第6話 少女人形のリビドー。

 外出をすると、何時も利用している画材店の店主や店員の人達と談笑し、業者の人や仕事の仲間と会って材料の発注をしている時も、私は彼に支配されていました。私が下着を着けていない事を誰も知らないのに、何食わぬ顔で自然に振舞う事が裸を見られる事よりも、ずっと、恥ずかしかったのです。私に服を着せる時の冷酷さと無邪気な横顔に、彼の倒錯した性的嗜好は少女人形ドールの様な気がしてなりませんでした。



 作業場アトリエに戻り、発注した発泡スチロールが届くと、私は作業に没頭しました。この仕事を早く終わらせて解放されたかったのです。ボンドで接着して大まかな形を作り、ホット・ナイフで粗く削ってカッターとデザインナイフで整形して、ヤスリ掛けをしている時でした。 


「アリスさん。こんなに遅くまで熱心ですね」


「ピーターさん。仕事ですから当然です」


「そうですか。しかし、気になる事が有ります。その服は何ですか?」


「見ての通り、これは作品を製作するための作業着ですが、何か? まさか、ブラウスにスカートのままで仕事をしろとでも?」


「アリスさん。契約をお忘れですか? 私に断りも無く勝手な真似をされては困りますね。お仕置きをしなければいけませんよ」


 私は彼に下着を渡していたので、ブラウスとストッキングの上から作業用のオールインワンを着ていました。彼はジッパーを一気に下げると、中を覗き、作業着を脱がせました。ブラウスのボタンを外して乳房を撫でると、左手の中指をストッキングに差し込み、強く引っ張りました。そして、私のホット・ナイフで穴を開けて焼き切りヴァルヴァを露出させました。


「さぁ、もう気は済んだしょう? 早く仕事に戻らせて下さい」


「アリスさん。まだ、気は済んでいませんよ。僕はナイロンの焦げる臭いが嫌いなんですよ」


「どうしろと言うのですか?」


「アリスさん。作業着の両手がそのまま手首に留まっていて、まるで脱皮したトカゲの様ですよ。でも、脱皮したのなら、その陰毛が目障りで不快だと思いませんか?」


 彼はホット・ナイフで私の陰毛を焼き始めました。チリチリ、ジジッと音を立てて白い煙が上がりました。その臭いを嗅がされていると、屈辱感に気が変になりそうになりました。でも、彼の倒錯した性的嗜好が少女人形ドールならば、このお仕置きの意味が腑に落ちました。そして、長椅子に寝そべる様に指示をされ、足を開かされ、股の間の全ての陰毛を丁寧に焼き切って行きました。


「アリスさん。最後の仕上げは、僕のマンションのバスルームにしましょう。フッフッフッフ、ハッハッハッハッ」


 私は嘲笑う彼に憎しみを感じました。主人と子供の顔が浮かび、泣き出しそうになりました。それから彼の仕打ちは三日三晩続きました。しかし、不思議な事に彼は挿入インサートもしなければ、咥えさせる事さえしませんでした。彼は不思議の国の花園で遊ぶ野兎のままだったのです。


 そして、気付いてしまったのです。これはレッスンなのだと。第一レッスンで背徳感と罪悪感が人生のスパイスになる事を教えてくれた彼が、第二レッスンで恥辱感と屈辱感を私に与え、羞恥心を刺激しているのだと、分ってしまったのです。


 レッスンとは馴れ合いでもプレイでもない、苛烈を極めるものです。これ迄の人生で、私が味わった事の無い恥辱を与える為に彼は真剣なのです。そう思うと、その情熱に深い愛情を感じずにはいられませんでした。


 彼に侮辱される事は、恥ずかしい格好をさせられて笑われる事では無く、その、惨めな姿の私が、心や感情とは裏腹に肉体的にはメスの反応をしている事でした。上の口でどんなに叫んでも、下の口はよだれを垂らして咥え込もうとしている、その姿を見て嘲笑う事でした。


 私は彼の前で哀れな女を演じる事も出来ました。でも、私は彼の愛に応える為、決意しました。マルキ・ド・サドが言う様に、堕落が快楽の薬味スパイスなら、堕落がなければ快楽も瑞々しさを失ってしまうと云うのなら、限度を超さない快楽など、快楽のうちに入らないと身を以って知る事が彼への誠実さだと思ったのです。



 私の身体は少女人形ドールと同化する為、体毛を全て剃られ、真白なビスクの様に輝いてました。彼のフェザー・タッチに素肌は一層、敏感になり、思わず声を漏らしてしまうと、彼は私を見下しながら猿轡さるぐつわをして嘲笑いました。そして、彼の指は私の身体中を這いまわり性感帯を刺激しました。彼がエスカレートして行くのが分かると、私は言い表せない喜びを感じていました。


 私が不思議の国の入り口から中に入って欲しいと懇願すると、彼は私の頬を平手打ちにしました。何度も何度も私の頬を叩き、打ち据えられると、私は苦痛が恍惚に変わって行くのを感じました。

 

 彼は求める私に怒りを露わにし、後ろ手に縛り、私の髪を掴み、のけ反らせると、左の乳房を鷲掴みにて爪を立てました。痛みと苦痛に身悶えながら、もうひとりの自分が快楽に身悶え歓喜に震えていました。何年もセックスレスだった私が、こんなにもエロティックな行為を求めている事に驚いていました。

 

 今の私には、世の男性の口先だけの優しさも紳士的な態度も、ポーズでしか有りません。落ちる所まで落ちてしまいたい渇望が、たとえ取り返しの付かない事になったとしても、彼の手で凌辱される事で、今までの自分を殺して欲しかったのです。暴かれて行く本当の自分の姿を見たかったのです。とことん堕落した自分に出会いたかったのです。







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 Insert song Erik Satie  Gymnopedies #1 ~ Gnossiennes #1,3,4,5




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