第5話 野兎の罠。
仕事の打ち合わせを終え、契約はアートディレクターの彼に任せて、一足先に帰る事にしました。事務所を出て建物の出口に差し掛かると、後ろから声を掛けて呼び止められました。
「待って、美穂さん。社長が言い忘れた事が有るから社長室に来て欲しいそうなんだ。契約は無事に済んだから。後はよろしくね」
アートディレクターの彼が出て行くのを見送り、ドアが閉まると、私は背徳感に支配されました。社員の方に社長室へ案内され、中に入るとピーターが微笑んでいました。
「アリスさん。お久しぶりです。どうぞお掛け下さい」
「ピーターさん。あなたと、こんな形で再会する事になるなんて……世間は狭いのね」
彼は私の正面に座ると、テーブルの上に交換した私の名刺を差し出しました。
「アリスさん。あなたは無防備ですね。フッフッフ」
名刺は二枚有りました。私は彼の言葉の意味を理解して恥ずかしくなりました。あの日、目隠しをしてレッスンを受けている最中に、私のバッグから名刺入れを取り出し、抜き取っていた事に全く気が付いていませんでした。
「ピーターさん、これは何の真似かしら?」
「ほらね、フッフッフ。何の真似? 僕はあなたの事が気に入ったので、指名をしただけですよ」
「ピーター・ラビットとアリスが不思議の国へ行く
「いいえ。アリスさん、僕達は互いに不思議の国の入り口を確かめ合っただけです」
彼はそう言うと、私の前に契約書を差し出しました。
「ピーターさん。契約なら、もう済んだと聞きましたけど……」
「アリスさん、手に取って良く御覧下さい」
その契約書は、ディスプレイの仕事の納品が終わるまで、彼の奴隷になる契約書でした。私は自分の
「アリスさん。この奴隷契約のサインを拒む事は出来ませんよ。もし、拒否をするなら、僕にも考えが有ります」
「考えって、まさか……」
主人と子供がいる主婦と独身の男性。もしも、マッチングアプリを利用した関係が世間に知られたのなら、家庭も仕事も失ってしまうのは私の方でした。私は突き付けられた奴隷契約書にサインせざるを得ませんでした。支配され屈服させられる事に、サインをする指先が屈辱感に震えました。
子供を迎えに行き一緒に帰宅をすると、平和な家庭を失う事が怖くなっている自分に気付きました。一時の感情に任せて軽率な行動をとってしまった事を後悔せずにはいられませんでした。そして、夕食の準備をして主人の帰りを待ちました。奴隷契約をしてしまった以上、家を留守にする事を伝えなければなりませんでした。
「あぁ、良いよ。君、暫く仕事をしていなかっただろう。コロナ禍で世の中はイレギュラーな事ばかりだ。子供の事なら母か妹にでも頼んでおくよ」
あっけなく主人の了解を得る事が出来て私は放心状態になりました。主人に反対されたら彼に何て言い訳をしようか、それでも彼が拒絶したら私はどうなるのだろうかと、身勝手な事ばかりを考えていました。
翌日、彼に指定された時間に会社に赴くと、建物の地下に有る展示作品を制作する
「美穂さん、これ位のスぺースが有れば大丈夫でしょうか? もし、必要な物や人手が居るようでしたら、社員の誰でも結構ですから、遠慮なく言って下さい」
「有難う御座います」
彼の冷静な態度に少しだけ不安が消えたのか、
「藤野様。お出掛けですか? 用事やお使いでしたら私が承る様に社長に指示されていますので、ご遠慮なくどうぞ」
私はその言葉に自分が軟禁状態である事を思い知らされました。私は事情を話し、外出の許可を得るために社長室に行きました。
「アリスさん。どうかしましたか?」
「美穂さんとは呼んでくれないのね、ピーターさん。社員の方に用事を頼むと言っても、発泡スチロールや石粉粘土、画材に関しては人任せには出来ませんので、外出させて欲しいのです」
「良いでしょう。但し条件が有ります。着けている下着を置いていって下さい」
「そんな事、出来ません。ふざけないで下さい」
「アリスさん、ふざけてなんかいませんよ。只、外出をしたのでは面白く無いでしょう?」
「面白い? 馬鹿にしないで下さい、そんな事では仕事に集中出来ません」
「仕事に集中出来ずに納期が遅れれば、困るのはアリスさん。あなたの方では有りませんか? 奴隷契約をした事をお忘れですか? それとも、奴隷契約を楽しみたいと云うのなら話は別ですが。フッフッフ」
私はこの仕事を早く終わらせる事で奴隷契約から解放され、家族の居る家に帰る事を最優先に考えていましたので、彼に抵抗する事より服従する方を選びました。彼の見ている前で服を脱ぎ、全裸になって下着を手渡すと、彼は奥に有る大きなデスクの引き出しに仕舞い鍵を掛けました。そして、私が服を着るのを拒み、しばらく眺めてから、楽しみながら私に服を着せました。
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Insert song Erik Satie Gymnopedies #1 ~ Gnossiennes #1,3,4,5
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