第12話 大草原で会えるその日まで。

 それは、主人が私との関係に悩み、苦しんでいたと云う内容でした。


「お互い仕事やプライベートな事は家に持ち込まない約束でね。干渉しない良い関係が何時しか距離が出来てしまい、子供を授かって以来、セックスレスになってしまってね」


「良く有る話だね。それで、君の望みは何なの?」


「彼女を満足させる以前の問題なんだよ、火を付ける事さえ出来ないのだから……」


「フッフッフ。分かっているさ。精力の減退なら、医者である君が僕に相談するはずが無い。だろ? さぁ、早く、ハッキリ言いなよ」


「余命を考えれば、君は生涯独身になってしまうね。だから最愛の友である君と、僕の最愛の妻を共有したいんだよ。彼女を妻と母親から解放し、ひとりの女にして欲しいんだ。君の手で女になった彼女を、もう一度、男として満足させたいんだ、それが僕の望みだ。それが、君が僕に出来る最後の事だよ」


「あぁ、分かったよ。君の変わらぬ友情に感謝するよ。ありがとう」



 この謎解きの答えが、主人が私に秘密ナイショで彼に「私」を差し出したと云う事実を知り愕然としました。


「ピーターさん。あなたはズルい人ね。自分だけは全てを打ち明けるなんて。男の人って、そうやって良い格好ばかりしたがるのね。でもね、男の人が思っているより女はずっとしたたかなのよ。あなた一人だけ秘密ナイショが無いなんて不公平でしょう? だから、あなたが本当の事を打ち明けてくれた事は主人には秘密ナイショにしておくわ」


 彼のスマホをぼんやりと眺めていると、どうしてもマッチングアプリが気になり、タップして開くとパスワードが保存されていたので、ログインをしました。すると、私との通信履歴の最後に未送信のメッセージが有りました。


「アリスさん。あなたがこのメッセージを読んでいるなら、もう全てお分かりですね。フッフッフ『どうして?』なんて聞かないで下さい。アリスさん。あなたは最愛の友の妻であり、僕の最愛のひとでした。だから、熟した果実の筋にそっと沿う様にペティナイフを入れて、切れ目から滴る甘いジュースを味わうだけで充分だったのです。あなたが愛してくれた事を僕は忘れませんよ。そして、あなたの優しさに感謝します。ありがとう」


 私は残りのコーヒーを飲み干し、彼の余韻に浸っていました。そして、席を立ち、コートハンガーに掛けたジャケットを羽織り、ステンドグラスの窓を少し開けると、春の暖かい日差しと共に新鮮な空気が入って来て、白いラナンキュラスが嬉しそうに微笑んで居る様に見えました。


 主人は私に秘密ナイショで彼に私を差し出し―― 

 私は主人に秘密ナイショで彼と性的な関係を持ち――

 彼は主人に秘密ナイショでその事を私に打ち明けた――


 特別室のドアを開いて帰ろうとした時、忘れかけていたピーターの言葉が蘇りました。


 〝 アリスさん。余韻の無いものに価値など有りませんよ。価値有るものは全て、美しい余韻が何時までも残るものなのです ″


 私は特別室のドアをそっと閉めて、鍵を掛けました。きっと、三人の秘密ナイショを大草原で語り合えるその日まで、この余韻は続くのでしょう。


 終わりの無い生の欲動と――


 果てる事の無い倒錯したエロティシズムの中で――


 命を与えてくれた彼の魂は――


 今も私の心の中で生き続けている。



                                  fine







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 ending theme Mahler: Symphony No. 5 in C-Sharp Minor - IV. Adagietto.




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契約奴隷。~優しく美しく香るラナンキュラスの花の様に。 梅鶯時光 @502zack

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