびりと食堂の様子を眺めていたおばさんから帰ってきた意外な答えに思わず問い返す。

 ヒュージボアといえばその名前通りの巨体を誇るイノシシの魔物だ。

 その巨体にふさわしい大量の肉が獲れることから辺境の村なんかでは重宝されるらしいけれど、その肉の味はそこそこだと聞いたことがあった。

 家畜として育てられたウシやブタなんかとは比べ物にならない味だと。

 さっき食べたステーキの味は以前の屋敷で食べていたウシやブタを超える味だった。

 実は今まで食べてきた肉は全て偽物だったのだろうか?


「そのヒュージボアで間違いないよ。

 しかもその様子だと他所で獲れるヒュージボアの肉の味は知っているようだね。

 でもうちの宿で出すヒュージボアの肉は一味違うのさ。

 魔の森の中でも特定の場所でしか獲れない厳選されたヒュージボアを丁寧に処理した最高の肉だからね」


 こちらの困惑の様子を察したおばさんが自慢げにそう教えてくれる。

 何だろう、特定の場所でしか獲れないというのは、前世であったような特定のエサしか与えない的な効果をもたらしているのだろうか?


「このお肉はいつでも食べられるんですか?」


「ああ、よほどのことがない限りはいつでも食べられるよ。

 ヒュージボアの肉は一頭からかなりの量が獲れるから、うち一軒くらいであれば十分に量を確保できるんだよ」


 つまり、そのヒュージボアはこの宿が独占しているということなのだろうか?

 こんなに味が良いのであれば他所からその情報を狙われそうなものだけれど。


「まあ、味が良いのは確かなんだけれどね、狩った後の下処理がかなりの手間なんだよ。

 だから、他所の冒険者たちにはうまみがなくてね。

 うちは旦那が趣味を兼ねてヒュージボアを狩ってくるからどうにかなっているんだよ」


 内心の疑問が顔に出ていたのか、そんなことを追加で教えてくれる。

 おばさんの苦笑を見るにその下処理は相当面倒くさいのかもしれない。

 あるいはそのヒュージボアのことで何かあったか。


 まあ、私としてはあの肉がここに来ればいつでも食べられるということを知れただけで十分だ。

 とりあえずは、この後の買い物に必要そうな情報を質問することにしよう。

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