第2話:ロランと別れ、展望
「では、ロランの『能力測定』の無事の完了を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
能力測定の数日後、家族、そして使用人たちも交えてパーティをしていた。それを取り仕切るのは私の父、ジョルジュ。そして母のアレクシア。
本来、”貴族”は使用人をパーティには入れないのだろうが、私の家の場合、ファミリーの人数が少なすぎるので、ねぎらいの意も込めて皆でするのだそうだ。
…共和国では、18歳未満の者の飲酒が禁止されている。そのため私とエミリー、そして何人かの若輩の従者は酒を飲んでいなかったのだが、酔っぱらった大人たちが暴走を始める。
「よ゙がっ゙だで゙ずね゙え゙」
真っ先に酩酊の醜態をさらすことになったのはジョルジュだ。
「ロ゙ラ゙ン゙ば賢い゙子゙だ゙がら゙、街の゙学校に゙通゙っ゙で、学び゙を゙深め゙でも゙ら゙い゙だい゙よ゙お゙」
酒のせいか、元からか、しわがれた声で談笑をする。
「ちょっと酒臭いですね、外の空気を吸いに行きませんか?」
そう言うエミリーの提案に私は乗ることにした。
庭に出る。庭と言ってもそんなたいそうなものでなく、木が数種類植えられているだけで、その向こうには見渡す限りの色とりどりの畑とケスタの丘が広がっている。
「ずっとこの街にいるつもりですか?」
いきなりの問いだった。不意を突かれた形で、まとまらない言葉を一つづつ紡ぎだした。
「しばらくはここにいるつもりだ。でも、外の街を見たいとも思っている。」
「鉄道が走り、機械が布を織る。そんな光景を見てみたいと思う。」
この世界は前世の世界で例えるなら18世紀ヨーロッパ。産業革命の時代だ。いくら私の中身が21世紀の”現代人”だからと言って、自分が知っているような知識は、すでにこの世界でも発見されつつあった。
「やっぱりロラン様はすごいです。成長したらテルジネットの大学に行って、学者さんとかになっちゃうかも?」
エミリーは笑顔でそれを言ったつもりなのだろうが、私にはその笑顔の裏に一種の憂い、もしくは諦観のようなものを感じてしまった。
「まあ、でも、私はできることならこの村でまったりと人生を過ごしていきたいんだ。」
そう私が言うと、エミリーは少し残念そうな顔をする。その表情が私の心に突き刺さった。
気が付けば、私は少し間違えれば精神に異常をきたしたのかと心配されてしまうような、危うく突拍子もない告白をしてしまっていた。
「私に、前世があると言ったら、信じるか?」
エミリーはぽかんとした顔をした。そして数秒黙り込んでからパッとした笑顔になった。
「なんですか突然。まあ信じますけど。」
”何を今更”と、そんなニュアンスを含んでいそうなアクセントで彼女は言った。続けて、こう付け足した。
「前世の話、ぜひ私に聞かせてください。」
その予想外であった理想の言葉と、天女のような顔を前にして、今までかたくなに私の心を囲んでいた要塞は、いともたやすく陥落した。そして枷でつなぎとめていた言葉たちがあふれ出したのだ。
それからは日が少しでこぼこした地平線に沈むくらいまで、私は語っていたようだ。
ニホンという国のこと、トーキョーの朝の満員電車のこと、自分のこと、あの威厳がひとつもない神のこと。
メアリーはこんなくだらない異常者の話を、ずっと興味深そうに聞いてくれた。
トーキョーのサラリーマンという生き物の習性に驚いたり、神の意外な実態に笑ったり。
私が幼少期の中で一番楽しかった思い出。
緯度が高いのだろうか。少し長い日没までの時間、エミリーは私のことを真の意味で知ってくれたのだ。
できることなら、このまま彼女がいる村にずっと居たかった。
なんてまあ、人生がそう順風満帆にいくわけがない。
「使用人をやめさせていただきます。皆さん今までありがとうございました。」
メアリーはとても幸せそうな顔でそう言った。
「おめでとうメアリーちゃん。幸せになってね。」
そう言うのは母のアレクシア。隣にいるジョルジュもうなずく。
少し狭めのパーティ会場に拍手が響く。私も、拍手をせずにはいられなかった。さながら、天気雨が私の頭上にだけ降り注ぎ、それが涙腺から漏れ出てしまうのを必死で耐えていたのだった。
ぼやけ、歪む視界と必死に格闘してたところ、あの鈴の声を聞いた。
「ロラン様。」
涙が気付かれないよう、私はうつむき黙っていることしかできなかった。
少し間を置いた後、エミリーは限りなく優しい声で話し出した。
「ロラン様。私も離れるのは寂しいですよ。でも、なにより私がロラン様の足枷になっているんじゃないかって、ずっと怖かったんです。」
私ははっとした。そうだ、私がするいろいろな行動の隣にはいつも彼女がいた。
「悲しいとか、寂しいとか、いっぱい思ってほしいです。でも、その波が過ぎたら前に向かって歩き出してください。ロラン様はいずれ英雄になる方と信じてます。もし、その過程でテルジネットに来ることがあったら、私と私の夫が力になります。」
その言葉のアイロニーが私の涙腺の堰にとどめを刺した。
何年ぶりだろうか。後になって思えば、前世では泣くことすらできなかったから、それは10年以上ぶりの涙だっただろうか。
エミリーの旅立ちを見送った後、私はすぐ眠ってしまった。
こうして再び、あのもやとノイズの空間へとやってきてしまったのだ。
例の女神は何やら、ファイルのようなものを見て気難しい顔をしていた。しかし私が来たのに気づくと、へらへらとした表情になった。
「どうもどうもロラン君。どうやら君が迷ってるらしいから、神的アドバイスをしようと思ってね。」
そう言って決めポーズをする。でも、今の私はそれに突っ込む気力はなかった。
「おや、ずいぶん例の彼女…エミリーだっけ?にお熱だったみたいね。悔しいだろうけど結果は変えられんよ~。」
そう飄々とした態度で言った。
「人の恋愛を茶化さないでください。」
ほぼ無意識で言ってしまった。それを言い終えたとき、全身から冷や汗が出てくるのを感じた。
「茶化す?」
女神は少し考えていった。
「別に茶化してないけど…彼女は彼女自身で葛藤があって、そしてそれを選んだんだよ。」
「そんな怖い顔しないでよ~。それに、運命なんてもの、私たちは決めてない。私たちは基本的に放任主義。ってか介入しちゃいけないの。だからあれのことを私たちのせいにする邪推だけはやめてよね。」
ふわふわとしてた女神の目つきが鋭くなる。
空気がぴりつくのを感じる。鳥肌が立っているかのような錯覚を感じた。
「まー、正直、過ぎたことはしょうがないっしょ。ここで私からのありがたいお告げタイム!」
打って変わって、再びいつもの調子に戻った女神が言う。
「ズバリ、都会に出ましょう。」
その回答は、私にとって拍子抜けの物であった。そして、ここまでの押し問答で完全に頭の隅に追いやられていた疑問が逡巡した。
「あっ!そういえば、私がいただいた能力とは何なんですか?なんか、検定では全くでなかったんですけど…」
女神はわざとらしく首をかしげる。
「あーあれか。」
そうつぶやくと次に信じられない一言を放った。
「秘密♡」
「そんなに教えたらつまんないじゃん?あと、あの測定でわかるような能力は授けてないよ。」
「以上、この話終わり!」
女神がそう言うと、その空間の歪みが私を吸い込んだ。
…目覚めた。枕元を濡らすとか、そんな感じにリアルでなっていて笑えた。しかし、そんな思い出より先に出た一言があった。
「あのクソ女神め…。」
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