封印するが失敗し乗っとられ 現れたのはバニーガール妖魔

「きゃあっ」


 突如伸びてきた黒い霧に手足を縛られ、舞は悲鳴を上げた。


「ほほほ、人の女子のくせに、なかなかやるのう」


 先ほど舞が放った矢が当って爆ぜたはずの妖魔のくぐもった声が響く。

 土煙が晴れると、黒い霧の妖魔の姿があった。

 黒い霧は矢が当たった部分は抉られていたが、みるみるうちに修復していき、元に戻ってしまった。


「今のは妾も効いたわ」


「ううっ」


 伸びてきた黒い霧は舞の身体にまとわりつくと本体に引き寄せる。

 そして舞の身体に、黒い霧で作った縄を絡ませ締め付ける。


「よくも妾を傷つけてくれたな小娘。どうしてくれよう」


「あああっ」


 黒い霧の締め付けに、舞の顔を苦悶の表情に歪める。


「舞!」


 黒い霧に捕らえられた舞を助けようと剣司は駆けつけて切り払おうとする。

 しかし黒い霧は舞に絡みついており、刀を振れば舞にも当たってしまう。


「ああっ」


 剣司が躊躇している間にも、黒い霧の妖魔は舞の身体へ絡みつき、各所を締め上げていき、舞は悲鳴を上げる。


「ふむ、この小娘はなかなかの身体じゃのう。いっそ、このまま取り憑いてくれようか」


「させるか!」


 剣司は刀を舞を傷つけないように黒い妖魔に突き立てた。


「邪魔じゃ」


 しかし妖魔は剣司に向かって光線を放った。


「ぐあっ」


 至近距離で放たれた妖魔の光線を剣司は避けきれず、身体に命中。

 当たった箇所から血が噴き出し、血吹雪が周囲に飛び散り、剣司は地面に倒れた。


「剣司!」


 血が飛び散り剣司が倒れる姿に舞は悲鳴を上げる。

 そして、決意を固め、悲壮な覚悟で祝詞を唱え始めた。


「ま、舞っ、何を」


 思わず剣司は祝詞を唱える舞に問い返した。

 知らないからではない、知っていたからだ。


「封印の祝詞を上げるなんて」


 危険な妖魔を、討伐出来ない妖魔を己の身体に封印する祝詞。

 非常に危険な術式で最悪の場合、命を失ってしまう。


「やめるんだ舞! うっ!」


 止めようと起き上がるが、傷のために剣司は起き上がることも出来なかった。

 その間にも舞は祝詞を唱え続ける。

 そして全てを唱え終えると、身体がより強く光り出した。


「よすんだ! 舞!」


「剣司」


 剣司が止める中、舞は笑みを見せて伝えた。


「生きて」


「舞ッ!」


 次の瞬間、舞を中心に光が爆ぜ、周囲一帯を白一色に染め上げた。


「うわっ」


 強い光と風が巻き起こり、剣司の視界は一瞬失われた。


「舞!」


 光と風が収まると剣司は舞がいた方向を見た。

 土煙が上がり、姿が見えない。

 最後の瞬間、舞が放った治癒の術式のおかげで身体の傷は塞がり、動ける。

 剣司は起き上がり近づく。

 徐々に煙は晴れてゆき、舞がいた場所に影が現れた。

 警戒するが、すぐに人影、舞の姿を剣司は見つけた。


「舞」


 何年も同じ屋根の下で生活しただけに舞の姿を見間違うハズがなかった。


「舞、無事だったんだね」


 剣司は舞の無事を喜んだ。

 それに答えるように舞は手を上げると、光線を放ってきた。


「なっ」


 突然の攻撃、それも妖魔の攻撃に剣司は驚く。


「ふむ、久方ぶりの身体じゃから、動かし慣れておらぬの。仕留め損なった」


 舞の声だったが剣呑な台詞に剣司は驚く。

 別人かと思ったが、煙が晴れると、そこにいたのはポニーテールをたなびかせた舞だった。


「ま、舞……いや、違う」


 姿は確かに舞だったが、まとっている雰囲気が全く違った。

 いつもの垂れ目ではなく、険のある切れ長になった瞳に、不遜な笑みを浮かべる口元、少し自信なさげに前屈みだった背筋は伸びきり、敵なしの態度で自信満々に胸を張っている。

 明らかに舞とは違った。


「そうじゃ、妾は兎姫、兎の姫と書いてトキと読む。齢千年を超える妖怪じゃ」


「どうして妖魔が舞を乗っ取ったんだ」


「ほほほっ、なかなかの器の持ち主じゃが、妾を封じるには少し力不足だったようじゃな」


「何だとっ!」


 舞は百年に一人の逸材、いや郷間神社始まって以来の逸材ではないかという話さえある。

 その舞が命を賭けて自分の身体に封印しようとしたのに果たせず、乗っ取られたことに剣司は驚くと共に、守り切れなかったことを悔やんだ。


「って、なんで裸なんだよ!」


 土煙が晴れると、舞の、正確には妖怪である兎姫に乗っ取られた舞の一糸まとわぬ姿が現れた。

 極力見ないようにしたいが、逃げ出さないように見張るため目を離せなかった。


「ふむ、裸のままだと目のやりどころに困るか」


 剣司の様子を見て舞を乗っ取った兎姫は、コロコロと笑う。


「ならば服を着よう」


 兎姫は舞の顔で諧謔の笑みを浮かべると、身体を光らせ精気を放ち、身体に纏わせ衣装を構成させた。

 光の粒が集まり徐々に衣装を形成していくと光は収まり舞の身体に表れた衣装の細部がよりハッキリと見える。


「ふむ、終わったようじゃな。しかし、身体の形が良く出ておるのう」


 兎姫は自分の姿を興味深く見た。

 ショルダーオフの黒いハイレグ。

 胸元から下がり背中丸出しの開口部は縁取りされたファーによってより強調される。

 二の腕から伸びる黒い長手袋の袖口もファーが付いておりアクセントとなっている。

 切れ込みの深いハイレグカットから伸びる足は黒タイツが包み、膝丈まである長い黒のハイヒールロングブーツに入って行く。


「透明な布とは珍しいのう」


 肩から左右に大きく張り出した金縁シースルーの陣羽織は威嚇的だが、肩と腋を露わにしており扇情的だ。

 首元の留め金からは表黒裏赤のマントが伸び端にはファーが付いている。

 長い前髪とポニーテールで束ねられた後ろ髪の分け目から頭からは長く白い耳が伸びる。

 変形しているが、まごうことなきバニーガール姿だった。


「ほほほっ、なかなか妖艶な姿じゃな」


 くびれた腰に左手を当て右手には精気で作り上げた檜扇を広げ持ったポーズを舞、いや舞の中に入り操る兎姫は決めた。

 そして声高に笑い剣司に尋ねる。


「どうじゃ、この姿は?」


「最高です! あっ……」


 舞を乗っ取った妖魔に向かって思わず本音を言ってしまった剣司。

 悔しそうな嬉しそうな表情をする。

 その様子を見た兎姫は、大きく口を開いて笑う。


「ほほほっ、そうであろう。そなたがかつてこの女子にこの姿をしてくれと頼み込んだ兎姫の記憶を読み取り具現化したのだからのう」


「止めろ!」


 アレは中学二年の時剣司が読んでいたマンガに出てくる好きなキャラの衣装の想像を舞が着ていたらと想像し、その時の勢いで舞に頼み込んだ。

 当然、舞は顔を真っ赤にして断ってきたし、数日間は何か考えているようでよそよそしかった。

 義父にそのことがバレて、許嫁とはいえ乾坤前に手を出すな、という約束を破ったこともあり稽古という名の処刑、半殺しを剣司は受けた。

 処刑いや稽古で身体がボロボロになったが、それ以上に舞が顔を紅くして悩んだ上に、数日は剣司を避けていたことの方が、剣司にはショックでアレはやり過ぎだった、と反省している黒歴史だ。

 それを具現化し、兎姫は剣司を嘲笑う。


「ふむ、そなたも人間にしては、なかなか優れておるようじゃ。どうじゃ? この姿のままでおるから、妾の配下にならぬか」


「断る!」


 剣司は自分の妄想と欲情を振り払うように強い声で妖魔である兎姫を拒絶した。

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