第5話 ギルドへの依頼
ほとんど期待していなかったけれど、やはり朝になって使用人の人たちが到着しているなどという都合の良いことは起きなかった。
なので、予定通りラビウス侯爵家への問い合わせを行うために町へと向かうことにした。
「思ったよりも遅くなってしまったわね」
移動や返答待ちの時間を考慮して早起きしたつもりだったのだけれど、町に到着したときにはそろそろ昼になろうかという時間になっていた。
午前の早いうちに問い合わせの依頼を出しておきかったのだけれど。
やはり、慣れないキッチンでパンを焼くのに手間取ったのが痛かった。
あと、屋敷から町へと移動するための足がなかったのもそうだ。
屋敷に来るために使った馬車は全てベイルたちが乗って帰っていたので、移動するための馬がいなかったのだ。
一応、私は魔法の基礎を教わっていたので身体強化を使うことで、あまり時間をかけずに町までたどり着くことができた。
けれど、魔法を教わっていない貴族令嬢であれば、その時点でかなり厳しかったのではないだろうか。
いや、さすがに食料がなくなったりすれば、徒歩ででも時間をかけて町までやってくるのだろうけれど。
ただ、かなりつらい思いはするはずなので、本当に魔法を教わっていてよかったと思う。
ゆっくりと町の中を見て回りたいという気持ちを抑え、真っすぐにギルドへと向かう。
予定よりも遅くなったこともあり、問い合わせの依頼を出すのが最優先だ。
町を見て回ったり、食料を買ったりというのは、依頼を出してから返答を待つまでの時間で構わない。
「冒険者ギルドへようこそ。
本日はギルドへの依頼でしょうか?」
ギルド――冒険者ギルドの中へと入り、依頼を受け付けているカウンターへと進む。
ギルド内へと入った瞬間こそ周囲からの視線を集めたが、依頼用のカウンターへと向かったことでそれらの視線は興味をなくしたらしい。
「領都へ通信機による問い合わせを依頼したいのですが」
「通信機を使った問い合わせですか?
失礼ですが、身分証はお持ちでしょうか?」
外見的に明らかに子供だとわかる私を相手にずいぶんと丁寧に相手をしてくれる。
服装が貴族や富裕層向けのものだというのもあるのだろうけれど、この受付のお姉さんは真面目な人なのかもしれない。
「これが身分証です」
そう言って、首から下げた身分証を外して受付のお姉さんへと手渡す。
「ラビウス侯爵家の方でしたか」
「ええ、フェリシア・ラビウスです。
妾の子ではありますが、ラビウス家の名を名乗ることを許されています」
「はい、確認が取れましたので、通信機による問い合わせの利用許可が下ります。
依頼内容を伺いますので、別室へとお願いできますか?」
正直に妾の子だということを伝えてみたが、彼女の対応に変化はなかった。
妾の子だと聞くとあからさまに態度を変える人もいるが、やはり彼女は真面目なきちんとした人のようだ。
別に妾の子だとはいえ、ラビウス家の名を名乗ることを許されている以上、ラビウス侯爵家に連なる者であることに変わりはないのだから、本来であれば彼女のような反応が正しいのだけれど。
そんなことを考えながら、前を行く彼女について別室へと向かった。
「では、依頼内容についてお聞かせ願えますか?」
私を部屋へと通してからソファを勧め、扉をしっかりと閉めてから受付のお姉さんが尋ねてくる。
通信機を使用する場合は機密情報を扱うケースが多いため、このように機密性の保たれた別室で依頼内容を確認することになっているのだろう。
「ええっと、大した内容ではないのですが、屋敷にくるはずの使用人が到着していないのです。
一応、同行した者から聞いた限りでは2日前に到着している予定だったのですが。
なので、使用人の手配について領都の本宅へ確認したいというのが依頼になります。
あっ、ちなみに、ギルドの方でそういった人が立ち往生しているとか、そういう情報は入っていないですか?」
受付のお姉さんも正面のソファに腰を下ろしたので、今回の依頼について切り出す。
改めて言葉にすると、通信機を無駄遣いしようとしているのではないかと思ったりもするが、他に方法もないので諦めるしかない。
ただ、ふと思いついて、ギルドにこちらに来るはずだった使用人たちの情報が入ってきていないかは確認してみた。
「なるほど、依頼内容についてはわかりました。
あと、残念ながら、ギルドのほうにそういった情報は入っていませんね。
積極的に集めているわけではありませんので、絶対というわけではありませんが」
「……そうですか。
いえ、念のためにお聞きしただけですので、まずは問い合わせの方をお願いします。
ちなみに、返事はどれくらいで返ってくるでしょうか?」
「そうですね、今から問い合わせを行えば、今日の夕方ごろには返事が返ってくるのではないでしょうか。
ただ、すぐに事情の分かる方に話が通るかはわかりませんので、もしかすると返事が明日になる可能性もあります。
その場合でも夕方までにはそういった旨の連絡があるでしょうから、夕方ごろに確認にいらしてもらえればいいと思いますよ」
その後、依頼料の支払いなどを済ませてギルドを後にした。
今さらながら、ギルドからの問い合わせに対して侯爵家が返事を返すのかと心配になったが、そのあたりについてはギルドの方で身元確認がしっかりされているという信用があるので問題ないそうだ。
ただ、それでも無視されるケースについてはどうしようもないという話だったが。
……さすがに、ラビウス侯爵家の名を名乗ることを許されているのだから、門前払い的な扱いはされないと思いたい。
「まあ、悩んでいても仕方ないし、まずは昼食をとりましょう。
それが済んだら、食料と必要な細々とした物の買い出しをして、たぶんそれでいい感じの時間になるでしょうし」
ゆっくりと町の中を歩き、昼食をとるためのお店を探す。
馬車で通ったときも思ったけれど、やはり冒険者が多いためか宿屋や食事処、ついでに酒場が多いように感じる。
ついつい、お店を決めきれずに中央の広場にまでやってきてしまったが、ここではさらに食べ物を売る屋台が並んでいた。
ちょうど、昼時というためか結構繁盛しているように見える。
「屋台のご飯というのもありなのかしら?
でも、気分的にはしっかりと食べたい気分なのよねぇ」
「おっ、嬢ちゃんは昼はガッツリ派なのか。
いいねぇ、子供はしっかりと食わないといけないからな」
広場の少し外れたところで悩んでいたら、独り言を聞かれたのかそんな言葉が頭上から降ってきた。
驚いて見上げると、歴戦の冒険者といった風情の鍛え上げられた肉体を持つスキンヘッドのおじさんが話しかけてきていた。
「だったら、マリーの宿屋が良いぞ。
あそこなら多少値は張るが、その分変な奴はいなくて客層もまともだし、何より味が良いからな。
嬢ちゃんみたいなお嬢様でも問題ないと思うぜ」
「……そのマリーさんの宿屋というのは遠いのでしょうか?」
特にこの町の食事事情に明るいわけでもないので、目の前の冒険者に宿屋の場所を聞いてみる。
見た目は厳ついが、なんとなく面倒見がよさそうな雰囲気をしていたのである程度は信用しても大丈夫だと判断したのだ。
まあ、案内と称して変な所へ連れて行こうとしたら、速攻で魔法をぶつけて逃げるつもりではあるけれど。
「おっ、興味があるのか?
マリーの宿屋はギルドの斜め前にある3階建てのでかいやつだ。
あのあたりで一番でかい宿だし間違うこともないだろうよ。
出来りゃあ、連れて行ってやりたいところなんだが、連れを待っているところなんでな」
「いえ、場所を教えていただけるだけで十分です。
ギルドの場所でしたらわかりますので、さっそく行ってみることにします。
ありがとうございました」
若干、警戒心を残したままではあったが、目の前の彼は普通に宿屋の場所だけを教えてくれた。
場所もギルドの近くということであれば心配することもないだろう。
見かけによらず親切な冒険者に頭を下げてから、さっそく件の宿屋へと向かうことにした。
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