第七話 ハフツツァ・キネティック

「出でよ! 神器――『ハフツツァ・キネティック』!!」


 その言葉が聞こえた瞬間、全てを飲み込まんとするかのように、目の前が眩いほどの光に包まれる。

 ……否。

 実際に、オレへと牙をむいていた悪魔の魔法はあっという間に消え去り、温かな、それでいてすべてを破壊するほどの力を持つ強烈な光が、アリシアがいつの間にか手にしている、一本の杖から解き放たれていた。

 アリシアの胸に達するかというほどの長さで、どこか温かさが、そして一目で神聖なものと分かるほどの威圧感があるのが一目でわかる。

 間違いない。先ほどは襲撃があったのでアリシアが口にできなかったが、あれが、あれこそが神器――。

 ハフツツァ・キネティック


(……ぐっ)


 しかし、先ほどの悪魔の攻撃の直撃を受けたオレへのダメージは消えていない。

 一瞬楽になって状況を掴めたが、体に力が入らず、膝から崩れ落ちた。

 ……まずい。

 このままでは、いくら強力だという神器を使っているとはいえ、アリシアたちの戦闘に巻き込まれる。

 せめて立ち上がらなくては。

 そう思ってはいるが、体の重さにあらがえず、意識がどんどん遠のく。

 ……その時だった。


『メガヒール』


 先ほどと同じ温かな光に包まれると、どんどん傷がふさがり、体が楽に、軽くなっていくのがわかる。

 それと同時に体が言うことを聞くようになり、再びオレは立ち上がった。

 すると、助けてくれた張本人は、オレをかばうように目の前で杖を掲げ、悪魔をにらみつけていた。


「大丈夫!? ヒロミ!」

「ああ! 助かった!」


 目を合わせず、けれども相棒への想いは確実に伝わっている。

 アリシアはオレの無事の確認を。

 オレはアリシアとノエルへの感謝を。

 神にゆかりのある二人が、神器のおかげでより深くつながれた気がした。

 しかし敵も黙ってはいない。


「……! くる!」


 悪魔は一瞬鎌首をもたげたかと思うと、大きな方向を挙げると同時に、強烈な漆黒の闇が放射状に放たれる。

 それはまるですべてを闇の奥底に葬り去らんかのようで、矢のように早い。

 正直、オレは全く反応できていなかった。


「ハフ!」


 しかし、何も心配することはなかった。

 オレたちには、「神」がついているのだから。

 次の瞬間、ハフツツァ・キネティック――ハフから強烈な光が巻き起こり、悪魔の放った闇と激突する。

 地が割れるかと思うほどの轟音と衝撃波。

 体がよろめきそうになるのを何とか耐えながら魔力を集める。

 そして悪魔へ向かって、再び解き放った。


『ライトニング・レイ』


 雷の光を悪魔へ放つ。

 その雷はすべてを焼き焦がし、意志ある者の自由を奪うかのよう。

 しかし、オレの魔法はここまでの戦闘で、とどめを刺すのは難しいと感じていた。

 それでも、十分だと思っていた。


 再び、悪魔の咆哮。

 あっという間にオレの魔法は消し飛ばされる。

 ……ただ、その分意識を向けられていないものがあった。


「ありがとう! ヒロミ!」


 その声の方へ目を向けると、すでにアリシアとノエルが魔法を放つ直前だった。


「いくよ! ノエル!」

「キー!」


 そして彼女たちの今の全力を叩き込んだ。


『サンシャイン・ブレイカー!』


 その瞬間、今までとは比にならない、まるで全てを蒸発させる太陽のような、破壊の権化そのものの光が放たれる。

 それに負けじと、悪魔も方向を挙げ、先ほどのような闇の奔流をぶつける。

 光と闇、そのぶつかり合い。

 表裏一体のそれらは、互いを拒絶するかのように、相手を飲み込まんとしている。


「このーっ!!」

「キーっ!!」


 アリシアとノエルが思わず叫ぶほど体の奥底から魔力をぶつける。

 それに負けじと、悪魔も再び咆哮した。

 しかしその均衡は、あっという間に崩れる。

 二対一、……否、三対一ならば、当然かもしれない。

 闇の力が一瞬揺らいだことで、あっという間に光が闇を飲み込み、悪魔が直撃を食らう。

 その苦しみからか、断末魔のような叫びをあげた。


「……う」

「キー……」


 しかし。

 突如、アリシアとノエルが崩れ落ちる。


「……! アリシア! ノエル!」


 とっさに叫ぶが、二人は体を支えきれず、そのまま地面に倒れた。

 すると、魔法の光はあっという間に消え、その身が焼き焦げながらも、道連れにしようと悪魔が二人に意識を向けた。


 まずい。

 このままでは。


 そう思うが、今のオレの実力では……。

 だから、祈るしかなかった。

 オレをここに導いてくれた女神様に。

 力をくれたなら。

 娘たちを守ってほしいなら。


「もっと、みんなを守れるようにしてくれよ!! ガリルト神!!」


 すると、体が、目の奥が、熱くなった気がする。

 少し視界が金色っぽくなった気がする。

 心なしか、体が軽くなり、「いける」と思えた。

 そのまま魔力を集め、解き放つ。


『ライトニング・ブレイカー!!』


 意識を向けていなかったオレの不意打ち。

 それも、今回の戦闘で、オレの一番の攻撃をまともに悪魔は食らう。

 再び苦しみの金切り声をあげる。

 体がしびれ、焼かれる。

 そんな感覚に、悪魔ながら恐れているのかもしれない。

 それでも、みんなを守るために、罪を贖うために。

 その手を緩めることは、絶対にない。


「いっけー!!」


 より力を強める。

 すると、雷がより大きくなり。

 ついに、悪魔が完全に包み込まれる。

 金切り声が強くなる。

 そのまま体の奥底から力を出し続ける。


 それからどれくらいたっただろうか。

 静かになった気がする。

 オレの魔法はいつの間にか消えていた。

 そして、それに対峙していた悪魔もまた。

 消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠のオラクル 平河廣海 @agagdr0720

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ