Chapter4 泥の海 ⑨
規則的に揺れる感覚にフェリクスは意識を取り戻した。
最初に目にしたのは空の色だった。異界と化した東京の揺らぐ空。
自分は横たわったまま移動しているようだ。どうやら担架で運ばれているようだった。
身じろぎしてみると針で刺されるような痛みに呻くが、四肢はどうやら無事であることは確認できた。
「気が付きましたか!」
ゆらぐ東京の空を塞いで自衛官の顔がこちらを覗き込んできた。高田の顔だった。
「フェーリャさん!」「おいフェーリャ!」「フェーリャ〜!」
次いで聞き慣れた三人の声が耳朶を叩き、見慣れた顔が泣きそうな表情で視界に割り込んでくる。
「フェーリャさん! フェーリャさん!! 大丈夫ですかフェーリャさん!!」
我慢に我慢を重ねていたようで、ついに決壊したのか、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた史香が担架の上のフェリクスの肩を揺さぶる。
「痛い痛い痛い痛いっ、史香痛い痛いっ、痛いってっ」
「ご、ごめんなさいっ」
痛みに苦笑しながらフェリクスは涙と塩気で赤く荒れた史香の顔に優しく手を当てた。
「……そっちこそ怪我はないか? 怖くなかったか?」
「大丈夫です。へっちゃらです。こんなの、全然大したことありません!」
「そうか。俺は滅茶苦茶怖かった。体中が痛くて泣きそうだ」
「じゃあ、泣いちゃってください。わたし、そういうの気にしませんから」
「……なんだよ、そういうのって」思わず溢れた苦笑にやはり鈍痛が走る。
フェリクスは周囲の気配と声に意識を向ける。怒声まじりの喧騒、だがその空気には安心と弛緩しているものがあった。おそらく事態の後処理をしているのだろう。
「終わったのか……」
「作戦途中で撤退って具合だ。三浦のアホのせいで、もう全部が滅茶苦茶だ。まぁでも、命拾いして帰れるわな」厚治が嘆息とともに答える。
「あの、あの、フェリクスさん、何か欲しいものとか、して欲しいことってありますか?」
前のめりになっている史香に、やはり苦笑を禁じえないフェリクス。
「煙草、吸いてぇ……」
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