平和な異世界に英雄などいらない。~世界に呼ばれた英雄はまだ、役割を知らない。~
坂手英斗
プロローグ(飛ばしてもOK)
第1話:転生、運命、才能
多分僕は死んだのだろう。ソファーなんて家にはなく、硬い椅子に座りながら寝ていたら、いつの間にかこの空間にいた。
別に死ぬ前の話なんていいじゃないか。ただのしがないサラリーマンだったよ。会社に行って、仕事して、帰って、寝たらここにいたんだ。
まあ、ここから話すのは転生前と転生後の、まだ記憶があまり確かでなかった時期のお話。別に聞いてくれなくったって構わないが、少しだけ話そう。
決まった形がない、靄とノイズが散りばめられている空間。僕は魂になっているのだろうか。ノイズに一瞬現れた鏡面に、人魂が映りこんだ。
その空間の中心にたたずむ老人は、「君たちが神と呼ぶもの」であると先ほど名乗り出た。
沈黙が続き、僕は”それ”の威圧感に固唾をのんだ。
目の前の、”神”と名乗る老人が僕に話しかけた。
「サプラ~イズ!!!」
鉛のように密度を増していた空気が、その一言でなんとも腑抜けたようなものに変わってしまった。
「え?」
「いやー、ほんとはもっと神々しくやりたかったんだけどさ。なんか硬い感じになっちゃったから。私こういう空気感苦手なんだよね。」
そう言いながら、”神”の声はだんだんと高くなり、見た目もいつの間にか老人から美しい女性へと変化していた。
第一印象と全く異なる、そのフランクな態度と見た目は僕の脳をさらに混乱させた。
そんな僕を特に気に留めることもなく、”神”は話す。
「いやー。私が見てる世界結構優秀でさ、いままで勇者召喚とか転生とかあんまりやってこなかったのよ。でもとうとうやばい感じになっちゃってさ。最近みんな転生とかやってるから枠取るの大変だったけど、何とか君を連れてこれたってわけ。」
「え、転生に枠とかあるんですか?」
「いや、その話はいいじゃないか。私が君にやってほしいことは、ズバリ世界を救うこと。」
世界を救う。その言い方と反比例するほどその言葉は重たく感じた。
「救うって、具体的に何をすれば…」
僕がそう言うと、”神”は少しの間思案を巡らせるような顔をしたが、すぐにこう言った。
「知らん。」
そう悪びれもせずに言ってのけた。
「はあ!?世界を救うの救い方がわかんなくてどうしろっていうんですか!」
「だって!なんかやばめだってことはわかるけど、中でどうなってるかわかんないんだもん!」
そう言うと、神は少しの間考え込み、そしてこう言った。
「いっぱいスキルとか能力とかあげちゃうからさ、世界救ってくんね?」
説明を放棄した瞬間だった。
そして、僕の周囲に様々な模様の魔法陣が浮かびだし、僕はそこに吸い込まれ、気を失った。
ー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
転生後の異世界、トリニア共和国中部の農村
本を読みながらで失敬。私はロラン。もうすぐ5歳になる。転生し、「世界を救え」などと言われたのだから、てっきり勇者になって魔王を倒すのか、はたまた王になってそれを指揮するのか。そうなったときどうすればいいか考えていた時期もあったが、おそらく杞憂に終わったのだろう。
今の私はトリニア共和国という国の真ん中あたりに住んでいる小さな地主の家の子だ。トリニア自体は強国であるらしいのだが、地主、元の世界ではユンカーと呼ばれるものだろうか?この家は先の革命で貴族でなくなったらしいが、持ってる土地の広さからして、そこまで名門じゃないだろう。あの駄女神には申し訳ないが、私は第二の人生を穏やかに過ごすことにしたのだ。
「ロラン様、また読書ですか?」
鈴のような軽やかな声、この家のメイドをしているエミリーだ。
「もうすぐ出発の時間となりますよ。」
「おや、もうそんな時間だったか。」
「はい、馬車を用意いたしましたので、教会まで向かいましょう。あ、本は車酔いの原因になりますので、置いていってくださいね。」
「わかった。」
そう、今日は村の教会で「能力測定」が行われる。戦闘魔法、生活魔法の主要系統や様々な武具について、一般的な適性を持つ人の能力の強さを100とした場合の数値として、自分の能力の強さが可視化される。そんな儀式だ。
何を隠そう、実は今までに自分の能力を見れないか試みたことはある。全く見れなかった。また、魔法も使ってみたいと親にねだったことがあるのだが、「能力測定」で適性が分かってからねと先延ばしにされていたのだ。
教会までは数分くらいしかかからなかった。馬車を使うまでもなさそうな距離だが、せっかくだからと父親が押し付けたのだ。
礼拝堂の中には何人か、自分と同年代の子どもたちがいた。
「ロラン・ド・アルファラン様、どうぞ、こちらへお上がりください。」
質素な教会に似合わない、豪勢な服を着た神父が慇懃にいう。
エミリーが入り口で手を振っているのを見ながら、私は礼拝堂の中に入った。
そして測定が始まった。
測定自体は、神父が言う必要があるかわからない祝詞を唱えながらいろんな魔法を使っているようだった。
3分ほどじっと立っているだけで、測定は終わったようだった。
結果を見た瞬間、壊滅的な攻撃魔法センスが目に飛び込んできた。
「は?」
おどろき声が漏れ出た。「世界を救う」って武力面ではないのか? まあいいか。私はまったり悠々自適に過ごすことに決めたのだから。
正直言って、成果は芳しくない。攻撃魔法はかろうじて土魔法系統が常人並みであり、他は才能なし。生活魔法は一通り扱えるという結果になったが、武具のほとんどは才能なしであった。
暗い顔で結果をエミリーに見せる。
「わあ、なかなかすごい結果ですね。さすがロラン様です。」
エミリーは少し驚いた様子で言った。
「え、でも、ほとんどの項目の数値は低いが…」
「正直、この試験で100以上の数値を出したらかなりすごいです。50くらいでも田舎で普通に暮らしていくだけなら支障ないですよ。」
「それに、ロラン様は武勇で身を立てるおつもりではないでしょう。」
エミリーは嬉しそうだ。
「旦那様にいい報告ができそうで私は嬉しいです。」
「そんなもんなのか‥?」
帰ったらその辺についても調べることにしよう。だが、正直あの女神の考えが読めないな。「世界を救う」。平和な世界を。攻撃魔法の才能がない僕が。
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