Chapter4 泥の海④

 銀色の巨大な球体がトレードマークのテレビ局やビッグサイトも窓ガラスは割れて朽ち果て薄汚れてきてはいるが何事も無かったかのように起立している。

 オリンピックのトライアスロンで泳ぐのも憚れる程度に水質は悪かったようだが、それでも都内有数の水彩としとして行楽地だったこのお台場も、オルタネーターのテリトリーと化していた。

 フェリクスたち四人を含めたオブジェクターとエフェクター、そして自衛官たちを乗せた海上自衛隊の輸送艦〈おおすみ〉が横須賀から出港し、東京湾から臨海副都心へと向かう。途中に存在する〝ゆらぎ〟は全ての電子制御を停止させ惰性で航行することで潜り抜けることで、無事に目的地である若洲海浜公園到着した。

〈おおすみ〉が停泊すると、オブジェクターとエフェクター、そして陸上自衛官――更にその中に潜んでいる〈E計画〉による臨海副都心破壊準備活動の隠密要員も――が若洲海浜公園に続々と上陸する。

 まずオブジェクターとエフェクターが先行すると、オルタネーターが存在していないか、そして他のエリアを繋ぐ若洲橋と東京港臨海道路が本当に寸断されているのかを検める。

 やはりオルタネーターは存在していた。だがごく少数だった。虫を潰すかのように呆気なく排除し、道路も寸断されていることを確認すると、自衛官たちがベースキャンプの設置作業を進めていく。

「あれ? あんたは……」

 割り当てられた作業を自衛官とともに作業することになったフェリクスは、共に作業する自衛官の顔を見て目を白黒させた。

 見知った顔がそこにあった。北千住で救助した自衛官、高田。

「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」

「よく無事に釈放されたな?」

「いやあ、こっぴどい目に遭いましたね。そちらから洗いざらい喋らされて、喋ったら喋ったで身内にはガチギレされて……。でも葉月さんや喜屋武さんには本当に申し訳ないことをしました」

「あんたは命令に従っただけだろ、気にすんな」

 共に作業を進めながら二人が世間話といった体で近況を話していた。そんな中で高田は、はたと気づいた。初めてフェリクスと出会った時には存在していた拒絶の二文字はその背中には無かった。

「なんだ? なんか面白いことでもあったか?」

「あ、あぁ、いえ、壮健そうで何よりだなって」

 高田の言葉にフェリクスは幾人の人間の姿が脳裏によぎる。塩と化していく菖蒲、しゃくり上げるしかなかった梨乃、紅蓮と黒煙の中に佇む藤林、柏の葉の駅前でやかましくがなり立てる醜い有象無象ども。そして、史香の顔。

「あの子は元気ですか? そのエフェクターの子の……」

「史香か? あいつはどんどん逞しくなってるな。この間、史香に説教された」

「え? 説教?」

 共に作業を進めている中で二人は場違いなスーツ姿の集団を見かけた。

「なんだアイツ?」

 フェリクスがスーツ姿をみかけると、眉をひそめながら忌々しげに吐き捨てた。

「ああ……またああいう手合か。国会議員の先生がたとそのお守りですよ」高田が心底嫌そうに溜息を吐く。

「仕事やってますってアピールをしたいんですよ。〝校長先生の話〟だ」

「〝校長先生の話〟?」

「やたら長くて意味もなくて時間の無駄で仕事の邪魔ってことです」

 本当に忌々しいのだろう。高田はげんなりとした表情でスーツ姿の集団に視線を投げている。

「あいつら禄に現場のことも調べようともしてないんですよ。『君たち自衛官にオルタネーターを殲滅して東京を取り戻してほしい』って景気の良いこと喚いてはしゃいでるけど、まずこの時点で勘違いしてるし。結局ああいう手合は、自衛官を激励したっていう事実が欲しいだけなんですよ」

「そういやあの豚面、ワイドショーで見たことあるな」

 衆議院議員三浦峻平。

 インターネットが一部の愛好家のみのものではなくなり、普遍化し、第二の現実の場となり、そしてつまらないものとなった二〇一〇年代の後半。姿を消しかけていたタレントたちは過激な発言で自己の存在をアピールすることに躍起になり始め、活躍の舞台をテレビからインターネットに移し始めていた。

 その中でも売れなくなったお笑い芸人の流れ着く先は決まって国粋主義者と化すことだった。二言目には「真実に目覚めた」「祖国を愛してる」「政府のやることに文句を言うな」「役に立たない日本人は日本から消えろ」とのたまい、版を押したかのようにSNSのアイコンやヘッダ画像に富士山やら桜の花やらを添えている。

 三浦峻平もそういった手合の一人であり、その果てに国政に参加する立場まで手に入れた。普段からの愚にもつかない過激な発言とそれに喜ぶ者たち、それらと与党タカ派との相性は非常に良く彼らに気に入られた三浦は国会議員という立場をたやすく与えられた。無論、党幹部からすれば使い勝手の良い駒、客寄せパンダであり用済みになれば切り捨てられる程度の存在であり、知らぬは三浦本人のみだ。それでも三浦は特権階級意識を形にしたような似合わない高級スーツに肥満体を包み、上級国民としてお飾りの政務に日々励んでいる。

 ぱんぱんに張った顔に眼鏡のつるが食い込んでおり、顔面に張り付いた贅肉に埋もれる双眸は目に入る有権者と納税者を見下していた。

 芸人であればそれも笑いの要素の一つと捉えることもできたし、実際に芸人時代は高飛車なぽっちゃりキャラを作っていたが、国政に携わる者となった今となっては明らかに肥やした私腹でしかなく、また事実そうでもあった。

 ぱつぱつに生地が引っ張られボタンが今にも弾けそうなスーツに身を包んだ三浦は、SPと幹部と思しき自衛官に連れられて輸送艦〈しもきた〉から上陸を果たしてきた。

 SPに周囲を警護されながら三浦はすれ違う自衛官には丁寧に労いの言葉をかけていくが、オブジェクターに対してはあからさまな無視を決め込んでいた。さすがに自衛官側もこれには違和感を懐き、疑義の念を顔に出す。

 全てがただの票田と支持の獲得を目的としたパフォーマンスに過ぎない。人知の及ばない存在、オルタネーターに占拠され東京を追われていようと、政治家の頭の中にあるのは己の懐に入るカネ、そして保身と権力のみである。

 ここにいるオブジェクターだけでなく自衛官ですらも、三浦に対し軽蔑の視線を投げかけている者がいた。

「その〝校長先生の話〟の次はどうせ〝チキンレース〟だろうよ。ほれ、さっさと仕事片付けようぜ」

 封鎖都心、旧二十三区を政治家たちが視察に訪れることは、そう珍しいことではなかった。

 頻繁に視察していた。

 視察するだけだった。

 何を視察していたのかは本人すらわかっていないだろう。封鎖都市に入ったことをアピールすることだけが目的なのだから。それで本人は仕事をしている気になり、好きなスポーツチームを応援しているノリでその政治家に票を入れた連中も、それで仕事をしてくれてる気になっていった。

 そうなってくると、今度は「どれくらい封鎖都市の中に入り込んだか」ということにフォーカスされるようになった。

 封鎖都市は政治家にとっての楽しいチキンレースの場と化した。与党の若手ホープは百数メートル内部を視察しとなると、野党幹部は二百数メートルまで中に足を運んだ。ならば今度は与党幹部は二百五十数メートル。わずかメートル単位のさもしい競争に熱を上げて税金から給料を貰うようになっていた。

 三浦の今回の目的の一つにこの〝チキンレース〟である。これまで与野党どちらも隣県三県からでしか視察することができなかったが、東京湾から臨海エリアへの進入となり、更にはオルタネーターが完全に排除された大地に足を踏みれたとなれば、このチキンレースは与党タカ派側の大幅リードとなる。

 だから何だという話でしかない。

 何も問題の解決に繋がらない。

「あの三浦も、インターネットで日の丸掲げて騒いでるアホどももそうですよ。俺たち自衛隊はお前らに充足感を与えるエンタメじゃねえっつーの」高田が吐き捨てる。

 奴も同じだ、とフェリクスは鼻白む。肥え太ったスーツ姿を目にして脳裏によぎったのは、柏の葉の駅前でエフェクターの少女たちを解放しろとヒステリックに叫びながら隊列を為す女たちの姿だった。

 全ての作業が終了した頃には夕刻になっていた。


 明日、東雲と有明エリアに上陸する予定のオブジェクターとエフェクターたち、そして自衛官は今夜はここで夜を明かすことになった。

 フェリクスは紫煙を燻らせながら、凪いだ海に視線を遠く投げていた。

「お風呂いただいてきました」

 薄く頬を染めた湯上がりの史香の姿が見えると、フェリクスはすぐに咥えていた煙草を携帯灰皿で始末した。

 オブジェクターとエフェクターたちを慮ってくれたのか、陸自側は野外入浴セットを設営したり炊き出しで温かい食事を用意したりと、出来得る限りのサポートを施してくれていた。

「ちゃんと髪乾かしてきたな」

「はい、女性自衛官の方がとても親切にしてくれました」

「そっか良かったな。全く、いつも自衛隊とタスクフォースがこうやって連携取れれば楽なのにな」

「なんで偉い人たちは素直に協力し合おうと考えられないのでしょうね」

 史香が至極当然な、だが解決するには不可能に近い疑問を無垢に言葉にする。

「でも、嬉しいな。こうしてるとなんだかフェリクスさんとピクニックとかキャンプに来たみたいで」

「おいおい、あんま慣れてきたからって油断するもんじゃないよ。随分と物騒なピクニックだな」 

 でもまぁ、とフェリクスは苦笑混じりに続ける。

「確かに物騒じゃなけりゃほとんどピクニックだ。この公園もピクニックにはおあつらえ向きだったみたいしな。行きてえな、ピクニック」

「わたし、サンドイッチ作ります!」

「そりゃ良いな。史香が作るサンドイッチ、楽しみだ」

 そうして、二人は夜空を見上げた。

「ほんとに、ピクニックに行ける日が来るといいな……」

 夜の灯火の消えた東京の夜空には、星の海が戻っていた。


 翌日、いよいよ有明エリアに上陸という時に出鼻を挫くように自衛隊側から集合がかけられた。きびきびとした所作で整列する自衛官たちとちんたらとかったるそうに雑然と集まるオブジェクターとエフェクターたち。

「なんだなんだ、朝のホームルームか?」

 寝起きのガラついた低い声でフェリクスはうんざりといったように愚痴をこぼす。

 列の前方には今回の作戦の自衛隊側の責任者である桐山三佐と何人かの防衛省の背広組、そして社会衛生庁側からはやはり司の姿があった。

「あいつなんでこんなとこいるんだ……。前線に出てくるお偉いさんなんて邪魔でしかねえだろ」とフェリクス。

「もっと邪魔なのが出てきたぞ」

 厚治が顎で示した先には太った背広姿の男が大仰に歩いて、列の中央に立った。

 テレビに映ればすぐにチャンネルを変えたくなるような輩、三浦俊平の姿がそこにあった。

 そして残念ながらテレビと違ってこの場に実在するので、チャンネルを変えられるわけでも無し。フェリクスと厚治は「早く死ねあいつ」「んだんだ」と小声で毒づいた。

 そうして三浦のご講説が始まった。元芸人にも拘わらずあんまりな滑舌、聞くに堪えない内容と話し方にフェリクスたちのみならず、オブジェクターとエフェクターたちのほとんどが演説が始まってから数分でかなり飽きてきた。

 直立不動で三浦のありがたくもない話を訓練で獲得した鉄面皮で傾注している自衛官たち。彼らとは全く対照的に、オブジェクターとエフェクター達は最初から集中力なんてものはなく、そっぽを向いたり、座り込んだり、飲み食いし始める者、パートナーのエフェクターとじゃれ始めるオブジェクター、オブジェクター同士が今後の作戦について相談し合う者もいれば無関係なことを駄弁り始めたりする者と好き勝手にやっている有様だった。やがてそのざわめきが波紋のように広がっていくと、誰一人として三浦の話に耳を傾けるオブジェクターもエフェクターもいなくなった。

 さすがの三浦も耐えかねたのか、「そこのオブジェクターども! 人の話も黙って聞けないのか!」と注意をする。

 だがそれに続けた言葉が悪かった。

「そんなのだからお前らはオブジェクターなんていう欠陥人間なんだ!」

 片桐三佐をはじめとした自衛官たちに緊張が走る。ここは旧二十三区内だ。今ここで三浦の話を聞いてる半分はおよそ人知を超えた異能の持ち主であり、ここはその異能の持ち主たちのテリトリーだ。

 だがその心配も一瞬の杞憂に終わる。

 結局三浦は「うるっせーな、話がなげーんだよ!」と怒鳴り返された。マイクを通した三浦の滑舌の悪い耳障りの悪い声よりも、胴間声がよく響いた。

 そしてその一声が呼び水となり、三浦を罵る大勢のオブジェクターたちの声が続く。

「何言ってるかわかんねーよ!!」「誰がお前の話なんか聞くかよ!」「というかお前誰だよ!!」「てめえには絶対票入れねえからな!!」「うちのエフェクターがもうくたびれてるんだけど! 帰らせてよー」「時間の無駄だ!!」「殺すぞボケェ!!」「お前絶対盾にしてやるからな!!」「おらデブ! 消えろ!」「ハゲーッ!!」「豚野郎!!!」「税金泥棒!!!」「有権者なめんな!!」

 そして誰かが叫んだ「帰れ!!」という罵倒から「かーえーれ!! かーえーれ!!」とシュプレヒコールが始まった。

「失せろ、ばーーーーーかっ!!!」

「おら帰れ帰れー!!」

「かえれー! ばかー!」

 フェリクスも厚治も朝希もノリノリで罵声の大合唱に参加する。史香は「確かにつまらないお話でしたけど……」と苦笑いを浮かべる。

 みるみる内にパンパンに張った顔を紅潮させ、怒りに震えだす三浦。反論しようと大口を開こうとする。

 だがボルテージが最高潮に達したのか、オブジェクターたちのエフェクトと思しき電撃やら火柱やらがどこへともなく放たれると、三浦は腰を抜かしその場にへたり込んで怖気づいた。結局慌てたSPと幹部自衛官に守られながらすごすごと輸送艦の中に引っ込んでいった。

「小便漏らしたかー!!」「帰ったらネットに晒してやるよー!!」「こちとら納税者だぞ!!」

 三浦に大恥をかかせ、大爆笑の渦に包まれるオブジェクター陣営。

「考え無しのアホのタレント議員にはお似合いのオチだな」

 珍しくご機嫌に唇の端を釣り上げながら、フェリクスは携帯端末のカメラに三浦の醜態を収めていく。

 他方、自衛官側はくっくっく、と喉を鳴らしてこみ上げてくる笑いを必死に噛み殺している者が半分。もう半分はそのレゾナンスエフェクトを直接三浦に向けなかったことに対して安堵していた。

 慌てて逃げていった三浦の代わりに片桐三佐が泰然と登壇すると、「さて三浦先生が話を短くまとめていただけたわけだが」と切り出したところで、ついに自衛官側も耐えられなくなったようで小さな笑い声が漏れ聞こえるようになった。

「エフェクターの子たちはもう少しがまんしてくださいね。すぐに終わらせますから」

 片桐はオブジェクターとエフェクターたちの方へ向いて、まるで自分の娘をあやすような声音で言った。さしものオブジェクターとエフェクターたちもこれには姿勢を正した。

「本来であれば、我々自衛隊が国家と国民の防衛の任に務めるべきです。ですが悔しいことに、我々にはあのオルタネーターという怪物に対抗しうる手段を持ち合わせていない。だからといって、本来であれば民間人である貴方がたに死地に赴いていただくのも道義に反している。その道義に反していることを強いているこの国と、それを黙って指を咥えているだけの我々自衛隊、そして黙って看過してばかりの日本国民には全てが終わった後に然るべき沙汰が下ることでしょう」

 片桐の言葉に静謐が降りる。

「それが貴方がたにとって何ら慰めにもならないことは重々承知しています。ですがオブジェクターとエフェクターの皆様、どうかよろしくお願い致します。我々と共に戦っていただけませんか」

 そう言って、片桐は脱帽し腰を折、頭を下げた。

「なあフェーリャ、三佐ってどれくらい偉いんだっけか?」厚治が小声で尋ねる。

「確か少佐にあたる階級だから、かなり偉い」

 さしものオブジェクターたちも脱帽し頭を下げる片桐に、何ら口答えすることはなかった。つい先程まで三浦を罵倒した勢いで騒ぎ続けていたオブジェクターとエフェクターに、波紋のように静寂が拡がっていく。

 その沈黙を肯定の応答とした片桐は顔を上げると「手短だが、最後に。必ず生きて帰ること。これは至上命令だ。では各自持ち場で作業を続行して欲しい。時間を取らせて申し訳ない。以上、解散」と締めた。

 ぞろぞろと持ち場に戻っていく中のフェリクスたちの背中に「やっほー」とこの場に相応しくない間延びした声が投げかけられた。フェリクスと厚治は揃って渋い顔で声の主の方へ顔を向けた。

 声の主は司だった。傍にはいつものように深山の姿もあったが、こちらは青い顔で落ち着かない様子だった。

「全く、お前なんでこんなとこにいるんだよ」

「何しに来やがったんだ」

 意味がわからないと驚きに尋ねる厚治と、呆れたように邪険にするフェリクス。だが司は二人の悪態をどこ吹く風と言葉を続けた。

「今後の東京の運命を左右する前段階だからね。ちゃんとこの目で見届けたくてね」

「約一名、見届けられそうにない腰抜けがいるが」フェリクスが顎で深山を指す。

「さっきオルタネーターの実物を目にしちゃってから、この調子でね」苦笑する司。

「あ、あ、あなたたち、常日頃からあんなもの相手に戦ってたの!?」

 がたがたと奥歯が合わないまま悲壮な声を上げる深山に、フェリクスと厚治は意地の悪い笑みに唇を吊り上げた。

「確かにオルタネーターを初めて見た時はびっくりしたけどよ、ビビりすぎだろあんた」と厚治。

「史香が初めて見た時は、あんたよりも肝が据わってたぞ」

 底意地の悪い言葉に「うぅ……」と呻くしかない深山は、二人の背後に近づく人影に気づき「ひっ」と息を呑んだ。

 二人が振り返ると、そこには陸上自衛隊の迷彩服に身を包んだ新崎悠矢の姿があった。

「全然、自衛官に見えねえよ、新崎さん」フェリクスが半ば呆れたように目を細めた。

「言うな。自分でもわかってる……」

 国防の徒というには、新崎の纏う雰囲気は明らかに剣呑すぎた。周囲の自衛官が持ち得ない〝昏さ〟のようなものを纏っている。そして新崎の周囲に立ち並ぶ自衛官は皆、同じ〝昏さ〟を讃えていた。

――こいつらが、秘匿部隊か。

 東京を地盤沈下させ海に沈める実行犯たち。なるほど、確かに東京の始末という大それたことは、このような者でなければ耐えられないだろう、とフェリクスは胸の内で納得した。

「こちらも全ての手はずを整えてた」

「承知した。首尾良くよろしくね」

 司が手をひらひらとさせて応えると、新崎たちは背を向けた。

 秘匿部隊がどこで何をするのかはフェリクスたちは聞いていない。例え〈E計画〉に賛同し参加していても、別働隊がいつどこでどんな任務を遂行するのかは機密保持のために秘匿しているのだろう。

「本当にやるんだな……」

 新崎たちの背中を見送って、フェリクスは一人ごちた。自分の足元を見て、そして顔を上げると遠くに浮かぶビッグサイトと旧フジテレビ本社ビルを見やる。

 本当に、この東京を海に沈めるんだな。その実感がようやく湧き上がり、胸の内に高揚を覚えた。

 それが怯懦なのか、あるいは歓喜なのかは判別がつかなかった。

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