第4話:戦い方

「来るぞ!気を引き締めろ!」

この場の全員の意識は迫りくる土煙に向けられた。

「俺行きます!」

ジャックが丘の防衛網から飛び出していき、仕掛ける。

炎投フラム!」

彼が杖をかざすと、杖の先端付近に野球ボール大の火球が現れる。

「燃えろ!」

彼が放った火球は群れ近くの牧草地に着弾し、近くにいた2,3匹は明らかにたじろいでいた。

「牧草地を狙ってあてるとは、やるな。」

「いや、ほんとは魔獣にあてたかったんですけどね?」

「あてちゃだめだからね?遠くにいるときあんま興奮させないでね?」


そんな押し問答をしているとき、ふとシモンのほうを見る。

かがり火ルミエ。」

彼の杖の先端から円を描くよう、いくつかの火球が形成された。シモンはそれを前方に押し出し魔獣をけん制する。

「あいつ、なかなかの胆力だな。」

正直、前世でも普通のサラリーマンだった僕にはそんな度胸はない。シモン、意外と出来るな。さすが普段から火の中で仕事やってるだけある。


が、順調にはいかなかった。そこからまだ時間はたっていないとき、その言葉は僕だけでなく皆の心を震撼させたのだ。

「東方面で突破されました!」

その言葉を聞いた時、鈍器で殴られたような衝撃が僕の心を襲った。そして、心臓がきゅっと縮こまり、一生懸命拍動を早めるのを感じた。

「牧草地に誘導しろ!僕が対処する!」

小麦畑を縦貫する未舗装の道を駆け抜ける。それと同時に杖を取り出し、呪文を唱え始める。


「土魔法第二等級、石弾!」

ロランの杖の周りにいくつかの矢尻状の小石が現れる。

「離れろ!きっと暴れるぞ!」

そう叫ぶと、鋤を持って魔獣と対峙してた大人たちが離れていく。

「いけえええ!」

思いっきり杖を振る。石の切っ先が数匹の魔獣に向かって突進する。

それが頭部に命中したものはまるで水鉄砲のように血を噴出した後倒れ、胴体に命中したものは”イノシシ”と同型とは思えないほどおそろしい、咆哮とも悲鳴ともとれる叫び声をあげた。

「倒しきれなかったか!」

魔獣の咆哮で空気がぴりつき、前線の防衛網でも何事かとざわついている。ただ、興奮のせいなのか、今まで生きてきたどの瞬間よりも今、脳が動いていると実感できる。


だが、それは目の前にいる手負いの魔獣二匹も同じである。

文字に起こせば「ギャアアア!!!」となる。耳をつんざくような声を上げる。お前ほんとにイノシシか?

その魔獣は二匹、隣り合いロランに突進を仕掛ける。

安全な間合いを取ったと思っていたが、気づけば魔獣はもう目の前にいる。

「やば、早っ…」

風歩ウィンステ!」

風魔法の反動を利用して飛び上がる。ところが。

着地地点では魔獣が待ち構えていた。しくじった!どこか別な場所に、いやいっそ着地の瞬間、あ、もう時間が…

炎投フラム!」

威勢の良い声が響いた。次の瞬間、火球を胴体にもろに食らった魔獣は数メートルほど吹っ飛んだ。


一秒ほどの間があり、どしゃっと落下音がした。僕が風歩ウィンステの強度をミスり、思ったよりも高い位置から落下し、へたくそな受け身を取った音だ。

「うっ…」

「大丈夫ですか、ロラン様。」

ジャックが倒れた僕の顔を覗き込んだ。

「助かったぞジャック。」

「俺も威勢だけじゃないんだよ。」

ジャックは鼻の下をこすりながら得意げにいう。

「ただ、やっぱあれじゃあ倒しきれてないみたいだな。」

さっと起き上がり、視線を先に送ると、そこにはやけどを負いながらも立ち上がる魔獣の姿があった。


「さすがにしぶといな…魔獣ってこんなにタフなのか?」

ジャックは若干引いている。

「石弾。」

今度は問題なく急所に当てる。あてたところから血が噴き出し、全身の力が抜けたように足が折れ倒れる。

「うっ…なかなかきつい絵面だな。」

前世では、殺人はもちろん、屠殺、何なら魚をさばくことすらあまりやってこなかった平和国家の住人としては、こんな感じで哺乳類?を自らの手で殺すのは何とも言えないぞわっとした感覚を覚える。

「おい、ロラン様、突っ立ってる場合じゃない!囲まれてるぞ!」

ジャックがそう叫ぶ。

ハッとしてあたりを見回す。囲まれてるのは僕たちじゃない。東側の防衛を担当していた何人かが、十匹ほどの魔獣に囲まれてしまっていた。


「俺の魔法で…」

「よせ!」

魔法を使おうとしたジャックを制止する。

「なんでだよ!このままじゃあいつら殺されちまうぞ!」

「魔法を使っても殺されるのが早まるだけだ!君の魔法は即殺力というものが少ない。拘束、もしくはあの十匹の半分ほどでも一瞬で無力化できるような、そんな魔法じゃないとだめだ。」

「じゃあ、ロラン様はそんな魔法使えるのか⁉」

ジャックが必死な形相で言ったその言葉の返答が喉でつっかえてしまった。いや、明確な回答は持っているのに言えない。必死に声帯をこじ開け言ったその言葉は、あまりにも弱弱しかった。

「…使えない。」

ジャックの目には少しの絶望が映る。何やってんだ僕は。異世界にきて、世界を救えと言われ、前世ではできなかった決意ができたのに、目の前の人すら救えないのか?

…僕は自分で自分の頬を殴る。


「うっ…」

「おい、何やってんだよ。頭おかしくなったか?」

「心配ありがとうジャック。これはあきらめようとした自分への戒めだ。」

「まだやりようはある。幸いにも囲まれてる大人たちは限りなく正しい行動をしてる。クマなどに至近距離で会った時の対処法。逃げない。背中を見せない。威嚇する。彼らはそれをすべてやっている。」

ジャックも見ただろう。彼らは数人で背中合わせになり、鋤を高く上げたり、怒声を出したりしている。

「狙いを定めて、なるべく彼らにあたらないよう、比較的外側の三匹を石弾で一発で仕留める。そこから彼らには逃げてもらい、そこに間髪入れず炎魔法を叩き込む。これで魔獣は追えなくなる。」

「なるほど!じゃあ…」

「最適なタイミングを計る。ただ魔獣が動きを見せたら話は別だ。」

そう僕が言い終わるか、そうでないかというときに、声が響いた。

その声を聴いた瞬間、僕はその声の方向を向いた。


視界にそれが映った途端、僕は激しい責任を感じるとともに、”死”その一文字が脳の大半のキャパシティを支配した。

それは、西の防衛網が完全に崩れ去り、人々が迫りくる魔獣から逃げている光景であった。



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